IFRS実務記述書第2号「重要性の判断の行使」の公表
情報センサー2017年12月号 IFRS実務講座
IFRSデスク 公認会計士 柏岡佳樹
当法人入所後、大阪事務所にて主として製造業、サービス業などの会計監査およびJ-SOX導入支援業務に携わる。2014年よりIFRSデスクに所属し、製造業などのIFRS導入支援業務、研修業務、執筆活動などに従事している。主な著書(共著)に『IFRS 国際会計の実務International GAAP』(レクシスネクシス・ジャパン)、『完全比較 国際会計基準と日本基準』(清文社)がある。
Ⅰ はじめに
国際会計基準審議会(IASB)が2016年11月に公表した17年から21年までの作業計画は、「財務報告におけるコミュニケーションの改善」を中心テーマに設定しています。その一環である「開示イニシアティブ」では、IFRS財務諸表の開示をより有用なものとすることを目的としたプロジェクトが実施されています。
本誌17年7月号では、その一つである「開示の原則」プロジェクトについて取り上げましたが、IASBは17年9月14日、企業がIFRS財務諸表の作成における重要性の判断に役立つよう、強制力のないガイダンスであるIFRS実務記述書第2号「重要性の判断の行使」(以下、実務記述書)を公表しました。本稿では、実務記述書の内容について概説します。なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをお断りします。
Ⅱ 実務記述書の概要
実務記述書におけるガイダンスは、財務諸表利用者の意思決定に有用(目的適合性のある)な情報が十分に含まれておらず、有用性に欠ける情報が含まれているとの懸念に対処するためのものです。実務記述書には、以下に示した三つの分野に対するガイダンスが含まれています。
- 重要性の一般的特徴
- 重要性を判断する際に適用できる四つのステップからなるプロセス(重要性プロセス)
- 特定の状況においてどのように重要性を判断すべきかについて指針を与えるガイダンス
前記に加え、実務記述書では、各国の法律や規制が財務諸表に含まれる情報に影響を与える追加的な規定を定めている場合に、IFRSは、IFRSの観点からは重要ではないとしても、そうした規定に準拠した追加の開示を行うことを容認しているとされています。ただし、当該開示を行うに当たっては、重要な情報が不明瞭にならないように留意する必要があります。
1. 重要性の一般的特徴
実務記述書では、重要性の一般的特徴について以下のガイダンスを提供しています。
(1) 「重要性がある」の定義
現行のIFRSでは「重要性がある」を、「項目の脱漏又は誤表示は、利用者が財務諸表を基礎として行う経済的意思決定に、単独で又は総体として影響を与える場合には、重要性がある。」と定義しています。
(2) 重要性の判断は広範に及ぶ
重要性の判断は、資産、負債、収益及び費用の認識及び測定、さらには財務諸表における表示及び開示を検討する際に行う必要があります。
IFRSの規定は、完全な1組の財務諸表(本表及び注記)においてその影響が重要となる場合にのみ適用する必要があります。実務記述書では、IFRSに開示に関する具体的な要求事項が列挙されている、又は「最低限の要求事項」と記載されているとしても、重要性がない場合にはそのような開示は必要がないことが明確化されています。一方、IFRSで特定の開示が要求されていない事項であっても、財務諸表の主要な利用者が取引の影響やその他企業の状況を理解するために必要と考えられる場合には、それらの情報を提供するべきかどうか検討する必要があるとされています。
(3) 判断
重要性の判断においては、企業の状況及び情報が財務諸表の主要な利用者の情報ニーズにどのように資するのかの両方を考慮する必要があります。また、企業の置かれた状況は日々変化するため、重要性の判断は各報告日において見直す必要があるとされています。
(4) 主要な利用者及びその情報ニーズ
重要性を判断する場合、情報が財務諸表の主要な利用者である現在及び潜在的な投資家、貸手及びその他の債権者(ビジネスや経済活動に関する合理的な知識をもって財務諸表に含まれる情報のレビューを行うことが想定される)の意思決定にどのような影響を及ぼすと見込まれるかを考慮することが求められます。財務諸表では利用者が必要とする情報のすべてを提供することはできないため、主要な利用者に共通する情報ニーズを満たすことを目的とする必要があります。
(5) 一般に入手可能な情報の影響
財務諸表はそれ自体が独立したものである必要があるため、企業は、一般に入手可能な別の情報源(例えばプレスリリースなど)から情報が入手可能かどうかは考慮せずに重要性を判断する必要があります。
2. 重要性の判断
実務記述書では、財務諸表の作成にかかる重要性の判断のための四つのステップを提示しています(<図1>参照)。
3. 特定の論点
実務記述書では、「過年度情報」、「誤謬(ごびゅう)」、「財務制限条項」及び「期中報告における重要性の判断」について個別のガイダンスが設けられています。
このうち過年度情報に関しては、過年度の財務諸表に含まれているかどうかに関係なく、当期の財務諸表の理解に資すると判断される場合には過年度情報の開示を行う必要があること、また、当期の財務諸表の理解に必要な部分だけを残した過年度情報の要約を提供することもあり得ることが示されています。
Ⅲ おわりに
実務記述書は強制力を有するものではなく、また、既存のIFRSに対して新たな要求事項を追加するものでもありませんが、企業が実務において重要性を判断する際に有用なものであると考えられます。なお、実務記述書は公表日以降に作成する財務諸表に対して適用することができます。
また、IASBは実務記述書の公表と合わせて、IFRSにおける「重要性がある」("material")の定義を明確化するためにIAS第1号「財務諸表の表示」及びIAS第8号「会計方針、会計上の見積り及び誤謬」の改訂を提案する公開草案を公表しています。当該提案は企業による重要性の判断や財務諸表に大きな影響を与えることを意図するものではないものの、提案の結果「重要性がある」の定義が変更される場合には実務記述書も改訂されることになります。