韓国におけるKAM(Key Audit Matters)の導入事例
情報センサー2017年11月号 JBS
ソウル駐在員 公認会計士 福田 悟
1989年、当法人に入所。主に建設業、流通業、金融機関をはじめとする国内企業の監査業務、J-SOX導入支援、US-SOX構築などアドバイザリー業務、IPOに従事。15年よりEYソウル事務所に現地日系企業担当として駐在。韓国に既進出、進出予定の日系企業の会計、税務、M&A、その他アドバイザリー業務のサポートに従事。
Ⅰ はじめに
1. 国際監査基準(ISA)701の公表
国際会計士連盟は2015年1月に、ISA701「独立監査人の監査報告書における監査上の主要な事項のコミュニケーション」を公表しました。
ISA701は監査人に対し、上場会社の監査報告書において監査上の主要な事項(Key Audit Matters:KAM)を報告することを求めるものであり、16年12月15日以降に終了する事業年度に対する財務諸表の監査から適用されています。
2. KAMの概要
KAMとは、当該事業年度の財務諸表監査において監査人の職業的専門家としての判断により最も重要であるとした事項であり、監査人が統治責任者とコミュニケーションを行った事項の中から選択されます。
具体的には、監査報告書の独立した区分に次の事項が記載されます。
- 当該事項に関連する情報が財務諸表に開示されている場合、当該関連する開示情報への参照
- 当該事項が監査において最も重要であり、よってKAMであると判断した理由
- 当該事項に対する監査上の対応
Ⅱ 韓国におけるKAMの導入
1. 会計基準
韓国では、11年よりIFRSが導入されており、上場会社に対して強制適用されています。
2. KAMの導入
韓国ではここ数年、受注産業を中心に大型の粉飾決算が相次ぎました。特に造船会社D社(上場会社)の粉飾決算は工事進行基準を操作したものであり、担当した会計監査人も監督官庁から処分を受けるなど大きな事件となりました。
これらの事件を背景に、韓国では企業および監査人に対する規制が強化されており、その一環としてKAMが導入されました。
適用対象は上場会社のうち工事進行基準を適用する受注産業の会社で、16年12月期決算から適用されています。
Ⅲ 韓国におけるKAMの導入事例(造船会社D社)
造船会社D社の16年12月期監査報告書では、監査意見の次に「強調事項」の区分を設け、その中で「受注産業核心監査項目に対する監査人の強調事項など」のタイトルでKAMを記載しています。
KAMとして挙げられているのは、「進行基準による収益認識」「総契約原価見積りの不確実性」「工事進行率算定」「未請求工事金額の回収可能性」「工事変更に対する会計処理」「遅延賠償金に対する会計処理」の6項目です。
このうち「工事進行率算定」と「工事変更に対する会計処理」の実際の記載例は次のとおりです。
▶「工事進行率算定」の実際の記載例
(1) 当該事項に関連する情報が財務諸表に注記されていることから、当該注記への参照
財務諸表に対する注記4(重要な会計上の見積りおよび仮定)で説明されているように、会社は進行段階を反映することができない契約原価を除き、遂行した工事に対して発生した累積契約原価を見積総契約原価で按分(あんぶん)した割合で測定しています。
(2) 当該事項が監査において最も重要であり、よってKAMであると判断した理由
財務諸表に対する注記36(建設契約)で説明されているように、当期末進行中の建設契約に関連して総契約原価は2,005,450百万ウォン増加し、累積契約原価は31,670,377百万ウォンとなりました。主に海洋プロジェクトの工程遅延により総予定原価に比べ工事原価が大きく増加し、総契約原価見積の不確実性が増加するため、重要なリスクとして識別しました。
(3) 当該事項に対する監査上の対応
工事進行率算定に影響を及ぼす総契約原価と累積契約原価に関連し、私たちが遂行した主要監査手続は次のとおりです。
- 累積契約原価及び総契約原価変動に対する分析的検討
- 進行段階を反映することができないことから累積契約原価と見積総契約原価から除かれた原価の発生可否および関連会計方針に対する検討
- 発注先に提出した報告書の工程率による進行率と進行基準による進行率差異原因の質問
- 会社の直接原価投入プロセスの理解と、プロジェクト別原価投入および関連する内部統制テスト
- 会社の間接費配分方針の理解と、関連する内部統制テスト
- 当期発生した投入原価について、監査人が独自に投入原価の発生と帰属時期およびプロジェクト別原価帰属の適正性をテスト
▶「 工事変更に対する会計処理」の実際の記載例
(1) 当該事項に関連する情報が財務諸表に注記されていることから、当該注記への参照
財務諸表に対する注記(重要な会計上の見積りおよび仮定)で説明されているように、会社は顧客が工事変更などによる収益金額の変動を承認する可能性が高いか、会社が成果基準を満たす可能性が高く、金額の信頼性のある測定が可能な場合に契約収益に含めています。
(2) 当該事項が監査において最も重要であり、よってKAMであると判断した理由
総契約収益は最初に合意された契約金額に基づき測定しますが、契約を遂行する過程で工事変更、補償金、奨励金により増加、または減少する可能性があります。このように契約収益の測定は将来事象の結果と関連するさまざまな不確実性の影響を受けることから、重要なリスクとして識別しました。
(3) 当該事項に対する監査上の対応
会社の工事変更の会計処理に対して私たちが遂行した主要監査手続は次のとおりです。
- 会社の経営陣が工事変更による会計処理のために整備、運用している内部統制に対する理解および評価
- 工事変更に関わる受注先の契約金額変更承認の根拠書類に対するサンプルテスト
- 契約金額の重要な増減事由に関する質問
- 原価補償項目など主要契約条件に関する質問
- 受注先の工事変更による収益金額承認または合意可否または可能性に関する質問
Ⅳ おわりに
KAMの導入により、監査報告書の情報提供機能は確実に向上しています。
現在、韓国ではKAMの導入は工事進行基準を適用する受注産業に限定されていますが、韓国金融委員会は「会計透明性および信頼性向上のための総合対策」を公表し、上場会社全体への導入拡大の方向性を打ち出しています。