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会計不正調査における実務上の留意点

2017年4月28日 PDF
カテゴリー FIDS

情報センサー2017年5月号 FIDS

アカウンティングソリューション事業部 公認会計士 田谷直樹

製造業・不動産・金融業等の会計監査業務、化学メーカー、建設会社の株式公開支援業務、ロイヤルティ監査、内部監査・内部統制構築支援、不正調査、不正・不祥事対策(発見・予防)など、各種アドバイザリーサービス業務に25年以上にわたり従事。数多くの企業の不正防止プログラムの開発や企業の不祥事リスクの棚卸、評価および改善業務を多数サポート。

Ⅰ  はじめに

平成26年3月決算に係る財務諸表の監査から「不正リスク対応基準」が適用され数年がたちますが、上場企業における不適切会計の開示件数は年々増加しています。
また、このような中、平成28年2月には日本取引所自主規制法人から「上場会社における不祥事対応のプリンシプル」が公表されました。上場企業は非常に多様なステークホルダーを有するパブリックカンパニーとして、不祥事が発生した場合には企業が主体的に調査を行い、根本的な原因を解明して速やかに再発防止策を策定し、確実に実行することが求められます。
このように、企業が自浄作用を発揮して、不祥事により毀損(きそん)した企業価値を着実に、かつ、できるだけ早期に回復するには、どのような点に留意して調査を実施しなければならないのでしょうか。本稿では、会計不正が発生した際の対応として、必要十分な調査を実施するに当たっての留意点について解説を行います。なお、文中の意見にわたる部分については、筆者の私見である旨をあらかじめ申し添えます。(<図1>参照)

図1 一般的な不正対応フロー

Ⅱ 初動

初動においては、まず、発覚した不正もしくは通報などにより把握された兆候から分かり得る事実を整理し、不正行為の関与者、手口、影響額などを暫定的に推定します。この推定を踏まえ、調査体制の構築を行います。
調査体制の構築については、不正行為の関与者の職位や金額的・社会的な影響度などに応じて、社内のメンバーによる調査委員会を設置して調査を行う場合や、社外の専門家・有識者による第三者調査委員会を設置して調査を行う場合などがあります(<表1>参照)。いずれの場合においても、調査計画で策定された調査報告書予定日までに必要かつ十分な調査の終了を目指すべく、企業側でも調査メンバーへのサポートを行うことになります。

表1 調査主体ごとの一般的な特徴

調査委員を選任するに当たっては、弁護士や公認会計士などの有資格者であることと、不正調査委員会の委員に必要とされる専門性は、必ずしもイコールではありません。法律や会計の知識はあっても不正調査の経験が不足していれば適切な調査が行われない可能性があるため、調査の実施に必要な知見や技術、経験を有しているのか、十分に評価する必要があります。
また、調査の客観性を確保するためには、各調査委員が調査対象者・部署との間に利害関係を有していないことを、事前に慎重に検討する必要があります。経営者不正の場合には、調査対象からの独立性が特に問われます。

Ⅲ 実態調査

実態調査では、初動時に構築された調査体制の下で「調査計画の立案」を行うとともに、まず、調査対象となる関連書類や電子データを特定し、事後的な証拠隠滅や改ざんを防止するため、速やかに「証拠の確保」を行います。特定した関連書類や電子データの収集・分析や、関係者からの聴取などの「各種調査手続の実施」により不正に関与した者を特定し、その手口を解明することになります。さらに、これらの手続を通じて不正の根本原因を究明して速やかに実効性ある「再発防止策の策定」を行い、一連の調査内容を調査報告書に取りまとめます。

1. 調査計画の立案

調査計画は、暫定的に推定した不正の手口や関与者、仮決めした調査範囲を前提に、限定的な情報のみを頼りに立案します。そのため、この段階での判断は非常に難しく、その後に行った手続の結果、状況に応じて当初想定した対象範囲を超える調査が必要となる場合もあります。
また、調査のスケジュールを検討する際には、不正行為の関与者からの聴取のタイミングが重要です。状況によっては関与者が聴取前に退職・休職してしまうこともあり、聴取の時期を逸しないようにする必要があります。その一方で、事実の十分な整理や物的証拠の収集ができていないタイミングでの聴取は、関与者に証拠隠滅の機会を与えることになりかねないため、聴取時期の決定は慎重に行うことが必要です。
同時に、上場企業であれば証券取引所や管轄財務局などの規制当局などへの相談・報告や、適時開示などの必要性およびそのタイミングも、併せて検討します。

2. 証拠の確保

証拠の確保については、紙媒体の証憑書類、システム上の取引記録や会計帳簿記録などの財務データのみならず、電子メールや通話記録、サーバーやウェブサイトなどに対するアクセスログといった電子的な非財務データも対象となります。これらの膨大な情報は漏れなく、適時・適切に収集し、証拠能力を失わないようにすることが求められます。これらの証拠の保全は不正行為の関与者に知られることなく、水面下で慎重に行う必要があります。もし、不正行為の関与者に何らかの形で調査の事実が漏れれば、調査委員が保全する前に資料やデータが意図的に破棄・消去される恐れがあります。こうした証拠隠滅により事実の解明に想定以上に時間を要した事例も、少なくありません。従って、適時・適切に証拠保全をすることは、調査において極めて重要といえます。

3. 各種調査手続の実施

社内調査委員会や第三者調査委員会による不正調査は公権力に基づく捜査ではないため、収集し得る情報には制約があります。そのため、不正の内容について幾つかの仮説を設定し、収集した証拠書類やデータによりその仮説を裏付けて、事実を検証する「仮説検証アプローチ」を用いることが一般的です。ここで重要なのは、自ら設定した仮説は批判的に検証し、仮説を否定する情報を軽視しないことです。都合の良い情報のみを裏付けにしていては、実態は解明できません。否定的な情報を入手した際には仮説を見直し、再度設定して検証するという作業を繰り返します。それにより、徐々に不正の全体像に迫ることができます。
また、調査対象者への聴取においては、それまでに入手した各種証拠書類を提示して陳述を得るとともに、重要な陳述についてはそれをうのみにすることなく、再度会計データ、証憑書類、電子メールなどで裏付けを得ることが重要です。
さらに、実態調査においては、発覚した不正の他に類似の不正事実がないこと、すなわち調査の網羅性の確保が強く求められます。後になって、同様の不正が他の部署から発覚したり、同じ部署から他の不正が発覚した場合には、当初の調査の網羅性、ひいては調査自体の信頼性が毀損するとともに自浄作用が働かない企業という評価をされてしまう可能性があります。こうした類似不正の調査手続としては、一定の部署の従業員や取引先などを対象にしたアンケートの実施やデータ分析などが考えられます。これらは、対外的に調査の十分性を説明するための手続としても有用です。

4. 再発防止策の策定

調査結果を受けて、再発防止策は根本的な原因に即した実効性の高い方策とし、迅速かつ着実な実行が求められます。その際、事案の影響度次第では規制当局などによる事後的なモニタリングが行われる可能性も視野に入れる必要があります。
なお、再発防止策の策定・運用に当たっては、組織の変更や規程の作成・見直し作業に終始してしまい、社内浸透が不十分であるケースや、日常業務の遂行に支障が生じるような細かなルールを要求し結果的に形骸化してしまうケースも散見されます。そのような状況に陥らないよう、企業の組織風土の問題点や統制活動従事者の隠れた問題意識の理解にまで踏み込み、再発防止策の本来の趣旨が日々の業務の中で具体的に反映されることが重要です。

Ⅳ 決算訂正

実態調査により把握された影響額の金額的重要性によっては、過年度決算の訂正が必要になります。この場合、訂正後の財務諸表に適用される会計基準は、訂正前の財務諸表に適用されていた会計基準となります。また、訂正によって数値が変更になり、会社の経営成績や財政状態が悪化した結果、固定資産の減損や繰延税金資産の回収可能性などに関する検討が影響を受ける場合があります。
なお、訂正報告書の提出に際しては、必要な仕訳や開示の把握および作成に係る時間に加え、監査人による監査手続の実施と監査報告書の発行までの時間も考慮しなければならず、全体的なスケジュールを早い段階で把握しておく必要があります。実務上、株主総会招集通知の発送期限、有価証券報告書などの提出期限など、限られた時間内でさまざまな要素を考慮して対応が求められるため、監査人や証券取引所、管轄財務局などとの事前の十分な協議が不可欠となります。

Ⅴ おわりに

以上、企業による有事対応のステップごとに実施される手続を一般化し、留意すべき点を織り込みながら概要を解説しました。実際の事例においては不正の手法・形態は多岐にわたっており、発覚後の対応はケース・バイ・ケースにならざるを得ません。いかに柔軟かつ慎重に適切な調査を実施するかにより、その結果は大きく変わります。不正の発生を100%なくすことはできませんが、発覚後の適切な対応により、ダメージを最小限に食い止めることは可能です。限られた時間を有効に活用し、どこまで企業の社会的信頼を維持・回復できるのか、マネジメントによる有事対応の真価が問われています。

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