新たな収益認識基準が業種別会計に与える影響 第3回 不動産業
情報センサー2017年5月号 業種別シリーズ
不動産セクター 公認会計士 宇井達彦
主に国内不動産会社、金融機関、REIT、特定目的会社などの監査業務に従事。当法人の不動産セクターナレッジメンバーとして執筆・研修などの活動を実施。主な著書(執筆協力)に、『不動産取引の会計・税務Q&A(第3版)』(中央経済社)がある。
Ⅰ はじめに
2014年5月、国際会計基準審議会(IASB)はIFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」を公表しました。これを踏まえ、企業会計基準委員会(ASBJ)は日本基準の体系の整備を図り、日本基準を高品質で国際的に整合性があるものとするなどの観点から、収益認識に関する包括的な会計基準の開発について検討を進めています。
本連載では、こうした状況を踏まえながら、業種に特化した収益認識の論点などについて解説します。
なお、本稿の意見にわたる部分は、筆者の私見であることをお断りします。
Ⅱ 不動産業における収益認識の論点
不動産業には不動産開発・分譲事業、不動産賃貸事業、不動産管理事業、不動産仲介事業など、さまざまな事業領域があり、顧客に対して提供する価値の様態や種類が幅広く、それらの価値を生み出すサービスが他のサービスと密接に関連していることが多い業種といえます。そのため、同一顧客に対して主たる契約とは別に、付帯サービス提供契約など複数の契約が存在することや、同一契約内でも複数の異なった性質を持つサービスが含まれていることがあります。また、事業領域という大きな観点で見ればビジネスモデルはシンプルである一方、不動産取引は一般に個別性が強く、個々の取引という小さい観点で見ると、個別的な取引条件を追加することもあります。
このことから、新たな収益認識基準が適用されると、既存の取引においても、取引内容の再検討、基準の解釈と当てはめが新たに要求される可能性があります。以下、新たな収益認識基準が適用された場合、一般的に影響があると考えられる論点について解説します。なお、以下の解説は新たな収益認識基準がベースとするIFRS第15号の規定等を参考としているため、最終的な判断に当たっては、今後ASBJより発行される基準などを参照する必要があります。
1. 不動産分譲事業における契約コスト
分譲住宅の竣工(しゅんこう)前に顧客に販売する、いわゆる青田売りを行っている場合、販売時に支出する広告宣伝費やモデルルーム費は、費用収益対応の観点から、物件の引渡しまで繰り延べる処理を採用している会社もあると考えられます。一方で、IFRS第15号では、契約を獲得するためのコストのうち、契約を獲得したかどうかに関係なく発生するコストについては、発生時に費用として認識するとされています。新たな収益認識基準において、発生時費用処理が強制される場合、特に大規模開発など長期にわたる工事において、分譲に係る収益計上前に多額の費用が先行して計上される結果となり、従来繰延処理を行っている会社に対する財務的な影響は大きいものになると考えられます。同様の懸念はASBJの意見募集に対するコメントにも含まれており、今後のASBJの対応を注視する必要があります。
2. 不動産管理事業における管理報酬
不動産管理サービスには、ビルメンテナンス、清掃、リーシング業務、事務作業および各種支援サービスのほか、不動産から得られる賃貸収益のうち一定割合をインセンティブ報酬として受領する契約もあります。このように不動産管理サービスには、さまざまな異なる性質の活動が含まれていますが、契約上、管理報酬がサービス活動ごとに区分されていないケースもあります。
一方で、IFRS第15号では、会社は顧客との契約に含まれる独立した履行義務は何かを判断する必要があります。例えば、メンテナンスや清掃、事務サービスは、それぞれ別個の活動ではありますが、履行義務の判断に当たっては、顧客との契約目的を重視し、管理対象不動産が想定どおりに運営されるための一連のサービスであり区分できないという点から、これらのサービスを一つの履行義務として認識することも考えられます。一方で、通常の管理業務の範囲を超える業務(例えば、商業施設などで限定イベントの誘致や広告宣伝の業務を行う場合)は、それ自体が独立した履行義務だと判断する場合もあると考えられます。一つの契約の中に複数の履行義務が含まれると判断した場合は、管理報酬総額を履行義務の単位に配分し、各履行義務が充足された時点で収益認識することとなります。そのため、履行義務の単位の判断によっては、従来の収益認識のパターンとは異なる可能性があります。なお、ASBJの検討過程においては履行義務という概念について、より分かりやすいガイダンスを提供することも検討されています。
3. 不動産賃貸事業における礼金および更新料
不動産賃貸借契約の開始時または更新時に収受される礼金および更新料については、契約締結の謝礼や更新の手数料という見方や、賃料の前払いという見方などもあり、法的性質や経済的実態にはさまざまな側面があります。現状は、契約上返金不要であり税務との整合も考慮して、受領時の収益として計上する処理を採用している会社が多いと考えられます。
この点について、礼金および更新料、その他賃借人から一時に収受する金銭については、その性質を検討し、適切な会計処理を行う必要があります。仮にこれらの金銭が前払賃料であると結論付けられた場合には、IFRSにおいては、IFRS第15号ではなく、IAS第17号「リース」(またはIFRS第16号「リース」)に従い、貸手リースに係るリース料の一部として、ファイナンス・リースまたはオペレーティング・リースの区分に従い会計処理することが求められます。
Ⅲ おわりに
不動産業を営む会社にはさまざまな取引類型があり、各取引類型における論点の抽出と会計方針の決定、個別具体的な取引の識別と検討、およびそれらに関連する社内ルールの整備に相当の労力と時間を要する場合が想定されます。今後ASBJで進められる議論の動向を注視するとともに、会計方針変更、既存のシステム変更や新たな内部統制を整備する必要性などについて、影響が考えられる取引類型を事前に洗い出し、整理検討しておくべきと考えます。
(参考文献)
Applying IFRS:IFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」
Applying IFRS 不動産業:新たな収益認識基準-不動産業
(注)発行時の掲載内容を一部修正しております。