監査におけるデータアナリティクスの力
情報センサー2016年12月号 Topics
第4事業部 品質管理本部 監査監理部 公認会計士 平野英史
主に米国SEC登録企業および国内上場企業に対する統合監査に従事。また、2014年よりEYグローバル(英国)および当法人においてデータアナリティクスの監査業務への展開活動にも従事し、現在に至る。著書(共著)に『改訂COSOフレームワークを活用した内部統制「改善」の実践マニュアル』(同文舘出版)がある。
Ⅰ 監査におけるデータアナリティクス
今、監査において、大量データを分析するデータアナリティクスの活用が注目されています。
従来の伝統的な監査では、大量のデータ全てを対象とするというよりは、むしろ母集団から一部の項目を選んで検証するという試査を原則としていました。金額が大きいなどの一定の要件を満たす取引を選んだり、ランダムに取引を抽出したりして対応することが多かったと思います。これは、企業の膨大なデータを全て見ることは、当然できないという前提の上で理論化されてきたのですが、テクノロジーの発展により、専用ツールなどを利用して大量データの分析が可能となってきました。従来は取引の会計処理を「点」と「点」でしか検証できなかった場合でも、データアナリティクスによって、より広く、多面的な視点から全ての期中取引を対象とした検証が可能となります。これによって期中に何が実際に起きているかをより直接的に追求できるようになります。例えば、クライアントのビジネスモデルや会計処理の詳細で正確な理解、取引の開始からその後の最終的な会計処理までの追跡、不正の兆候や異常点へのより高い感度などに非常に力を発揮することが期待されます。
監査を取り巻く社会からの期待が大きく変容する中で、求められる「監査品質」も大きく変わっています。これまでも財務分析などを通じてデータ分析を部分的には実施してきましたが、データアナリティクスの活用によってクライアントの膨大な取引データを効果的で効率的に検証することを可能にする手段ができ、より深掘りすることができます。
Ⅱ 当法人のデータアナリティクスの監査アプローチ
当法人はすでに、この2017年3月期以降の上場企業およそ1,000社との監査契約において、データアナリティクスを監査計画に織り込んでいます。メンバーファームであるEYのデータ処理や、分析機能のテクノロジーとこれらを融合させた監査メソドロジーを活用し、全てのデータ※1の入手とその全てのデータを対象とした分析を重視することで、新しい監査アプローチを追求しています。100%の仕訳データを入手することで残高試算表を独自に作成でき、まずは、クライアントが作成した残高試算表がそれと同一であることを確かめることでデータの信頼性を確保できます※2。
EYによるデータアナリティクスのためのテクノロジー開発着手は古く、10年前には全ての総勘定元帳データを分析するソフトウェアができました。その後、分析対象となるデータの範囲、量や分析手法のバリエーションなどがより高度化された分析ツールの開発、また、このテクノロジーを監査にどのように組み込むかのメソドロジーの構築などを進めてきました。例えば、残高試算表の各勘定の金額がどの管理システムから記録されているか、またはどの従業員が入力したのかを一覧にするレポーティング機能により、通常でない情報源を視覚的に特定できます。これを、異常な会計処理の追跡だけでなく、新たなビジネスや取引パターンのより正確な理解につなげることで監査の深度を高めます※3。また、販売や仕入取引が実態どおり漏れなく計上されているのかを検証するための分析として、例えば、取引の流れに応じた資産負債との相関関係を分析するレポーティング機能があります※4。全ての販売や仕入は最終的にキャッシュにより裏付けられるのが通常であり、そのプロセスの追跡と銀行の取引記録との照合などを組み合わせることで、推定値やリスクに対応した効果的な監査につなげられます。
今、私たちが見ている、この押し寄せるデータの流れから、EYはそのデータアナリティクスの監査アプローチを「EY Helix」(らせん)と名付けています。データアナリティクスへの注目が高まる中、いよいよ、この10年超の研究開発を監査実務に全面展開する時期に来たと考えています。
Ⅲ 未来の監査へ
このITを活用した監査の高品質化の取り組みの背景には、もう一つ大事な視点があります。人工知能(AI)を利用した、よりマルチモーダルな(数値記号だけでなく、画像、動画、物体などに対する多様な感覚による)分析における異常の識別や、ロボティクスによる監査業務、その事務手続きの自動化などがあります。私たちも、クライアントやその産業のIT化に応じ、監査業務にいっそうの自動化と効率化を追求しています。特に最近ではAIのさらなる進化により、会計監査業務の8割近くが機械に取って代わられるとの指摘もあります※5。そこで言われているのは、AIが深層学習によってデータの中から自己学習的に異常値を決めて発見するものです※6。確かに、コンピュータが、会計システムのデータだけでなく、よりビジネス側にある管理データ、さらには市場や産業の外部データや企業内外の明確に管理されていない非構造的データ、いわゆるビッグデータまでをも処理し、そこから財務報告データのあるべき値を自ら計算して、一定の許容率を超える処理を漏れなく正確にレポートするというようなことは、実現する期待が持てそうです。
しかし、それだけでは監査は終わりません。そのデータ分析結果をどう裏付け、どう結論付けるかに関し、データから何を読み取ってクライアントと議論すべきなのか、また、データとの比較からだけでは判別できないクライアント固有のビジネスの特性や判断をいかに評価するのかなどに関してクライアントと向き合い、対話していくことが必要です。そしてその中から、クライアントの財務報告プロセスや、より広範なマネジメントに役立てられる洞察を得ていきます。例えば、企業が新しい研究や投資を開始する時、そこから転換を図る時、そして、時間をかけて開発してきたものが成果を上げる時、データは変化を示します。これらの変化をいち早く捉えてクライアントと共有する中で、これらのビジネスの変化に対するガバナンスやリスク管理にとって有益な、データに裏打ちされた洞察を提供していきます。
Ⅳ おわりに
今年、私たちが本格化させたデータアナリティクス導入の試みは、この来るべき未来の監査への投資であり、クライアントとの対話の始まりでもあります。私たちはEY Helixのデータアナリティクスを活用することで、クライアントの財務情報に対して詳細なデータに裏付けられた、より信頼性の高い保証を提供していくとともに、強固でインタラクティブな価値を届けていきます。
※1 利用するツールなどによっても異なるが、全ての仕訳伝票、またはそれに補助元帳の取引記録を加えた会計記録、さらに不正対応等の専門メンバーと協働して、クライアントのビジネスや分析目的に合致した非財務データを利用することも可能
※2 不正やエラーを見逃さないために、クライアントから提供されたデータの信頼性確保は非常に重要である。例えば、粗利益率分析のような単純な分析であっても、このデータの信頼性の上に、販売種類別や事業別などに細分化して月次推移などを分析することで、非常に効果的な分析となる。
※3 例えば、仕入や経費の金額が購買管理システムの記録に連動せずに、手入力された修正や他の情報源と複雑に絡み合った記録などを視覚的に識別できる。
※4 例えば、売上はそれによって売上債権が発生してその後に預金で回収される場合、売上を想定通りこれらの資産勘定を実際に通過した売上と、想定通りの記録がない売上とを分離し、それぞれの詳細を、グラフなどを使ってレポートできる。
※5 Carl Benedikt Frey and Michael A. Osborne『THE FUTURE OF EMPLOYMENT』
※6 松尾 豊 著『人工知能は人間を超えるか』(中経出版)