インダストリアルメタバースが切り開く未来―デジタルトランスフォーメーションによる次世代工場の実現

インダストリアルメタバースが切り開く未来―デジタルトランスフォーメーションによる次世代工場の実現


インダストリアルメタバースの活用は、生産現場のDXを促進。データを活用したデジタルツインの構築、モデルシミュレーション、データの活用などで生産現場の効率化と経営の最適化を可能にし、働き方改革へ。


要点

  • インダストリアルメタバースは、仮想空間でリアルタイムの監視とシミュレーションを可能に
  • 活用のメリットは、効率的なリスク管理、高度なトレーニング、人手不足解消、プロダクト開発の効率化など
  • 課題は、技術投資、人材育成、データセキュリティ、UX向上
  • インダストリアルメタバースの実装に必要なデジタルトランスフォーメーションとは

インダストリアルメタバースの現状と展望

デジタル変革の新たな潮流として現れたメタバースは、私たちの仕事や生活に革新的な変化をもたらす可能性を秘めています。コミュニケーションメタバースが社会やエンターテインメントの分野で人々の相互作用を拡張し、没入型の体験を提供する一方で、産業界におけるその適用―すなわちインダストリアルメタバース―は、現実世界の物理的なビジネスプロセスや運用をデジタルの領域に変貌させ、業務の効率化やイノベーションを加速させるという、全く異なる価値を創出しています。

図表1:メタバースの定義

図表1:メタバースの定義

インダストリアルメタバースは、現実世界をデジタルで複製した仮想現実空間を提供し、リアルタイムのシミュレーションやさまざまなシナリオテストを実現する技術です。その特徴はシームレスなデータ統合と先進的なシミュレーション能力にあります。その中でデジタルツインは、製造業からエネルギー、建設、運輸に至るまで、各業界の物理的なアセットやプロセスを仮想空間で複製することにより、リアルタイムでの監視、シナリオテスト、最適化を実現できます。リスク管理、プロダクト開発の時間短縮、メンテナンスの予測といった点が、特に価値をもたらす分野となり得ます。例えば、緊急なメンテナンスの必要性の予知や、製造ラインのボトルネックを発見するなど、デジタルツインを使用して運用の効率化も実現します。さらに、サプライチェーンの全体像を仮想空間で表示することで、素早い意思決定とリスクのマネジメントが可能となります。また、産業の環境影響を減らすための持続可能な意思決定支援ツールとしての役割も担い始めています。現場のリソース消費や排出物の量を可視化し、より環境に配慮した運用計画が立てられます。

インダストリアルメタバースとスマートファクトリーの違いについては、両方とも製造業におけるデジタル技術の進化を指しますが、EYとしては下記の様に考えています。スマートファクトリーは、具体的な生産プロセスの最適化に重点を置きます。これは主にIoT、AI、ロボット技術などを駆使し、実際の工場の生産ラインや製造プロセスを数値化し、その数値を活用して最適化された運用プロセスを実現します。また、生産データのリアルタイム監視や分析を可能とし、必要な改善措置を迅速に施せることで、生産性向上や品質保証に寄与します。断続的な改善活動により、一貫性のある品質、速度、柔軟性といった要素が保証され、これらがスマートファクトリーの付加価値となります。一方で、インダストリアルメタバースは現実世界をデジタル上で模倣することにより、より高度な予測や試験を可能とする技術です。これは「ヒューマンインターフェース寄り」の要素があり、没入型の3D環境によるワークフローやトレーニング、設計の再現を可能とします。そこで特に大きなポイントとなるのが、「3Dでの分析」です。これにより、製品やプロセスを多角的に視覚化し、より多くのデータ量を用いて精緻な解析が可能になります。また、事前のシミュレーションやテストが可能となり、製造業におけるさまざまなシナリオを早期に試し、問題を即座に改善することが可能となります。

インダストリアルメタバース活用のメリット

このようなインダストリアルメタバースですが、下記のようなメリットがあります。

  • 効率的なリスク管理:インダストリアルメタバースの使用により、製品開発の早い段階で各種シミュレーションを行い、それによって生じる可能性のある問題点を早期に発見し、対策を講じることが可能になります。これは、企業が製品開発や生産プロセスにおけるリスクを効率的に管理するのに大いに役立ちます。
  • 高度なトレーニング:仮想現実上での実践的なトレーニングを提供できるため、新規採用者や現場未経験者のスキルアップを効率化できます。現場の危険要素を排した状況で、リアルに近い作業を経験できるのは大きな利点です。
  • 人手不足解消:インダストリアルメタバースは、仮想空間での操作をリアルタイムで物理的な装置に反映させることが可能です。これにより、遠隔地からでも工場の運営を可能にし、人手不足の問題を緩和します。
  • 持続可能な経済活動:環境への影響を最小化するための計画立案に役立ちます。エネルギー消費の最適化や廃棄物量の削減など、環境負荷を数値化し、仮想空間でシミュレーションすることで、より環境に優しいビジネスプロセスを設計できます。
  • プロダクト開発の効率化:製品のエンジニアリングプロセスのあらゆる段階でデジタルツインを使用することで、開発時間の短縮やコストダウンが可能になります。特定の部品やプロセスの問題を早期に発見し、他の部分に影響を及ぼす前に修正を行うことができます。

d-strategy,inc 代表取締役、東京国際大学 特任准教授 小宮 昌人氏は、以下の様に述べられています。「最も効果的に発揮されると考えられる分野は、建設と製造、そして医療です。特に建設と製造においては、DAPSAと呼ばれるダッソー、オートデスク、PTC、シーメンス、アンシスなど欧米の企業が強力なプレゼンスを示しています。これらの企業が提供する既存プラットフォームを最大限に活用し、これらのユーザーとして参画することが重要です。機能的に完成されたプラットフォームは、新たな投資を控えめにした上で、最大限度のパフォーマンスを引き出す手段を提供します。それぞれの分野で異なるアプローチが求められる一方で、共通して言えるのは既存のプラットフォームをうまく活用しつつ、全体最適化を図るべきだという点です。これは、インダストリアルメタバースの実現に向けた大切なステップとなります」そして、日本の企業にとってのビジネスチャンスは、全体最適化の視点や、まだ十分活用されていないシーン、例えば建設のBIM(Building Information Modeling)について設計分野では広く活用されていますが、施工や維持管理でのより効果的な活用については今後の用途の広がりの余地が存在します。また中小企業にとって使いやすいツールを提供することも有望なビジネスの余地となり得るでしょう。こうした隙間を埋めるアプローチが、インダストリアルメタバースの成功に寄与することでしょう。一方、医療分野においては、日本が先駆者となっており、Holoeyes、Dental Prediction、JOLLYGOOD+などの企業が先駆的な動きを見せています。これらのプレーヤーによる革新的な取り組みを通じて、日本がインダストリアルメタバースの新たな拠点となる可能性があります。

このような部分でメタバース技術の活用を進めることで、効率化や生産性向上といった改善を図ることが可能となります。

インダストリアルメタバースを実装する際の課題

インダストリアルメタバースは、製造業における生産性向上や効率化につながる可能性を秘めていますが、それを実行するためには以下のような複数の課題をクリアする必要があります。

  • テクノロジー投資と人材教育:メタバースの導入は高度な技術力が必要とされます。AR、VR、AI、5Gなどの新たなテクノロジーに企業としての投資が必要であり、また、それらを活用できる人材の確保と教育が求められます。
  • データセキュリティ:メタバースでは大量のデータが生成されますが、それらは企業の重要な知的資産となります。そのため、情報の流出を防ぐためのセキュリティ対策が重要となります。
  • ユーザーエクスペリエンスの向上:メタバース導入による効果を最大限に引き出すためには、従業員が使いやすい、理解しやすいインターフェースの開発が求められます。これにはデザインやユーザビリティの専門知識が必要となります。
  • 社会的影響への対応:社会全体に対する変化や影響に対する対応も必要です。具体的には、テレワークやリモートワークの普及による働き方の変化、教育のデジタル化などの動きに対応できるようなビジネスモデルの構築が求められます。

d-strategy,inc 小宮氏は、インダストリアルメタバースのメリットと課題について、以下の様に述べられています。「現実空間で実施する前時点からのシミュレーションや可視化により、組織や企業を超えて連携を行えるようになることや、品質安定化、変化に対応する柔軟なオペレーションを実現できることが大きなメリット。また、それらにより製品設計やライン・工程設計、オペレーションなどの暗黙知になっていたノウハウをデジタル化して熟練者から他の社員に継承することや、マザー工場から新興国へのオペレーション移転などがしやすくなる。さらに、ノウハウをデジタルツインで可視化することで、他企業に効果的に伝えてノウハウをソリューション外販することも可能となってきている。デジタルツインは組織横断での効果や、中長期でのオペレーション変化が大きな効果。日本企業としては短期的な売上増やコスト減などのROIにもとづいて意思決定しがちで、かつ投資予算も個別の組織単位であることが多い。『現在のオペレーションで現場はなりたっている』と判断しがちだが、今の体制やオペレーションが高齢化・人材不足の中で維持できるのかといった中長期視点や、特定の部署の個別最適化を超えて設計-生産技術-製造-メンテナンスなど部門を超えた効果を全体最適で検討する必要がある。

今後のメタバースの展開には、これらの要素を全て考慮に入れた戦略が必要となるでしょう。これらの課題を上手に乗り越えることで、企業は新たなビジネスチャンスをつかむことができると考えます。
 

インダストリアルメタバースの実装に必要なデジタルトランスフォーメーションとは?

インダストリアルメタバースの実装に必要なデジタルトランスフォーメーションとは何であり、またそのために企業が取り組むべき事項についてまとめます。
 

長期的な目的やビジョンの明確化

インダストリアルメタバースの実装を進める企業が最初に確認すべきは、その長期的なビジョンであり、それがどのような形で企業の未来像に影響を及ぼすかを定義する必要があります。従来のビジネスモデルを根底から変えるかもしれないパラダイムシフトであり、新たな技術とビジネスの未来とが融合する方向性を長期的に見極めます。インダストリアルメタバースを実装するためには、ITインフラの強化、スタッフのスキルアップ、経営理念の更新、クラウド導入などさまざまな施策が必要となります。そのため、これらを適切に計画し、経営者自身がリーダーシップを発揮して進める必要があります。また、実装のプロセスにおいても、各部門やステークホルダーとの連携を密にすることが要求されます。これら全ての要素が、企業のビジョンと直結し、具体的なアクションとなって初めてインダストリアルメタバースの実現につながります。したがって、インダストリアルメタバースの実装においては、具体的な技術導入だけではなく、ビジョンの提言や経営計画の長期化、各部門との連携など、組織全体の変革と、未来をリードするための戦略的な視点が必要となります。

ここでリコーグループが進める「Digital Manufacturing」について、ご紹介します。
 

働き方改革の流れ

リコーグループでは、コロナ禍以前からリモートワーク制度が導入され、生産現場でも働き方に関する議論が起こります。その中で「リコー生産 2030 あるべき姿」をバックキャストでビジョンを描きDigital Manufacturing戦略を構築されました。それが下記図表2になります。


図表2:

図表2:

(株)リコー デジタル戦略部 奥山 直樹氏は次のように述べられています。「重要なのは『現場層』で、一般的な生産現場の未来は大きく2つ『無人化』または『人とロボットの協働』に分類される。中国でのスマートフォン生産などの大量生産に関しては自動化の方が、投資効率が良く『無人化』が進んでいる。一方、リコーが日本で生産しているのは多品種少量生産であり、生産工程の変更に対する柔軟性(フレキシビリティ)が必要。しかし、柔軟性を併せ持つ生産設備は、運用・保守も簡単ではなく、投資効果も見合わない。国内生産の現場では、人を起点として生産の柔軟性を維持するが、人にはヒューマンエラーや少子高齢化・人口減少による懸念もあるので、協働ロボットを活用し、人も働きやすい生産現場を目指している」
 

データ基盤の整備

デジタルツインはリアルタイムのデータと連携して機能するためデータ収集、処理、ストレージ、セキュリティの基盤を整備する必要があります。まず、物理的な装置やプロセスから得られるデータをセンサーやAIで収集します。次にこれらのデータを整理し、有用な情報に変換します。必要な場合には、クリーニングや前処理を行ってデータの品質を確保します。構造化データだけでなく、非構造化データも活用します。また、データ管理のためのガバナンス体制を整備し、データの保守、アクセス制御、セキュリティ対策を実施します。これらにより、実用的で信頼性の高いデジタルツインを構築し、多様なシミュレーションや分析を実現します。その中には「人のデータ化」も含まれますが、リコーインダストリー(株) プリンタ生産事業部 グループリーダー 齋藤 大樹氏は、以下の様に述べられています。「人のデータ化の際の留意点としては、人々がデータを取られているという感覚を持つことなく、自然な方法でデータ収集を行うことが重要である。個々の通常の作業工程を妨げずに、情報を収集することが求められる」これは、人々の自然な操作や行動の流れの中で、無理なくデータを得ることを可能にする重要な考え方です。

技術スキルとトレーニング

デジタルツインの実装は専門知識と技術スキルを有する人材に大いに依存します。これは、データ分析の能力やモデリング、プログラミングなど、特定の技術に関する知識を含みます。従業員の能力を最大限に引き出すためにも、適切なトレーニングと継続的な教育が非常に重要になります。その従業員のトレーニングにおいて、リコーインダストリー(株)でユニークな取り組みが行われています。作業者の動作を把握するだけでなく、作業空間全体を詳細にスキャンし、バーチャルで復元することで、プロセス全体を視覚化し、理解しやすくする取り組みです。これにより、従業員は単なる作業手順の記憶を超え、現場の状況を把握し、より効率的な方法で作業を最適化する能力を養うことが可能になります。以下の写真の様なVRゴーグルを活用して、「熟練工の視点カメラ映像」をトレーニングに用いた結果、明確な成果として作業効率の向上が観察されたそうです。具体的には、まるで自身がその場にいるかのようなリアルな視聴覚体験を通じて、熟練工の高度なスキルや手順や作業環境をより直感的に理解することができるようになり、新たなスキル習得の速度が向上したことで、作業全体の効率化につながりました。

技術スキルとトレーニング

センサーとIoTデバイスの展開

デジタルツインは現実の動きを精確にシミュレートするために、リアルタイムのデータが必須です。これを実現するためには、センサーやIoT(Internet of Things)デバイスを戦略的に配置し、効果的にデータ収集を行うことが求められます。これにより、物理世界からのリアルタイムなフィードバックを得られ、より正確で高精度なデジタルツインの運用が可能となります。

インダストリアルメタバースの実現は、企業のデジタルトランスフォーメーションと深く結びついています。これは、技術の進展や物理的な変化だけでなく、組織のマインドセットやスキルセットの変革も必要とします。これらが機会となり、明確なビジョンや目的の設定を通じて、データ基盤の整備など、具体的な戦略の策定が可能となります。

一方、労働力の減少や新技術の急速な発展などは、日本の製造業にとって脅威ともなり得るものです。これらは、長年の製造技術や一貫した品質、製造の精度といった日本の優位性を揺るがせています。

ここで、インダストリアルメタバースという革新的な技術の出現は、新たな機会を提示します。リアルタイムのシミュレーション、リスクの予測、持続可能な製造など、この技術の可能性を最大限に活用すれば、製造業は次世代の製造に向けた新たな道筋を築いていくことが可能になるでしょう。これらの可能性を探求し、自社のビジネスモデルに組み込むことで、製造業は次世代の製造の道筋を築いていけるでしょう。インダストリアルメタバースは、新たな競争力を発揮し、ジャパンブランドのプレミアムな製品を世界に提供し続けるための重要なイノベーションの鍵となり得ます。


【共同執筆者】

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
テクノロジー/メディア・エンターテインメント/テレコムセクター
原 晋一郎 アソシエートパートナー
梁 之誠 マネージャー
尾崎 真理 シニアコンサルタント
菅 哲雄 シニアコンサルタント
関本 優乃 コンサルタント

※所属・役職は記事公開当時のものです。

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サマリー 

インダストリアルメタバースにより、製造業はリアルタイムシミュレーション、効率的な製品開発などを実現、次世代製造へ進化することで、新たな競争力を実現することができるでしょう。


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