EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
企業が短期から長期にいたるさまざまなリスクを乗り越え、レジリエントで持続可能な経営を実現するために、EYではTCFDシナリオ分析を発展させた、「破壊的シナリオ分析」を推奨しています。
世界はコロナ渦中にありますが、気候変動も人類を脅かすリスクとして存在し続けています。2020年9月9日に国連より公表された「科学の下で団結せよ United in Science 2020」では、2016~19年の平均気温が史上最も高かったこと、また世界で起きているハリケーン、干ばつや熱波、山火事などの自然災害に人為的影響が大きいことなどが報告されています1。9月3日にオンライン開催された気候変動に関する閣僚会議で、小泉環境大臣は「世界はコロナウイルスと気候変動という2つの危機に直面しています」と発言しました2。
企業活動においても、気候変動は重要な社会課題です。短期的には、コロナ渦に伴う混乱をいかに乗り切るかが、ほとんどの企業にとって最重要課題でしょう。一方、長期的には、不確実な気候変動を巡る将来をどのように認識しているか、激甚化する自然災害にどのように対策するか、世界の温度上昇を抑制するためにどのように事業変革を進めるかなど、気候変動対応戦略も必要となります。投資家や社会は、短期・長期双方の企業の考えを期待しています。
TCFDのシナリオ分析は、企業に対してこうした気候変動対応戦略を構築し開示することを求めています。G20の要請を受け金融安定理事会(FSB)により設立された「気候関連財務情報開示タスクフォース(Task Force on Climate-related Financial Disclosures 以下、TCFD)」は、2017年6月に最終報告書を公表しました。TCFD最終報告書では、シナリオ分析、すなわち「2℃以下シナリオを含むさまざまな気候変動シナリオに基づく検討を踏まえ、組織戦略のレジリエンスについて説明する」ことを企業に求めています。つまり、不確実な気候変動を巡る将来をいくつかのシナリオに分けて、どのようなシナリオに進んでいくとしても自社の経営は盤石である、ということの説明を必要としているのです。
2017年6月以降TCFDへの賛同社数は世界で増え続けており、2020年9月現在で1,394団体にのぼります。とりわけ日本では、G20大阪サミットが開催された2019年に急増し、その後も増え続け、国別では世界一の293団体が賛同を表明しています。また賛同だけでなくTCFDに基づく情報開示も進んでおり、2019~20年にはシナリオ分析の結果を開示する企業も増えてきています。
TCFD賛同社数推移(国別)3
ところが、ほとんどの企業のTCFDシナリオ分析に関する情報開示は、未だいまだ投資家や社会の期待するレベルには到達していないとEYでは考えています。EYのグローバル調査結果によると、79%の企業は戦略に関する開示を行っているものの、TCFDが求める品質の内容を発信している企業は34%にとどまっています。
開示カテゴリー別の企業の開示状況4
また開示しているシナリオ分析結果を見ても、たいていは「複数のシナリオで気候変動の事業影響を分析した。いずれのシナリオでも影響は軽微で、自社の経営は盤石である」というものです。
TCFD提言およびその背景にいる投資家や社会は、企業が経営層を中心に気候変動を自分ごととして捉え、その不確実性を含めて事業への影響を認識し、自社の企業経営に反映させることで経営のレジリエンスを一層高めることを、求めているのです。
それでは、企業のレジリエンスを高めるためには何が有効でしょうか?EYでは、TCFDシナリオ分析の発展型として、以下の3点を推奨しています。
これまでは、2℃/4℃のパターンでシナリオをつくる検討が一般的でした。ところが2018年のIPCC「1.5℃特別報告書」では、CO2排出量は2030年までに45%削減され、2050年頃には正味ゼロにする必要があると報告されました5。もしも自社の主力製品があと20年あまりで販売できなくなるとしたら、経営はどうなるでしょうか?
あるいは、今後ハリケーンや豪雨など、気候変動に伴う自然災害は徐々に激甚化すると考えられています。そこに、コロナ渦や次のパンデミックリスクが重なったらどうなるでしょうか?または、米中冷戦が緊張を増し、地政学リスクが高まっている環境下ではどうでしょうか?
影響の振れ幅が小さい中での検討、シンプルな決定木での検討にとどまると、リスクを過小評価してしまう危険性があります。レジリエンスを証明するためには、あえて企業が存続できなくなる破壊的シナリオ(Disruptive scenario)まで思考を発展させる挑戦をすべきです。
破壊的シナリオに進んでもなお企業を存続させるためには、経営を構成するさまざまな要素の再考が迫られます。経営ビジョンにおける短期から長期経営の計画、事業ポートフォリオ、リソース配分、PDCAサイクルなど、生き残りに向けてはこれまでの成功要因を否定する考察も必要となります。また対策のいくつかは、現在から着手しておかないと間に合わないものもあるかもしれません。
EYでは、「LTVフレームワーク」などを活用しながら、企業の破壊的シナリオに対する網羅的かつ実効的な対策の考察をサポートしています。
TCFDシナリオ分析を開始した企業でも、多くは依然として、限られた部門での考察にとどまっています。ところが、TCFDが求めているのは、単なる机上の検討ではありません。経営層が破壊的シナリオを含む将来の不確実性を認識し、それを経営のさまざまな要素に実際に反映させること、またそのストーリーを自らの言葉で外部に発信することが求められています。事業部門や経営層に「破壊的シナリオ」をぶつけ、その対策を真剣に考えてもらうことが必要です。
人類は今、不安定な未来に直面しています。無尽蔵に資源を消費し、二酸化炭素を吐き出し続ける成長はもはや成り立たちません。あらゆるステークホルダーが協力して、これまでの経済成長を支えてきた前提を捨て、目指すべき望ましい未来の姿を定め、その実現に向けて努力をしなくてはなりません。
ステークホルダー資本主義が台頭しつつある今日、企業活動が人類を望ましい未来へと進める原動力となることに、あらゆるステークホルダーが期待を高めています。企業がコロナ渦や米中冷戦を乗り越え、気候変動問題を解決する主体となるために、企業は自社のレジリエンスをいっそう高めていくことが必要です。Building a better working world(より良い社会の構築を目指して)を志すEYは、そのお手伝いをしていきます。
望ましい未来に向けた構造転換アプローチ
日本企業でも取り組みが進むTCFDシナリオ分析。シナリオを設定する際、あえて企業が存続できなくなる「破壊的シナリオ(Disruptive scenario)」まで思考を発展させることで、経営のレジリエンスと持続可能性をいっそう高めることにつながります。そうした思考実験は、企業が不確実な未来を乗り越えることに役立ちます。