EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
日本の医薬品業界においては、サステナビリティ経営に対する関心が極めて高く、各社さまざまな形で取り組みを推進しており、社会的価値、環境的価値を示す非財務情報の開示に対しても前向きに対応しています。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のまん延により、「健康」ということに新たな側面からも注目が集まり、医薬品企業に対する社会の期待も大きくなりました。すなわち、個人や社会の健康の増進ということをより意識してサステナビリティ経営を実践する要請が高まっているのです。
本レポートには、業界特有のサステナビリティの指標として米国市場での成果を示すものが複数含まれています。日本企業からは米国市場で大きくビジネス展開している武田薬品工業とアステラス製薬が対象に含まれ、一定の評価を得ています。
今後の日本の医薬品業界においてサステナビリティ経営および開示の充実を進めるための課題としては、①日本市場を意識した共通の指標による各社間のサステナビリティ経営の比較可能性の確保、②社会全体の健康増進にどのように貢献しているのかを示す指標の開発、③情報の透明性・信頼性の確保、④サステナビリティ経営が価値の源泉になり得ることの効果的なIRの方法などが挙げられます。本レポートの試みがそうした課題に対する議論を活性化する端緒となればと考えます。
人々は今、自分の勤め先、製品やサービスの購入先、投資先である企業に対して、より大きな責任を求めています。ヘルスケア業界では、保険者(官民両方)、医療提供者(医療システムと医師)、個々の患者を含めた多様なステークホルダーの視点をビジネス課題に取り込む必要性が高まっています。新たなレポートライフサイエンス業界のサステナビリティの実践と進展における定義、測定および効果的な伝達(PDF)でも掘り下げていますが、これらステークホルダーの間で関心が高まっている分野の1つがサステナビリティです。
残念ながら、サステナビリティをいかに測定するか、バイオ医薬品企業に最もふさわしい指標は何かについても、コンセンサスは形成されていません。広く認められている指標がないため、投資家は企業のサステナビリティ投資と財務数値を直接結びつけることが難しいのが現状です。また、投資家が望んだとしても、各企業のサステナビリティプログラムの効果を直接⽐較することはできません。
その結果、バイオ医薬品企業はサステナビリティ投資の取り組みを⼗分に認められていません。従って、⻑期的なメリットがあることが数々のデータから分かっているにもかかわらず、取締役会や経営陣がサステナビリティ―へ優先的に取り組めずにいるのです。
バイオ医薬品企業によるサステナビリティへの取り組みを加速させる⼀助となるよう、持続可能な価値創造の測定に使⽤できる20以上の既存の重要業績指標の中から、EYの研究者が業界特有の8つの指標を特定しました。本レポート(PDF)で詳しく説明しています。これらの指標を基に、以下の4つの主要分野における進捗状況を測定することで、どうすれば持続可能な価値を創造できるかが分かります。
これらの指標はステークホルダーの期待の変化に呼応しているだけでなく、EYなど四大会計事務所がメンバーを務める世界経済ビジネスフォーラム(WEF)の国際ビジネス評議会が策定した、業界を問わないサステナビリティ指標(industry agnostic sustainability metrics)にも沿っています。実際のところ、私たちは評価の一環として、これら8つの指標がWEFとサステナビリティ会計基準審議会で議論されたテーマにどの程度沿っているかをマッピングしました。
バイオ医薬品セクター特有のこれらの8つの指標を⽤いて、私たちは企業のサステナビリティパフォーマンスの推移を⽐較し業界で最⾼⽔準の⾏動を⾒極めるサステナビリティモデルを開発しました。売り上げが上位のバイオ医薬品企業を分析した結果、EYのモデルでスコアが最も⾼かった企業は「責任あるイノベーション」と「アクセスとアフォーダビリティ」に重点を置いていることが分かりました。「信頼性と品質」に関わるコンプライアンスと規制関連の指標では、調査対象となったバイオ医薬品企業の60%近くが同じようなスコアを出しています。バイオ医薬品業界の規制が厳しいことを踏まえると、これはさほど驚くことではありません。
サステナビリティのスコアが最も⾼かった企業にも改善の余地はあります。⼀部の企業は、アンメットメディカルニーズの変化に対応した治療薬の開発に優先的に取り組むことが明らかに必要です。⼀⽅、営業戦略を⾒直して、最も弱い⽴場に置かれている⼈たちが確実に製品を⼊⼿できるようにすることが必要なケースもあります。
また別のケースで必要なのは、⾃社のサステナビリティへの取り組みを投資家や広く⼀般にどのように伝えるかにフォーカスすることです。実際、サステナビリティのスコアと財務数値(バリュエーションマルチプルの10年間平均)を⽐較したところ、弱い相関関係しか確認できませんでした。サステナビリティのスコアが⾼かった上位6社のうち、バリュエーションの10年間平均(2010〜19年)でも上位6社にランクされたのは1社だけです。これを踏まえると、優先すべき重点分野の1つはサステナビリティへの取り組みの伝え⽅を改善し、投資家の活動への評価を⾼めることだといえるでしょう。
サステナビリティをベンチマークするEYのモデルは最終目標ではなく、出発点となることを企図しています。今回は、データの有用性を踏まえ、かつデータ標準化のため、分析を8つの指標に限定しました。しかし、ライフサイエンス企業が自社のサステナビリティへの取り組みを示すために使用できる指標は他にもあります。
サステナビリティの実践を進める中で、投資家が⼤きな関⼼を寄せる別の指標を組み⼊れることの検討を望む企業もあるかもしれません。恩恵を受けた患者の数、投与量、上市される新規分⼦化合物の数を含めたインプッ ト・アウトプット指標の測定と報告がすでに始められていますが、影響の測定結果を製品の価格設定やヘルスアウトカムにつながる測定指標についても優先的に進めるとよいでしょう。
バイオ医薬品企業には、慢性疾患、⾼齢化、医薬品のアフォーダビリティといった問題に関連したサステナビリティの課題への対処で主導的な役割を担う機会があります。すでに多くのメーカーが取り組みを強化しています。優れたサステナビリティへの取り組みを進めている企業であっても、ディスラプティブイノベーションに着⼿し、それを⽣かしてサステナビリティに関わる人類のニーズに対応することが肝要です。
バイオ医薬品企業はサステナビリティへの取り組みを明確にし、⾦融投資家にその取り組みが認められるよう努⼒する必要があります。