EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大は、日本を含む多くの国において医療の在り方を見直す機会となり、オンライン診療をはじめとしたデジタル化の進展もあって患者の意識にも変化をもたらしました。
では、日本は新型コロナウイルス感染症から何を学び、患者の意識・関心は具体的にどのように変化したのでしょうか。これらの変化を受けて、日本の医療機関は何をどのように変えていく必要があるのでしょうか。
EY Global Consumer Health Survey 2023(PDF、英語版のみ)(以下、EYの調査レポート)では、医療機関が今後変革を進めるにあたって非常に有用な情報を紹介しています。世界的なパンデミックを経験した今、患者は対面診療とオンライン診療のどちらを好むのか、患者が医療機関を受診する際に最も重視する項目は何か――など。
高齢化先進国であり2040年以降生産年齢人口の減少が見込まれている日本において、医療機関やヘルスケアエコシステムにおけるはデジタル技術の活用は、最も優先的に取り組むべき項目の1つです。政府による「医療DX推進本部」立ち上げなどに見られるとおり、日本は国を挙げて医療DXに取り組んでいます注。どのようなデジタルツールを活用していくべきか、ヘルスケアデータを分析し何を見いだしていくか、さらには患者をはじめとした各ステークホルダーがデータシェアやテクノロジーに関する理解を深めることの重要性など、本調査レポートには医療DXの推進におけるキーポイントやヒントが示されています。
アフターコロナに求められる医療機関のサービス向上、医療機関やヘルスケアエコシステムのデジタル化推進、そしてサステナブルな日本の保険制度の在り方の検討や高齢化・人口減少といった日本の社会課題の解決にEYの調査レポートが寄与すれば幸いです。
医療サービスを受ける利用者が最も重視することは何でしょうか。それは利用者本人や家族が、必要とするときに治療にアクセスできることです。費用対効果の高い治療とストレス・不安の軽減も望んでいます。EYの調査によれば各国の調査対象者のうち、自身が利用している医療機関が提供する治療へのアクセスが「良好」「非常に良好」「極めて優良」のいずれかであると回答したのはわずか37%にとどまりました。
医療サービスにおいて利用者が何を重視しているのかについて理解を深めるため、EYでは2023年上半期に調査を実施しました。調査対象は米国、オーストラリア、カナダ、アイルランド、英国、ドイツの6カ国の6,000人超。対象者の大半は調査以前12カ月間に医療機関と何かしらの接点がありました。調査レポート全文を読む(PDF版、英語のみ)
医療サービスの価値は、費用と質を含む全体的な成果に関して、サービス提供者とペイヤーの責任と深く結び付いています。具体的には、質に見合う料金に応じた全人的ケアを提供する責任の所在、リスク配分、治療のコーディネートを容易にするツールを通じて、治療の質と費用対効果を高めることができます。
しかし、その価値についてサービス提供者とペイヤーの視点から考えるだけでは、医療制度の最も重要な利害関係者である利用者を無視することになります。治療に前向きな患者の多くは治療計画を守り、自身の健康増進に役立つ行動を選択する傾向にあることは周知の事実です。
全体的に見て、良好な健康状態を維持することは「個人の責任である」(44%)、または「医療サービス提供者との共同責任である」(43%)と回答者は考えています。7人に1人(13%)は「医療従事者の責任である」と回答。責任は医療従事者にあると考えた回答者は、健康状態が悪いもしくは普通か、慢性疾患があったり、低所得層に属していたりする傾向があります。
回答者の55%は、健康維持に意欲的で健診を受けています。自身の健康状態が「良好」「非常に良好」または「極めて優良」である回答者(58%)は、過去12カ月間に定期健診を受診しているケースが多くなっています。健康維持に意欲的なこれらの回答者は、将来、遺伝子検査(70%。回答者全体では68%)やウエアラブルセンサー(66%。回答者全体では64%)などのテクノロジーを利用して健康状態をモニターすることに前向きな傾向があります。
回答者の73%が、思いやりと敬意のある丁重な治療を受けていると回答。69%は治療計画の説明が理解しやすかったと答えました。患者のプライバシーの取り扱いについては、5人中4人が「良好」「非常に良好」「極めて優良」であると評価しています。
本調査に回答した人の半数が、自身が利用する医療機関は標準を上回るパフォーマンスを達成していると述べています。他方、パフォーマンスが標準を下回ると回答したのは31%でした。
利用者の多くが、最新の治療やイノベーションの導入といった極めて重要な点において、医療機関のパフォーマンスは良好だと述べています。調査実施国すべてにおいて、最新の治療やイノベーションの導入(48%)、人種・居住地・個人が置かれた状況に関係なく最適な医療サービス全般を提供すること(46%)が医療機関の強みと認識されています。
利用のしやすさに最大の価値を見いだしているにもかかわらず、各国の調査対象者のうち、自身が利用している医療制度が提供する治療へのアクセスが「良好」「非常に良好」「極めて優良」であると回答したのは37%に過ぎません。
医療機関のパフォーマンスを向上させる要因は何でしょうか。利用者の立場からは3つ挙げられます。
医療機関はこれらの点に取り組むことで、利用者視点のパフォーマンスを向上させる機会を手にすることができます。
医療機関のパフォーマンスに関する利用者の評価を高める要因について理解を深めるため、ドライバー分析を実施し、医療機関のパフォーマンスに関する認識を決定づける種々の要因の相対的重要度を評価しました。
自身の健康維持に関する責任は誰にあるのか、意思決定の際に現在と未来のどちらを重視するのか、治療に関する決定への関与の程度といった点について、利用者の意見は一様ではありません。この違いに着目して利用者の属性(タイプ別に分類した利用者像)を特定し、各属性に合ったアプローチを改善することが有用です。
例を挙げましょう。今回のEY調査の最大のセグメントは、年齢が比較的高く(退職者を含む)、現在慢性疾患はなく健康状態が良好でありながらも油断することなく健康に気を配る人が多い層です。その約60%が、自身のデジタルスキルは人並みだと考えています。このセグメントを「洗練されたシニア層」とします。この層は、全般的に良好な健康状態の維持は、医療従事者と個人の双方の責任であると考えており、治療の決定に際しても部分的に関与する傾向があります。医療機関は、治療へのアクセスと医療体験について、データから引き出された知見と選好に基づいてこの層に適した戦略を考えることができるでしょう。
今回の調査に対する回答の分析結果に基づき、自身が受ける医療、バーチャル医療に対する受容性、意思決定スタイルに着目し、利用者を6つのグループに分類しました。また、自身の健康状態について誰に最終的な責任があるかについても意見が分かれています。
今回の調査結果によると、対面診療はオンライン診療よりも好まれ、特に以下の点で評価されています。
しかし、オンライン診療にも果たせる役割はあります。とりわけ待合室で時間を費やすことを望まない人(34%)や利便性の観点から選択する人(31%)にはメリットがあります。調査を実施した6カ国全体では、44%がオンライン診療に前向きで、特に次のような場合には好まれます。
また、今回の調査から、利用者がデータの共有に前向きであることが見て取れます。回答者の73%が、受診している医療機関とは別の場所に、自身の医療情報が電子媒体で、自動的に送信されることに同意すると回答していますが、個人の医療情報の保護・利用方法を事前に知りたいという結果が明確に出ています(79%が「同意する」または「強く同意する」と回答)。
医療情報などデータの共有に積極的に同意する傾向が強いのは、慢性疾患があり(77%)、65歳以上(76%)の回答者でした。研究を目的(65%)とした情報共有である方が、医薬品企業・医療機器メーカーの製品を改善させる目的(50%)よりも同意を得られる傾向が高くなっています。
将来の医療を利用者はどう考えているのか?
未来のウェルネスを実現するためには、新たな技術を活用し、利用者がどこにいても、より近い場所で医療サービスを提供できなければなりません。では、未来の健康とウェルネスの実現を支える在宅医療や遺伝子検査などの取り組みに対し、利用者はどの程度前向きなのでしょうか。EYの調査では次のような結果が明らかになりました。
他方、体内に取り入れる(飲み込む)ことで健康状態をスマートフォンなどに送信できるスマートピルのような、「ハイテク」医療機器の利用には消極的な傾向があり、利用に同意すると述べた回答者は43%にとどまりました。
本調査を通じて、医療機関にとって改善を図るべき領域が明らかになりました。利用者が非常に重要だと考えているにもかかわらず、医療機関の現在のパフォーマンスが低いと評価している点(下記のマトリクスを参照)です。
この分析では、医療機関のさまざまな評価ポイントを重要度(X軸)と評価(Y軸)に基づき分類し、4つの象限に表示しています。この分析を通じて、改善機会が存在する領域を特定することができます。
利用者が最重要視している治療へのアクセスと医療体験を提供するために、医療機関の経営層が最も優先して取り組むべき5つの行動
利用者は治療へのアクセスを最も重視しています。利用者が医療機関でどのようなサービスを受けているのかを十分に検討すべきです。治療を受けるまでのプロセスは、患者にとって分かりやすいでしょうか。例えば待ち時間が長くなる場合には、待ち時間の目安やその理由を事前に伝えることで、不親切といった印象を持たれるリスクを軽減できます。患者に対し効果的な方法でコミュニケーションを行い、スムーズに次の診療段階に進めるような配慮を行い、患者に適した診療サービスを提供できる場所に患者を誘導することは、高額な医療費を抑制するためにも重要です。さらに本調査の結果から、医療機関は、患者が受診する際の苦痛と不満の緩和にも取り組むべきと言えるでしょう。
医療サービスを受ける際に利用者が不便に感じていることの一部は、直感的に操作できるデジタルツールによって解消できます。例えば、デジタル案内板を受け付けに設置して必要な情報を適時に見られるようにしたり、ショートメッセージ・電話・メールといった自動応答サービスで利用者に治療プロセスを知らせ、前向きな行動をとるよう促したりする対応が考えられます。
医療機関が最初にすべきことは、利用者の生活の実態に関するデータから得られたインサイトを基に利用者を深く理解した上で戦略を策定することです。利用者がどのような治療に価値を見いだすかは、利用者のライフステージに応じて異なります。多忙な人や地方に居住している人はオンライン診療に価値を見いだす場合が多いかもしれません。他方、スマートフォンを利用しない年配の患者にとっては、対面診療の方に価値があるかもしれません。利用者の属性、医療サービスを受ける際の障壁、利用者の選好に応じて、治療の提供方法を設計する必要があるでしょう。
オンライン診療に関する調査結果を見ると、医療機関は利用者との信頼関係とより良い関係の構築に向けてさらに努力する必要があることを示唆しています。利用者側にとってオンライン上で臨床医と意思疎通を図ることに懸念があることが示されており、患者の医療体験の向上とオンライン診療への信頼を得るための手段としては、臨床医のトレーニングが考えられます。自分に目を向け、耳を傾けてくれていると利用者が感じられるよう、臨床医がその能力を身に付けるのです。利便性の向上や予約の取りやすさなど、利用者が関心を示している領域にはオンラインでの対応を検討すべき領域が含まれています。患者の生活と選好を再度検討し、それを反映した個別化戦略が、有意義な統合戦略となり得ます。利用者とのコミュニケーションでは、オンライン診療は包括的なプロセスの一部であり、治療の提供手段の1つに過ぎないことを強調する必要があります。
利用者はデータ共有に前向きな姿勢を示す半面、先進的過ぎる技術の利用には、若干消極的でもあります。ウエアラブル機器や患者データの活用拡大を背景として在宅医療のウエイトが増す中、まだ一般的とは言えない治療モデルについて、利用者が安心感を持てるように、段階的に導入を進める必要があるでしょう。調査結果によると、回答者の60%から67%が、リモートでのモニターや治療の提供が今後10年間のうちに現実になると考えています。医療機関は、人々がより健康な状態でより長く自宅で過ごすために、また利用者と医療機関の双方により良い価値をもたらすためにも、これらの技術をどう役立てるのか啓発することが望まれます。
注:自由民主党「『医療DX令和ビジョン2030』の提言」、jimin.jp/news/policy/203565.html(2023年7月31日アクセス)
EY Global Consumer Health Survey 2023では、医療サービスの利用者が「治療へのアクセス」を最も重視していることが明らかになりました。本調査の結果から、医療機関の経営層は治療への障壁をなくし、利用者が求める煩わしさのないケアモデルの構築に注力すべきでしょう。また、利用者が費用対効果の高い治療と診療時のストレス・不安の軽減に大きな価値を置いていることを踏まえ、医療機関はこれらの価値の向上に優先的に取り組む必要があると考えられます。