EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
アウトプットがESGの裏付けとして用いられる中で、その品質に関する議論が起こっており、金融庁も本件に関する専門分科会の報告書を公表しました。その狙いをひもといていきます。
要点
サステナブルファイナンスの拡大により、その裏付けがより具体的な形で求められるようになっています。それにつれて、ESG格付けと呼ばれるような、企業のESG要素に関する取り組み・課題に関する調査・分析を行う評価機関、ESGデータの収集や提供を行ったりするデータベンダーなどの、ESG評価・データ提供機関(以下、「ESG評価機関等」)の重要性が増してきています。
このような中、2020年11月には、IOSCO(証券監督者国際機構)が、報告書「ESG格付け及びデータ提供者」1を公開し、ESG評価機関等に加え、その情報の利用者である投資家や評価の対象となる企業に対して、期待される行動を提言しました。
同時期に設置された金融庁の「サステナブルファイナンス有識者会議」(以下、「有識者会議」)でも、このような評価機関等からもたらされる情報の信頼性の向上を図る必要性が指摘されました2。結果、専門分科会での議論が、2022年7月に、「ESG評価・データ提供機関等に係る専門分科会報告書」3(以下、「本報告書」)として公表されました4。
本報告書の特徴は2つ挙げられます。1つ目に、ESG評価機関等への提言を行ったうえで、業界の行動規範の素案としていることがあります。現状、免許制度や登録制度は存在しておらず、金融規制当局の監督下にないため、導入予定の行動規範は、日本でESG評価・データ提供のサービスを行っている事業会社による自発的なものと位置付けられ、法規制とはならないと見られます。2つ目に、ESG評価機関等だけではなく、企業および投資家に期待される行動についても提言が行われていることがあります。これは、IOSCO提言と同様に、ESG評価・データが適切に利用されるよう、投資判断から実行、便益の享受やインパクトを通した、サステナブルファイナンスにおける、インベストメントチェーン全体の環境整備を企図したことから加わったものと考えられます。
実際、このようなサービスはまだまだ発展途上であり、ESGの定義が必ずしも明確とは言えない状況と同様に、適用する評価方法や利用するデータの種類も多種多様なものとなっているのが実態です。従って、適切にESG要因を考慮するに当たって、ESG情報の判断の前に、利用者による評価・データの選択が重要なポイントとなっていると言えるでしょう。
前述の有識者会議やIOSCO報告書における、ESG評価機関等に対する問題意識をまとめると、おおよそ次のようなものになります。
各社のESG評価・データは、外部ステークホルダーからウオッチされるだけではなく、企業の役員報酬とひも付けられたり、サステナブルファイナンスの評価や、脱炭素化を促す顧客エンゲージメントの際にも参照されたりするなど、サステナビリティの取り組み全体に与える影響力が強いものとなってきています。このため、上記のような問題意識は今後も重要視されていくでしょう。
本報告書で発表された、行動規範の素案となるESG評価機関等への提言(以下、「本提言」)の内容は、表1の通りです。
原則1:品質の確保 |
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原則2:人材の育成 |
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原則3:独立性の確保・利益相反の管理 |
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原則4:透明性の確保 |
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原則5:守秘義務 |
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原則6:企業とのコミュニケーション |
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特筆すべき点として、原則4において、評価の目的や考え方、手続きの方法論などの、背景にある「哲学」を開示するようESG評価機関等に求めようとしていることがあります。ここで哲学とは、評価手法に関するテクニカルな方法論を説明するだけでなく、その手続きを通して、企業のESGの何をどのように測ろうとしているのかという方針について、そのハイレベルな枠組みを明確に語るものという趣旨だと考えられます。
企業に対するESG評価においては、定性的なものから、スコアカード的な点数付与を経たり、格付けのようなランク付けなどを行ったりするような一部定量的なものまで、多様な評価手法が存在しています。また、評価の形態についても、意見表明、検証の実施、認証の提供、格付けの付与など、さまざまな形態があります。さらに、ESG評価機関等のビジネスモデルとしても、営利目的の、費用を評価対象者が負担したり投資家等の情報利用者が負担したりするサービスに加え、非営利目的のランキングのような評価まで、様々なものが存在しています。
このような中で、各ESG評価機関等が何を評価しようとしていて、どのような情報源・データを用いているのか、特に、独自の推計情報を用いる場合にはどのように推計されているのか、そのようなプロセスに利益相反のリスクはないか、などの背景情報を、ブラックボックス化することなく、ユーザーが十分に理解する必要があることも、本提言がなされている理由の1つということができるでしょう。
行動規範に賛同するESG評価機関は、自らのウェブサイト上でその旨を表明し、賛同企業のリストが金融庁のウェブサイトにて公表される形式が提案されています。法規制のような強制力はないものの、行動規範の諸原則・指針の内容を実施しない賛同ESG評価機関等には、その理由の説明を、いわゆる「コンプライ・オア・エクスプレイン」の形で期待するものとなっています。
発展途上のESG市場においては、評価機関等だけではなく、評価・データを利用する投資家、また評価される企業も含めた市場全体で対話をし、相互に働きかけていくことが必要であることが、提言の中で触れられています。図1は、その相互の関係を図示したものです。
投資家に対しては、自らが行う投資判断に対して、どのような方針に基づいてESG評価・データを利用しているのか(自らの視点の加味目的や、自前の評価への直接利用など)を、開示することが推奨されています。評価対象となる企業については、評価に用いられるESG情報の多くが定型化されていないことから、平易な形で、重要と考えられる情報を適時に提供することが期待されています。また、利用する評価・データ等に対して問題を認識した場合には、情報の出元との対話をする姿勢が重要とし、原則6と対照的に、企業情報についてESG評価機関等が問い合わせのできる窓口を、企業側が設置することも必要であるとしています。
図1:ESG評価機関等と企業・投資家との相互関係5
これらの提言は、ESG評価機関等の多様性を前提としており、一律の評価枠組みを求めていくものではありません。従って、評価・データの利用者は、自らのニーズに適切だと考えるESG評価機関等を、自らの責任で吟味しながら活用していく必要があることは、これまで同様変わらないと言えるでしょう。
このようなESG評価・データの重要性の高まりを受け、EYでは、GHG排出量算定、気候変動リスク計測、ESGインテグレーション、サステナブルファイナンスのインパクト分析等、ESG/気候変動に関連する様々なユースケースを念頭に、ESGデータプロバイダー分析を通してクライアントを支援します。本分析は次のようなフェーズに分かれます。
① 内部および外部のESGデータ評価
② ベンダー情報・内部情報の双方を対象としたデータソーシング、求めるところとのギャップ評価
③ ESGデータ統合戦略とそれを実現するためのロードマップの策定
④ ESGデータ統合の実行
現状、サステナビリティの取り組みに関する様々な態勢が構築途上ということもあり、ESG関連データは、複数部署間で所有・管理されているのが一般的です。しかしながら、金融機関内にデータがあるにもかかわらず、適切な部署に十分に行き渡りにくい状況も無いとは言えず、また経営情報、顧客情報や財務情報等の金融機関の根幹を成す情報と比べると、経常業務でのデータ利用プロセスに統合するというレベルに達するには、まだまだ道のりが長いようです。金融機関全体として一貫したESGデータ管理の枠組みを構築することが必要であり、ESGデータプロバイダー分析は、その第一歩となると考えています。
脚注
【共同執筆者】
比嘉 美作
(EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 金融サービス・リスク・マネジメント シニアコンサルタント)
金融庁で金融機関の監督及び国際機関との渉外を担当したのち、同庁に設置される公認会計士・監査審査会においてIFIAR(監査監督国際フォーラム)関連業務に携わった。総合政策局サステナブルファイナンス推進室を経て、2022年にEYに入社。サステナビリティのチームにて、金融機関のFinanced Emission算定、TCFD等リスク管理高度化などのESG/気候変動関連の業務改善に従事している。
※所属・役職は記事公開当時のものです。
金融庁から公表されたESG評価・データ提供機関等に係る専門分科会の報告書では、各機関のサービスや情報の多様性を前提とした適切な利用を呼び掛けています。金融機関も自身のESGデータニーズを把握した上で、そのニーズに合致したESG評価機関等の選定や活用が重要になるでしょう。