DXを実現するための人材育成と定着の要諦

DXを実現するための人材育成と定着の要諦


業種・業界やその企業の置かれた状況により、DX人材確保等の取組みが加速しない、または着手できないなどの困難に直面している実態を踏まえ、われわれの考える講ずべき手段および効果的なアプローチについて提案します。


本稿の執筆者

EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株) ピープル・アドバイザリー・サービス 野石 龍平

組織・人事/ITに関わるコンサルティングに20年以上携わる。通信系SIerにおいて人事/人材育成に関するビジネス企画に携わり、その後、外資系コンサルティング会社3社を経て、EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株)に入社。入社後はDX人材育成サービスのチームリードを務めている。一般社団法人ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会 上席研究員。同社 シニアマネージャー。


要点

  • DX人材育成/アップスキリングの動向
  • 人材の見える化と講ずべき手段の決定
  • DX人材の育成と定着

Ⅰ はじめに

デジタルトランスフォーメーション(以下、DX)がバズワードとなってから久しい昨今、いまだに多くの企業がDXの推進に課題を抱えており、“DX人材”の確保に向けた取組みに関するご相談を受ける機会が多くなっています。特に多くの相談を受けるのが「リスキリング」についてです。

リスキリングとは、そもそも「新しい職業に就くために、あるいは今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する、または、させること」を意味します。海外では、デジタル分野へのスキル転換とほぼ同義で使用されています。最近では特にデジタル化と同時に生まれる新しい職業や、仕事の進め方が大幅に変わるであろう職業に就くためのスキル習得を指すことが増えています。日本でもRPAやチャットボット、ワークフローツールなどのDX活用によって空いた時間をどう活用するのかという文脈や、シニア活用の文脈で語られることもしばしばあります。ただし、本質的には海外でも日本でも同じであり、ビジネスモデルや事業戦略が急速に変化する中で、人材戦略もそれに応じて変化させなければならないということだと理解しています。DX時代の人材戦略は、リスキリングによって成り立つといっても過言ではありません。

日本語で「リスキリング」という言葉を検索すると、2020年5月には1,470件しかヒットしませんでしたが、21年2月には78万件近くと、500倍以上の検索ヒット数となっています。また22年9月においては、約111万件と増え続けています。さらに、英語で「Reskilling」という言葉を検索してみると、20年5月時点では、約81万件だったものが、21年2月には、約387万件と、4.7倍強の伸びを示しており、こちらも22年9月時点では、約422万件と増加の一途をたどっています。このようにリスキリングは世界的にみて注目度が急速に増していると言えます※1

DXやリスキリングという言葉が先行してしまう中で、定義が曖昧になり、テクノロジーに関する全てのことがDXのリスキリングと捉えられているように感じます。

先日、とある日系の会社から、DX人材育成とリスキリングをどう進めていいのか分からないというご相談を頂きました。いろいろな話を聞き進めていくうちに、ERPシステム導入に関するチェンジマネジメントが課題であることが分かりました。「システムを導入してみんなに使いこなせるようになってほしいので研修をしたい」というご要望だったのです。

また別のケースでは、ある会社のIT部門から「部門内のDX人材育成を進めたい」という話がありました。この件もディスカッションを進めてみると「事業部門とベンダーと仕事をする中で、ベンダーに頼りがちでノウハウがたまらない。どうやって育成プログラムを設計したらよいのか」というお話でした。

このようにDX人材育成とリスキリングというテーマは、非常に幅広く捉えられており、各社各様の課題があります。そのような中で、効率的にDXを進めている企業は、やみくもに施策を実行するのではなく、自社が置かれた状況に適った人材配置や育成・調達を執り行っています。

具体的には、人材要件を定義し人材ポートフォリオを作成の上で自社に必要な人材を見える化し、人材ギャップを把握します。その上で講ずべき手段を決定した後、DX人材の育成と定着に向けて必要な打ち手を講じる、といったステップを踏んで実行します。

Ⅱ 自社に必要な人材の見える化

経営環境の変化が激しい現代においては、経営・事業の戦略遂行に資する人材基盤の構築が求められています。そのためにはまず、自社が求める人材タイプ・要件を明確にすることが必要です。<図1>のとおり、「あらかじめ必要な人材の質・量が合意されている状態」を目指し、採るべきDX人材タイプ・要件を明確にすることから始めます。

図1 必要な人材を定義した上で講ずべき手段を決定する

なお、ここで定義した人材要件は固定的なものではなく、冒頭述べた通り時代の趨(すう)勢によって変化するものと考えられます。よって求める人材像も経営課題に応じメンテナンスできる仕組みとなるよう運用計画を定めることに留意が必要です。

人材要件を確定した後、現有社員を人材要件に当てはめ人材ポートフォリオを作成します。現有社員を可視化することで、量・質のどこに過不足があるかギャップを明らかにしていくためです。

この領域を支援している中で、各社共通で頭を悩ませているのが、「自社の戦略実現に必要なDX人材の要件をどのように定義し、分析するのか」です。

一言でDX人材といってもさまざまで、AIやアナリティクスの先進的な技術に対する高度な専門知識やスキルがある人材を指すこともあれば、既存のデジタル技術をうまく業務の中で落とし込み、活用できる人材を指すこともあります。データアナリスト、データサイエンティスト、コンテンツクリエーター、UI/UXデザイナー、スクラムマスター、プロジェクトマネージャー、ITアーキテクトなどDXに関連する人材群は、枚挙にいとまがないほどです。これを会社ごとに必要な人材像に置き換えて、しっかりと共通言語化することが第一歩だと考えています。そのためには、デジタルを活用したビジネスをしっかりとイメージして、それを実現するためにどういう人材タイプが必要か、事業側を含めて詰めていく必要があります。事業別人材タイプ別での要員計画(いつ、どのくらいの人数が必要か)を明確にすることで、採用や育成に対し、事業部門に対して、より具体的に、クリアに落とし込むことができます。

なお、人材ポートフォリオの作成および人材ギャップの可視化に向けては、アセスメントの実施が有効な手段となります。アセスメントを用いることで、社員の現状のデジタル知識・スキルレベルの評価をするだけではなく、次世代のDXリーダーとなり得る適性のあるポテンシャル人材、つまり変化に対する感応度・受容度の高い人材を選抜することが可能となります。

Ⅲ デジタルスキルの習得・トレーニング(アップスキリング/リスキリング)

企業が直面する状況は、必要なスキルやその習得方法にも影響を与えます。例えば、既存業務の改善と新規事業の創造ではDX人材に求められるスキルが全く異なります。既存業務改善では、企業全体のDXの旗振り役として、現状業務分析から効率化の余地把握、ノン・ローコード※2での開発による業務改善の実行スキルが求められるのに対して、新規事業の創造ではコア事業におけるさらなるイノベーションの火付け役として、市場分析や企画力、高度な専門デジタルスキルが求められます。また<図2>のとおり、スキル習得方法についても「スキルの新規習得(=リスキリング)」と「保有スキルの向上(=アップスキリング)」の2種類に分けて定義することができますが、まずはデジタルに素養を持つ社員が保有するスキルを向上するアップスキリングから始める方が、取組みハードルが低く効果的と考えられます。

図2 状況に合わせアップスキリング/リスキリングを使い分ける

また、実際にDX人材の育成に取り組む際には、単なるデジタルツールやアプリケーションのトレーニングだけではなく、DX時代のリーダー育成の観点で実践的なトレーニングを進めるべきです。DXに対する豊富な知見やノウハウを有する外部人材を活用するのも1つの手段です。それぞれの企業状況に応じて外部人材が伴走支援することで、社員一人一人のデジタルスキルの習得とやり抜く達成感、具体的な効果の創出にコミットすることができます。

Ⅳ DX人材は育成のみならず定着も重要

せっかくDX人材を育成しても、外部に流出をしてしまっては人材への投資が無駄になってしまうことから、DX人材が働きやすい環境を構築し定着をさせることが育成と同じく必要となります。具体的には、DX人材が定着・活躍するために3つの軸(処遇・組織体制・労働環境)の観点で整備します(<図3>参照)。1つ目の処遇においては、DX人材の市場価値と成果が処遇で反映される制度(大きな権限と責任を付与し、市場価値に沿った高い水準かつ変動幅の大きい報酬で処遇する等)を設けることです。2つ目の組織体制については、DX人材の好む組織体制(機動性、柔軟性をもたせ能力を発揮させるため、既存組織とは異なる組織でより大きな権限を付与する等)を構築します。最後の労働環境においては、DX人材の特徴としてワークライフバランス(仕事のペース・業務負荷・勤務時間/場所)を重視する傾向にあることから、テレワーク、フレックス制度等といったより柔軟な働き方を可能とする環境を整備します。以上の3軸を踏まえた制度・組織改革が必要です。

図3 DX人材の特長に併せた処遇・組織体制・労働環境を整える

Ⅴ 解決に対する具体例

ここまで方法論の話をしてきましたので、日本を代表する化学系企業における具体的なコンサルティング事例を紹介します。

ある会社では、自社に必要な人材の見える化から着手しています。中期経営計画に掲げる重要なミッションの成功に向けて必要な人材を「DX&イノベーション・M&A・海外事業」の3領域に定め、それぞれの領域においてミッションの成功に向けて必要なスキルを持った人材が今どれだけいるか、将来どの程度必要になるのか、そのギャップを明確にして、提供する教育プログラムを設計・展開しました。

また、それだけではせっかく人材が育っても辞めてしまうリスクがあるため、特任専門職のための職群を新たに設置して、正規社員の処遇にとらわれない柔軟な報酬を実現しています。また、他の正社員よりも高水準の報酬を可能とするため、正社員の人事制度とは別に個別契約で処遇する一方で、内部公平性等の観点から、異動・配置、解雇の定めに差を設け、ハイリスクハイリターンな職群として位置付けています。

EYが展開するDX人材育成ソリューションでは企業の状況に合わせ、自社に必要な人材の見える化・リスキリング・組織風土改革等幅広く支援が可能です。

ただやみくもに施策を実行するのではなく、必要な人材の質・量を見定めた後、人材配置や育成、組織・制度改革等の手段を決定してから着手することが重要だと考えます。

例えば、前段で説明した全ステップ(自社に必要な人材の見える化、講ずべき手段の決定、施策の実行)をまたぐソリューションとしては、全社共通の資格認定プログラム(EY Badges)が挙げられます。具体的には、DXを推進する上で必要な要素を定義の上、資格認定プログラムを整備し、DX人材の育成に取り組んでいます。

取得までの流れとしては、社員本人が習得、または向上させたいコンテンツ(Technology・Leadership・Business)とBadgeレベル(Learning・Bronze・Silver・Gold・Platinum)を選択し、規定の研修を受講・完了の上、EY Badgeを取得します。EY Badgeは、全社共通のスキル証明となり、本人のアサインの幅が広がることはもちろん、MBA取得(EY Badgeを取得後、オンラインで取得できるMBA資格)へのチャレンジなどへの広がりもあります。

また、「自社に必要な人材の見える化」または、「講ずべき手段の決定」のステップをまたぐソリューションとしては、弊社フレームワークを活用したアセスメントツール(Digital Readiness Assessment)があり、自社の現在地と課題を抽出し自社のDX習熟度を知ることが可能です。このプラットフォームにより、7つの重点分野(戦略、ITのほか、顧客体験やオペレーション、バックオフィスなどを含む、統合的なフレームワークで、デジタル・レディネス)におけるデジタルの成熟度を評価することができます。それにより、デジタルへの投資機会を正しく選別し、デジタル社会で後れを取らないためのデジタル戦略の立案を可能とします。

他にも、自社に必要な人材の見える化および、講ずべき手段の決定まではできており、「施策の実行」から着手する場合は、業務効率化とリスキリング実施に向けたトレーニングを支援するソリューションとして、「アップスキリング/リスキリングプログラム」が挙げられます。具体的には、弊社コンサルタントが受講生自身の課題業務の自動化(RPA)を伴走・支援し、確実な業務効率化(成功体験創出)とリスキリング(スキルの新規習得)を実現します。

弊社では、「実務のDXをやり抜く」経験を得るための寄り添い型支援が必要であると考えているため、講師による1対1の伴走型支援を行っています。例えば、一般的な育成支援は「DXスキルの知識学習(講義/e-Learning)」が多く、実績に裏付けされた方法論を用いるため、ツールの学習にとどまることが多いですが、弊社の育成支援は、有識者等の専門家による1対1の伴走型によるDXスキルの実践学習となり、約2カ月の期間を通じ、オリエンテーション・カウンセリング・開発サポート・卒業生のサポート等の一連の流れにおいて1対1の徹底的なサポートをしています。

Ⅵ おわりに

DX人材の育成にあたってはアップスキリング/リスキリングなどのデジタルスキルの習得や実践的なトレーニングといった手段から検討するのではなく、自社にとって必要な人材要件の定義とポートフォリオの作成、それにより可視化されたギャップから最適な講ずべき手段(調達・育成/配置)を特定するという流れが重要です。その上で外部専門家を活用しながら、必要なアップスキリング/リスキリングプログラムを展開します。そうして育成したDX人材が定着・活躍するために3つの軸(処遇・組織体制・労働環境)の観点で制度や仕組みを整備することで初めてDX人材が育ち、定着・活躍する企業となり得ると考えています。DX人材育成でお困りの際には、ぜひお問い合わせください。

※1 『リスキリングとは-DX時代の人材戦略と世界の潮流-』石原直子センター長(リクルートワークス研究所 2021年2月) 経産省での講演資料(公開済み)より抜粋・掲載。
※2 コードを書かない、または少ないコードでアプリケーションを開発すること。

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サマリー

業種・業界やその企業の置かれた状況により、DX人材確保等の取組みが加速しない、または着手できないなどの困難に直面している実態を踏まえ、われわれの考える講ずべき手段および効果的なアプローチについて提案します。


情報センサー
2022年11月号

※ 情報センサーはEY新日本有限責任監査法人が毎月発行している社外報です。

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