監査法人のDX ~監査業務及び分析手法の変革

監査法人のDX ~監査業務及び分析手法の変革


監査法人のDXの最終回となる本稿では、変化する環境に応じた当法人の監査業務および分析手法の変革に向けた取り組みについて、EYが進める監査のデジタルトランスフォーメーションである「EY Digital Audit」の観点から説明します。

本稿の執筆者

EY新日本有限責任監査法人 アシュアランスイノベーション本部 公認会計士 皆川裕史

主に日本基準および米国基準に関する監査およびアドバイザリー業務に従事するほか、品質管理本部 監査監理部においてデータ分析ツールを含む監査ツールの導入業務に従事している。2010~12年に米国ロサンゼルス事務所駐在、13年に米国シカゴ事務所においてEY Globalが進めるEY Canvas開発プロジェクトに参画。アシュアランスイノベーション本部アシュアランステクノロジー部長。当法人 パートナー。


要点

  • デジタル社会の進展及びテクノロジーの台頭により、クライアントのDXと同様、監査法人においても業務全般及び監査手続の変革を進めていることをご存知でしょうか。
  • 全世界共通のプラットフォームやクライアントとの連携ツールを導入しながら、ウィズコロナ及びリモートワークを効果的に進めてきた監査業務変革の背景を説明します。
  • 全量データの入手及びデータ分析を中心とした監査手続への変革が監査品質の向上にどうつながるのか、従来との相違点や監査手続の変革について説明します。

Ⅰ はじめに

デジタルトランスフォーメーションの語源をさかのぼると、2004年にスウェーデンのウオモ大学教授、エリック・ストルターマン氏が提唱した「ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる※1」という概念から派生したものであるといわれています。EYの存在意義(パーパス)であるBuilding a Better Working World(より良い社会の構築を目指して)に通ずるものがあり、当法人としても監査業務を通してパーパス実現のためにさまざまなITを活用した取り組みを進めています。

本誌において前二回を通して、デジタルの観点からはデータとAIの活用※2を、またトランスフォーメーション(イノベーション)の観点から組織と人の変革の変遷とサービスの変革※3を紹介しましたが、最終回は変化する環境に応じた当法人の監査業務および分析手法の変革に向けた取り組みについて、EYが進める監査のデジタルトランスフォーメーションである「EY Digital Audit(<図1>参照)」の観点から説明します。

図1 監査業務における~EY Digital Audit

Ⅱ テクノロジーを用いた監査業務の変革 -リモートワーク/Connecting

当法人では現在、最先端のデジタル技術の活用とあわせて、監査の進め方の抜本的な見直しに取り組んでいます。そのような取り組みは、監査の実施場所(空間)と実施のタイミング(時間)の概念を大きく変えつつあり、この結果、今年発生した新型コロナウイルス感染症による監査への影響も最小限にとどめることができたと考えています。新型コロナウイルス感染症の拡大による影響により、被監査会社への往査に制約がありながらも、コミュニケーションの重要性を十分に認識しながら、オンラインツール等を用いた適切な対話を充実させてきました。

当法人ではEYが全世界で展開する監査プラットフォームであるEY Canvas※4(<図2>参照)を会計監査において利用しています。EY Canvasはそれまでの紙面やマニュアル処理が中心となっていた監査業務からの脱却を目的とし、筆者を含め全世界から監査人を集結させ業務変革に向けたさまざまな意見を集約し5年間の開発期間を経て14年より導入された、業界初のトータルオンライン監査プラットフォームです。

図2 EY Canvasー監査業務の実施を支援する完全なオンラインツールで監査データを保管

1. EY Canvas/EY Canvas Client Portal-クライアントとの連携

EY Canvasは、監査業務の計画、実施および総括までの全プロセスをオンライン環境で支援しています。以前であれば紙面で入手する監査資料の物理的な取り扱いや監査チーム内における適時の共有が課題となっていましたが、クライアントから入手するさまざまなデータをセキュアな環境で保管し、かつ同時に監査チームメンバーへ共有することで作業効率の向上を図っています。EY Canvasの導入と併せ、当法人では東京事務所が18年に現在のオフィスに移転した際、それをきっかけとした徹底的な電子化とペーパーレス化を進めてきましたが、オフィス移転前と比較して約98%の削減に成功し業務効率化に大きく寄与しました。

クライアントの情報であることから、紙があると在宅勤務を行いにくい状況ですが、電子化を進めることでオンライン上安全に保存されている環境がリモートワークへの切り替えをスムーズにできたものと考えています。なお、当法人のクライアントに係る監査業務の実施に当たり利用されるEY Canvasは、日本国内のプライベートクラウドにおいて運用されています。

当初運用を開始した時点において、EY Canvasは監査チーム内における文書管理及び監査業務の作業結果を記録する機能がメインでした。その後更なるテクノロジーの進化として、専用のウェブサイトを通したクライアントとの監査資料の安全かつ効率的な監査資料の授受を可能とするEY Canvas Client Portal(<図3>参照)を18年より本格的に導入しています。EY Canvas Client Portalの活用により、資料授受の電子記録用いた依頼や提出数の数、期限の状況などをより効率的に管理することが容易になりました。監査チームおよび会社における依頼や回答の重複、および電子メール等を検索することから解放される手間の削減を通して双方の作業の効率性向上に寄与しています。

EY Canvas Client Porta画像例(資料の授受状況の可視化を通したクライアント連携)

EY Canvas Client Portalはコロナ禍において資料授受のためだけの接触機会を減らすことを目的として利用がさらに進んでおり、現在約1,300社において活用いただいています。

2. EY Canvas/Group Audit-監査チーム内/海外拠点との連携

EY Canvasには監査の根幹であるプロジェクトマネジメント機能や、日本・世界各地の監査チームやそのメンバーとそれぞれのEY Canvasを通して連携できる環境であるGroup Audit機能を備えています。具体的には海外の現地監査人との円滑な連携を当該ソリューションに基づき実現することができるようになり、現地チームとの間の監査指示書の伝達、実施結果報告の受領、現地監査チームの進捗(ちょく)状況の把握がより透明性をもって効率的に行われるようになりました。諸外国において日本とは比べ物にならないロックダウンが発生した際にも、監査業務の実施状況をEY Canvasを通じてリアルタイムに把握し、EY Canvasに記録された監査の実施内容やその結果を速やかに査閲するとともに、追加の対応の要否を決定することが可能になりました。

こうして、日本の親子会社や海外の関係会社の各EY監査チームが共通の監査プラットフォームを利用できる環境は、世界中同じ環境、同じ手法、同じ目線での監査の提供を強く支えるとともに、海外拠点監査人がチームメンバーとの間で適宜連携を取りつつ、また日本とのタイムリーな監査手続の実施および報告を実現しています。新型コロナウイルス感染症対策を含め、リモートワークによる物理的な制約という課題を克服するために大きく寄与したと考えています。

Ⅲ データ分析手法の変革-Analyzing

情報化社会がダイナミックに進み、誰もがテクノロジーに容易に触れることができるようになった今、監査手法も大きな変革に向けて過渡期を迎えています。情報の入手が限定的であった時代とは異なり、膨大なデータにさまざまなテクノロジーをうまく組み合わせることで、意味のある情報の分析を行うための投資を進めており、EY Helixというデータ分析に特化したツールや監査手法の開発および運用を始めています※5。データ分析の活用を通して、過去の誤りだけではなく、将来の潜在的リスクに関する示唆を提供できる取り組みへとつなげていきます。また、当法人では昨年より、データ分析を監査業務の中心に据えた新たな監査メソドロジーであるDigital GAMに基づき業務の実施を開始しました。監査先から入手するさまざまなデータを基に、人、プロセス、タイミング等の切り口で多面的に異常点を識別し、リスクに対応した監査の実施をさらに進化させています

1. EY Helix General Ledger Analyzer-全量データを用いたリスク評価の進化

関連した財務・非財務データを監査手続に利用しやすくなった今日、監査のさまざまな局面においてでデータ全体を多角的に分析することで、より的確にリスクを識別し、リスクの高い領域を重点的に検証することがより可能となっています。EYにおいては、会計監査で入手する仕訳データを最大限活用するため、「EY Helix General Ledger Analyzer(Helix GLA)」を開発し監査業務への活用を進めています。

今までも会計監査において仕訳データを入手していたものの、膨大なデータの分析を効果的に行う手段はそこまで確立されておらず、監査人の経験などに基づき、期末前後、一定の金額基準、仕訳適用欄に記載されたキーワード、貸借の特有なパターンの仕訳等仕訳データの一部を用いた異常点の分析を抽出して検討を行う手続が中心となっていました。EYで開発され、18年以降本格的に取り組みが始まっている新たな分析ツールであるHelix GLAは、上記にとどまらず、勘定科目間の関連性(<図4>参照)、自動入力・手入力といった会計仕訳の経常パターン、手入力した担当者や自動計上されたシステムごとの分布など、全仕訳データを多角的に分析することが可能です。これにより、異常と思われる仕訳を効果的に特定します。

図4

2. その他のデータ分析ツールを用いた分析技法の変化

EY Helixが目指すデータ分析は総勘定元帳に基づく全仕訳データの検討にとどまりません。連結財務諸表に対する監査の範囲を決定するために連結精算表を用いた分析ツールであるGroup Scope Analyzerはすでに多くの監査チームにより使用されているほか、得意先との入金条件変更の有無、滞留状況の可視化、新規・廃止・不動の顧客分布や一定の得意先に対する依存度などを取引単位で検討するRevenue and Trade Receivables Analyzerを含め補助元帳を活用した分析ツール(EY Helix Subledger Analyzer)の活用を進めています。また、本誌のDXに関する特集の初回においても紹介した日本独自の開発ツールであるEY Helix General Ledger Anomaly DetectorやSales Ledger anomaly Detectorの開発導入を通して、仕訳データのみならず、売上元帳・仕入元帳等補助元帳のデータの異常検知を行い、監査チームが効果的にリスクを識別することを支援する分析等を進めてまいります。

Ⅳ 監査品質の向上

これまで紹介してきたように、EYのDigital Auditの要素のうちConnectingおよびAnalyzingは昨今のビジネス環境の変化に対し、ITの活用や進化を通して監査業務やデータ分析の変革を推し進めてきました。リモートワークが進む中においても、クライアントの皆さまおよび監査チーム内における連携を今まで以上のレベルで実現することで監査の生産性を維持向上させることができました。

また、従来の紙面やヒアリングに加え、より詳細かつ網羅的なデータを用いた分析技術および視点を織り込むことで、異常点への着眼力を高め、監査の高度化を図ることで品質の向上も図っています。活用できるデータをより多くすることで得られる分析により、リスク評価にとどまらない監査証拠を構築し、結論を導き出すための取り組みを今後も進めていきます。

一方、棚卸の立ち合いや監査証拠の原本確認が必要な状況がなくなった状況ではないことをとっても、被監査会社への往査をゼロにするわけにはいきません。そのため、監査チームメンバーが会社にお伺いして監査証拠の原本をPDF化して監査ツールに格納し、その作業が完了次第帰宅して在宅勤務を行うという方法を多く採用しています。新たなテクノロジーが大きく業務の変革を進めている中においても、リモートであるがゆえに現地見分であれば発見できるようなリスクへの着目は今まで以上に増すと考えられます。

これらの取り組みに当たっては、クライアントとの協力が不可避です。新たなコミュニケーションツールの導入には従来の手順からの変化が必要であり、IT部門を含めた事前の調整が必要です。また、会計仕訳のデータを含め、分析ツールの活用はクライアントの皆さまから得られる標準化されたデータが鍵となり、これらのデータの程度や粒度が大きく左右されるため、実現に向けてはクライアントの皆さまとの協議を継続的に行っていく必要があります。

※1 Erik Stolterman, Anna Croon Fors. Information Technology and the Good Life, Umea University, 2014
※2 本誌21年10月号「監査法人のDX~データとAIの活用」
※3 本誌21年11月号「監査法人のDX~組織とヒトの変革にあるサービスの変革」
※4 「EY Canvas-監査業務におけるテクノロジー」
※5 「EY Helix-監査業務におけるテクノロジーの活用」

「情報センサー2021年12月号 デジタル&イノベーション」をダウンロード


サマリー

監査法人のDXの最終回となる本稿では、変化する環境に応じた当法人の監査業務および分析手法の変革に向けた取り組みについて、EYが進める監査のデジタルトランスフォーメーションである「EY Digital Audit」の観点から説明します。


情報センサー
2021年12月号

※ 情報センサーはEY新日本有限責任監査法人が毎月発行している社外報です。

情報センサー2021年12月号

関連コンテンツのご紹介

デジタル

EYでは、デジタルトランスフォーメーションは人間の可能性を解き放ち、より良い新たな働き方を推進するためにある、と考えています。 


EY Digital Audit

EY Digital Auditは、さまざまなデータと先端のテクノロジーを活⽤することで、より効率的で深度ある監査を提供します。


アシュアランスサービス

全国に拠点を持ち、日本最大規模の人員を擁する監査法人が、監査および保証業務をはじめ、各種財務関連アドバイザリーサービスなどを提供しています。



この記事について