開示からみる「小売業収益認識会計基準適用初年度の振り返り」

開示からみる「小売業収益認識会計基準適用初年度の振り返り」


2023年3月期決算期企業のうち、東証、金融庁での業種区分がいずれも小売業とされている134社の収益認識会計基準に関する開示状況を分析した結果を所見としてまとめています。


本稿の執筆者

EY新日本有限責任監査法人 小売セクター 
公認会計士 松下 洋
第3事業部及び品質管理本部 会計監理部を兼務。

公認会計士 津田 昌典
第1事業部名古屋事務所及びアシュアランスイノベーション本部アシュアランステクノロジー部を兼務。

公認会計士 大浦 佑季
第3事業部及び品質管理本部監査監理部を兼務。


要点

  • 3月期決算の小売業の企業における収益認識会計基準の適用に伴い会計方針の開示の動向を分析・解説する。
  • 小売業における収益認識会計基準等の適用に伴う重要な会計方針・収益認識に関する注記の開示の傾向を分析・解説する。


Ⅰ はじめに

企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」(以下、収益認識会計基準)が2022年3月期決算から原則適用されています。

そこで、本稿では、2022年3月期決算期企業のうち、東証、金融庁での業種区分がいずれも小売業とされている134※1社の収益認識会計基準に関する開示状況を分析しています。文中の意見に関わる部分は筆者の私見である点はあらかじめ申し添えます。

 

Ⅱ 開示に関する分析

1. 会計方針の変更に関する注記

収益認識会計基準の適用に伴う会計方針の変更は、会計基準等の改正に伴う会計方針の変更に該当するため、連結財務諸表(または財務諸表)上、会計方針の変更として注記することが求められています(連結財務諸表規則14条の2、財務諸表等規則8条の3 1項)。

分析対象会社のうち、収益認識会計基準の適用について会計方針の変更に関する注記を記載していた128社における影響額の開示状況を集計したところ、<表1>及び<表2>に示す結果となりました。

表1 会計方針の変更に関する注記における影響額の開示状況①

表2 会計方針の変更に関する注記における影響額の開示状況②

<表1>より、収益認識会計基準の導入による貸借対照表またはキャッシュ・フロー計算書への影響があった会社はそれぞれ20~30社程度と、少なかったことが分かります。他方、<表2>より、損益計算書については、売上高、売上原価、販売費及び一般管理費、段階損益(以下、損益計算書項目)の全てについて影響額を記載していた会社が最多の28社となっていることや、売上高と販売費及び一般管理費や売上高と売上原価といった損益計算書項目のいずれかについて影響額を記載している会社が多かったことから、小売業においては収益認識会計基準の導入に伴う損益計算書への影響があった会社が多いことがうかがえます。

また、会計方針の変更に関する注記に記載されている取引の内容を集計したところ、<表3>に示す結果となりました。

表3 会計方針の変更に関する注記における取引内容の開示状況

<表3>からは、小売業においては代理人取引による総額処理から純額処理への変更や自社ポイント制度によるポイント引当金から契約負債への変更という点で多くの企業に影響があったことが分かります。

2. 重要な会計方針

収益認識会計基準80-2項では、顧客との契約から生じる収益に関する重要な会計方針として、①企業の主要な事業における履行義務の内容②企業が当該履行義務を充足する通常の時点を注記することが求められています。また、企業が重要な会計方針に該当すると判断した事項が記載されることになります。3月決算の小売業では、<表4>の通りの開示がなされていました。

表4 小売業の会計方針

小売業の履行義務の充足時点としては、引渡時点としている事例が非常に多く見られました。その他、長期保証サービスやフランチャイズ契約のような履行義務については一定期間にわたり収益を認識していることを示す事例やEC販売などについて出荷基準を記載する事例も多数見られました。履行義務の内容としては、商品販売の他、ポイント制度に関する履行義務や代理人に該当する具体的な取引を記載している事例などが見られました。小売業の中でも各社が展開する事業はさまざまであり、主要な事業ごとにどういった履行義務があり、どの時点で収益を認識しているかを分析した上で、開示されていることがうかがえます。

3. 収益認識に関する注記

(1) 収益の分解情報

収益認識会計基準80-10項では、顧客との契約から生じる収益を、収益及びキャッシュ・フローの性質、金額、時期及び不確実性に影響を及ぼす主要な要因に基づく区分に分解した注記が求められています。今回の分析対象会社のうち37社が<表5>の通り、分解情報における主要な要因について、1つの区分での開示となっていました。全体の3割弱となっており、単一の事業で多店舗展開をしている会社が見て取れました。

表5 収益の分解情報の開示状況①

表6 収益の分解情報の開示状況②

対して、分解情報を複数の要因で区分し開示している会社では商品の種類ごとに分解している会社が54社と一番多く、続いて販売形態、履行義務の充足による収益の認識、地域別となっていることが<表6>にて確認できます。

また、分解情報における主要な要因ごとの区分数としては最大で10区分、最小で2区分、平均3.7区分との結果が見て取れます。さまざまな業態や業種を有する小売業では、分解情報も多様な要因を有していることが読み取れます。

(2) 収益を理解するための基礎となる情報

当該情報では、1)契約及び履行義務に関する情報2)取引価格の算定に関する情報 3)履行義務への配分額の算定に関する情報 4)履行義務の充足時点に関する情報 5)収益認識会計基準の適用における重要な判断の注記が求められています。

多くの事例で、2.の重要な会計方針に記載の情報を参照するパターンが採用されていました。履行義務の内容や充足時点の他で多く記載されていたのは、重要な支払条件でしたが、大半が短期間であったという点は小売業における特徴の1つであると考えられます。その他には取引価格の算定に関する情報が多く見られましたが、中でも重要な金融要素がない旨、返品や値引を取引価格から控除している旨、代理人取引は純額としている旨の記載がされているケースが多くありました。一方で、履行義務の配分額への算定(変動対価を含む)などを記載しているケースはあまり見られませんでした。

(3) 当期及び翌期以降の収益を理解するための情報

当該情報では、契約資産及び契約負債の残高等(収益認識会計基準80-20項)及び残存履行義務に配分した取引価格の注記(収益認識会計基準80-21項)が求められています。契約資産を注記している例はほとんどなく(1社)、<表7>の通り、契約負債について内容を記載している事例ではポイントなどを記載する事例が多くありました。また、残存履行義務に配分した取引価格については、実務上の便法※2により省略している旨を明示している事例の他、契約負債に比べ商品券を記載する事例が多く見られました。これは収益認識を見込む期間が長期になる傾向があり、多数の会社で開示対象とされたものと考えられます。

表7 小売業の契約負債、残存履行義務の分析

Ⅲ おわりに

収益認識会計基準に関する注記においては、会計基準で定める注記の全てを漏れなく開示するのではなく、開示目的に照らして重要と判断された事項が記載されることになります。すなわち、前述の分析の結果は、開示目的に照らして企業自らが重要であると判断した事項であるため、小売業における重要論点を理解する手がかりになるものと考えられます。本稿が皆さまの開示検討や論点検討、同業他社企業の分析の一助になれば幸いです。
 

※1 主なもののみを集計しているものや重複がある場合、本稿中の表と合計が一致しないものがある。

※2 収益認識会計基準80-22項では、以下の場合には、残存履行義務に配分した取引価格に含めないことができるとされている。
(1) 履行義務が、当初に予想される契約期間(第21項参照)が1年以内の契約の一部である。
(2) 履行義務の充足から生じる収益を適用指針第19項に従って認識している。
(3) 次のいずれかの条件を満たす変動対価である。

① 売上高又は使用量に基づくロイヤルティ
② 第72項の要件に従って、完全に未充足の履行義務(あるいは第32項(2)に従って識別された単一の履行義務に含まれる1つの別個の財又はサービスのうち、完全に未充足の財又はサービス)に配分される変動対価


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サマリー

2023年3月期決算期企業のうち、東証、金融庁での業種区分がいずれも小売業とされている134社の収益認識会計基準に関する開示状況を分析した結果を所見としてまとめています。


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