EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
本セミナーでは同書の発刊を記念し、慶應義塾大学総合政策学部 教授 國領 二郎氏、日本郵政株式会社・日本郵便株式会社 事業共創部 担当部長 小林 さやか氏、オートインサイト株式会社 代表 鶴原 吉郎氏を招き、企業やビジネスの将来像について講演・ディスカッションを行いました。
要点
EY ストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社は2024年2月、10年後の未来ビジネスのアイデアを提示した書籍「未来ビジネス2024-2033 全産業編」(日経BP刊)を発刊しました。同書では10年先までの生活者の行動や思考に起こる4つの大きな変化と、先端テクノロジーの開発動向を踏まえ基本テーマとなる「リ・ジェネレーション」のコンセプトを提唱するとともに、30の未来ビジネスのアイデアを提示します。
同書の発刊を記念して「2033年の未来ビジネス~イノベーションを起こすリ・ジェネラティブなビジネスとは」と題したWebinarを2024年3月22日に開催しました。
本セミナーでは同書の発刊を記念し、慶應義塾大学 総合政策学部 教授 國領二郎 氏、日本郵政株式会社・日本郵便株式会社 事業共創部 担当部長 小林さやか 氏、オートインサイト株式会社 代表 鶴原 吉郎氏を招き、企業やビジネスの将来像について講演・ディスカッションを行いました。
セミナー冒頭は、日経BP 総合研究所 未来ラボ所長 高橋 史忠氏が書籍の紹介とセミナー開催ごあいさつを行いました。
Section 1
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によるパンデミックは、世界のデジタル化を一気に加速させました。しかし、デジタル技術はそれ以前から存在しており、その必要性が長らく叫ばれていたのはご存じの通りです。 本書を監修した平林は、今後10年のビジネスにおいて、テクノロジーの進化などサプライサイド、すなわち企業起点の変化に目を向けても解が乏しいと考え、生活者起点の価値観の変化に着目しました。
EYストラテジー・アンド・コンサルティング (EYSC)
ストラテジック インパクト パートナー
平林 知高
グローバル経済が発達し、人の移動が活発な状況においては、今後も地球規模のパンデミックのような短期的な変化は避けられません。また、「社会の成熟と人口動態の変化」「人間をエンパワーするテクノロジーの高度化」といった長期的な変化も加速しています。
「先進国では物質的な不足が解消され、精神的な豊かさへの志向が強まってくると言われています。さらに少子高齢化によって、人口増加に伴う、成長を前提とした社会構造・経済構造が限界にきます。また、脳や身体をエンパワーするテクノロジーが実用化されていくことで、ハンディキャップがあっても通常の生活ができるようになっていくでしょう」(平林)
平林は、このような世界規模の変化がトリガーとなり、4つの大きな価値観のシフトが誘発されると予測。それが、「ノーバウンダリー」「セルフ」「リレーション」「サステナブル」です。
「まず前提として、あらゆる領域において垣根がなくなり、境界が曖昧になっていくことが考えられます。それが『ノーバウンダリー』です。
例えば、リモートワークが浸透したことにより、仕事と余暇の境界が曖昧になってきています。また、ジェンダーの観点では、自身で自由に選べ、ジェンダーによる制約も減少し、ジェンダーそのものを区別する必要もなくなってきています。すべてが個人の選択によって決まる世界観になってくるでしょう。
そのような『ノーバウンダリー』を踏まえて自分自身がどう変わっていくか。それが、自分自身の変化に向く『セルフ』シフト。自分周辺のヒトやモノとの関係に意識が向く『リレーション』シフト。そして、自分からは遠いところにある地球環境や社会に意識が向く『サステナブル』シフトです」(平林)
4つの価値観の変化は同時発生的に起きますが、自分の意識から遠い「サステナブル」については「自分ごと化」し、アクションにつなげる必要があります。それが、本書でもコンセプトとしている「リ・ジェネレーション(改新)」です。
「あまりに早い地球環境・社会システムの破壊・崩壊のスピードを考えると、サステナブル=維持するだけでは不十分です。自分や世界の在るべき姿を抜本的に再定義して、当事者意識を持ってアクションを起こす。マイナスをゼロに戻すのではなく、さらにプラスに転換するアクションを起こしていく。そのような意味で、私は『リ・ジェネレーション』を一般的な和訳『再生』ではなく、『改新』という訳を当てて議論しています」(平林)
このような生活者の価値観の変化は、企業にも当てはまります。
「まず、『セルフ』に当たる自社のパーパスを常に革新する。工場や営業所があるコミュニティのステークホルダーと共に、自分ごと化した『サステナブル』な取り組みを行う。そして、『ノーバウンダリー』として開かれた経営資源を活用していく。企業に置き換えると、この3つの取り組みが考えられます。
これまでは企業価値の最大化、株主の価値の最大化を標榜することが一般的でしたが、これからは自分たちが存在しているコミュニティの価値の最大化にシフトしていく必要がある。それこそが、今後10年で企業がやっていかなければならないことだとわれわれは考えています」(平林)
Section 2
主に、経済や社会という観点からデジタル技術の発達を長く注視してきた國領氏は、現在の経済状況を「まったく新しい文明が生まれていると言っても過言ではない」ほどの大きな変化だと述べます。
慶應義塾大学 総合政策学部 教授
國領 二郎 氏
「デジタル経済は、近代工業経済とは根本的に構造が違います。これまでは、工業経済のモデルに沿ってデジタル価値を生産・販売してきました。しかしその結果、格差の拡大や無形財の所有の困難など、矛盾が広がってきています。工業製品も急速にネットワーク化が進み、デジタル経済の原理に取り込まれている今、従来の仕組みでは統治不能になりつつあるのです。これは日本にとって、明治維新以来の大きな変化です」(國領氏)
その大きな変化として、國領氏は「ネットワークの外部性」「ゼロマージナルコスト」「複雑系」「トレーサビリティ(追跡可能性)」の4つを挙げます。
「まず1つ目は『ネットワークの外部性』です。デジタルやネットワーク製品には、ユーザーが増えるほど情報やサービスの価値が増すという特徴があります。
2つ目の『ゼロマージナルコスト』は、情報の複製(マージナル)コストが限りなく低いというもの。どんなに量産してもコストはほとんど変わりません。
3つ目の『複雑系』は、グローバル化とネットワーク化の影響が複雑に絡み合い、近代工業の管理・コントロール手法では対応できなくなってきているという背景です。
そして、4つ目が『トレーサビリティ(追跡可能性)』。誰がどこで何を使っているのかがネットワークで追いかけられるようになった結果、所有権販売モデルの必然性がなくなり、シェアリングエコノミーやサブスクリプションのように、利用権をベースとしたビジネスモデルが広がってきています」(國領氏)
これらの要因から國領氏が導き出したのが、所有権移転モデルから持ち寄り経済への移行です。
「これからは、それぞれが所有するものを持ち寄りながら、他者に利用してもらう経済へ転換していくと考えています。コミュニティに貢献して、コミュニティに報いられる。そんな経済モデルが重要になってくるでしょう。
また、持ち寄り経済は、サステナビリティにも影響します。大量生産、大量消費、大量廃棄というモデルから、つくったものをできるだけ多重に使い、長持ちさせていく経済へ。従来型の売り上げ至上主義からいよいよ脱却し、資産を効率的に活用して、そこから得られるベネフィットを高める時代になると予想しています」(國領氏)
Section 3
講演に続いて、EYSC 平林の進行のもと「企業は社会・個人にとっての幸福・ウェルビーイングをどう捉えるべきか」「2033年、10年後のビジネス戦略をどう考えるべきか」をテーマに、パネルディスカッションを行いました。
はじめに、日本郵便が取り組む「共創イニシアティブ(LCI)」の事例を紹介いただきました。
「このプロジェクトは、社会課題解決に向け活躍する地域プレーヤーのもとに、本社の社員を2年間派遣し、共創モデルを創り上げていくというものです。
日本郵政株式会社・日本郵便株式会社 事業共創部 担当部長
小林 さやか氏
例えば、奈良市の旧月ヶ瀬村(人口1,200人)では、共助型買い物サービス『おたがいマーケット』を展開。弊社の物流網や某スーパーのECシステムなど、各社が持つ既存のアセットを組み合わせ、地域住民の方々に「買い物」というソリューションを提供しています。
また、あえて個配はせず、拠点に商品をまとめて置くことで、コスト抑制による持続可能性の確保はもちろん、そこに住民同士に接点をつくり、共助を考えるきっかけもつくるという価値を提供したいと考えています。実際に、そこでのコミュニケーションを通じて、地域の未来について考えるサークルが自主的に形成されました。
単純に「買い物」サービスを提供しただけでなく、地域の未来を、地域住民自ら主体性を持って考えるきっかけづくりを担うことができたと感じています」(小林氏)
この事例を受け、EYSC 平林が「社会に貢献して、社会に報いられる経済」とうたう、國領氏のサイバー文明論に通じるものがあると指摘。企業が今後目指すべき世界観に話が及びました。國領氏は「EYが掲げる『自分ごと化』というキーワードがかなり的を射ている」として、次のように述べました。
「市場経済の原理を考えた際、他者のウェルビーイングが自身のウェルビーイングにつながっていく感覚を持てるかどうかが、ひとつの鍵となります。
例えば、医療の分野で『自分の病症のデータを活用してください』と差し出すケースがあります。これは、他者のウェルビーイングを自身のウェルビーイングとして感じるからこそできることです。
共創の価値を大きくしながら、企業もどのような仕組みをつくると自分ごと化できるカルチャーが醸成されるのかを考えるべき時期にきていると思います」(國領氏)
EY SC平林は「自分ごと化」するための重要なポイントとして「外部からの強制ではなく、自らが考え、実行する内発的発展論」を挙げ、日本郵便として共創イニシアティブに取り組んだ小林氏に、コミュティー形成の現状について伺いました。
「まさに私たちも、地域の方々との会話で『困りごとは何ですか』という質問はしないというルールを定めていました。『助けてあげる』という関係性では、地域の方々に別の世界の人と捉えられ、話し合いの基盤がまったくできないだろうというのは、私自身とても実感しています。
実際に地域に入り込んで、郵便局や郵便局がつながっている地域の方々とたくさん会話をしながら信頼を積み重ねていくプロセスが、実は一番近道ではないかと考えています」(小林氏)
また、アセットの共有について話が及ぶと、持ち寄り経済の中の企業としての市場参入機会について、國領氏が見解を述べました。
「小林さんの日本郵便の事例のように、アセットを多重に活用していく考え方はとても大切ですが、一方で、情報不足が課題です。『今年は物流が大変なことになる』と言われていますが、実際には空のトラックが走っています。情報のマネジメントには、B to B としての無限のオポチュニティを感じますね」(國領氏)
EYSC 平林は「空きスペースや空き時間をアセットとして共有化することで、効率化が進み供給不足が解消する」と述べ、「インバウンドが戻ったこともあり、移動手段が不足している点についてどう考えるか?」と、鶴原氏に質問を投げかけました。
オートインサイト株式会社 代表 技術ジャーナリスト・編集者
鶴原 吉郎 氏
「移動手段については、ライドシェアや自動運転といったトレンドがありますが、地方では高齢者の免許返納や運転手不足などにより、さらに事態は深刻です。単一ソリューションはなく、事情は地方ごとに違うため、サービスをローカライズ、カスタマイズする必要があります。
ある自動車部品メーカーは、全国10カ所ほどで乗り合いバスのようなサービスを提供しています。単に移動の手段となっているだけでなく、そのバスに乗ることで地域住民のコミュニケーションの手段にもなっているところが非常に興味深い試みです。また、自動車販売店でスマホ教室やそば打ち体験を行うなど、コンテンツ込みで移動手段を提供している。地元企業とともに地域ごとのアセットを生かしながら、マネタイズも含めて工夫をしている状況がうかがえます」(鶴原氏)
EY SC平林は、「自社のビジネスを起点にするだけではなく、既存のアセットをこれまでとは異なる観点で見て、そのコミュニティの中で何ができるか。その発想の転換が今後重要になってくる」と整理。「コミュニティの価値の最大化が企業のミッションにならなければ、サステナブルな企業活動も実現できず、企業価値が損なわれる可能性がある」と指摘しました。
また、「企業それぞれがモジュール化され自身が担う役割を認識することで、コミュニティ内での価値が発揮される」と述べ、國領氏の「各アセットを組み合わせながら社会全体として価値のあるものを生み出していく」サイバー文明論を交えてパネルディスカッションを締めくくりました。
関連セミナー開催
3月22日(金)「未来ビジネス2024-2033 全産業編」発行記念セミナー
2033年の未来ビジネス 〜イノベーションを起こす「リ・ジェネラティブ」なビジネスの考え方
※2025年3月21日まで、オンデマンド配信にて視聴いただけます。
アセットをシェアする持ち寄り経済については、海外でも成功しているところはまだ少ない印象です。「リ・ジェネレーション(改新)」で課題を「自分ごと化」する取り組みは、日本人が最も得意なところ。何かを新しく生み出すのではなく、見方を変え、手持ちのアセットの価値をどう最大化していくのかが、日本がウェルビーイングも含めた経済成長を遂げるために大切なポイントです。