EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
日本で燃料電池自動車(FCV)の量産車が走り始めた2015年は、「水素元年」と呼ばれています。以降5年、着実に水素供給ネットワークの整備も進み、現在では全国で110カ所の水素ステーションが稼働しています(2019年11月時点)1。また、現在は燃料電池バス、純水素燃料電池など、FCV以外の水素アプリケーションの導入が進められています。
ただし、水素エネルギーは、モビリティ・エネルギーの領域ではまだまだマイナーな存在です。現在普及しているFCVは3,000台(2018年時点)2、これは乗用車保有台数6,200万台(2019年7月末時点)3 の0.005%に過ぎません。また水素ステーション110カ所は、全国3万カ所(2018年度末)4 のガソリンスタンドに対して0.4%、全国で消費される水素量は熱量で32TJ 5 、日本の最終エネルギー消費量の1,100万TJ 6 の0.0003%程度です。
水素が日本社会でメジャーな存在となるには、継続的な普及促進が必要となります。水素は果たして、長い時間をかけて日本の社会に受け入れられていくのでしょうか。
第1章
政府主導で、水素社会の実現に向けた動きは着実に進んでいる
日本では、政府主導で水素社会の成立に向けて取り組みが進められてきました。2014年4月に閣議決定された「第4次エネルギー基本計画」7 において、水素に注力していくことを公言し、同年6月には水素・燃料電池ロードマップ8 を策定。さらには、水素に特化した国家戦略「水素基本戦略」9 を2017年12月に策定し、水素社会成立に向けた活動を推進しています。中央省庁では、経産省や環境省を中心に、毎年30~100億円程度10 の予算を設け、技術実証やさまざまな水素・燃料電池関連製品の普及を支援してきており、水素ステーションの普及も進められています。現在110カ所の水素ステーションは、2025年には320カ所11 とすることが目標として公言されています。
第2章
持続可能な社会の実現に向けた有効なソリューションの一つ
水素は、低炭素な社会づくりに貢献する可能性があります。世界では、2015年末に開催されたCOP21で「パリ協定」12 に合意がなされて以降、温暖化対策の動きが加速しています。温暖化対策には再生可能エネルギー(再エネ)の導入が不可欠であり、日本でも2030年時点で電源の22~24%13 を再エネにする目標が掲げられています。
一方で、再エネの普及に向けては課題があります。太陽光や風力といった変動再エネは、時間によって発電量が変動してしまいます。また再エネは偏在性があり、電源と需要地に隔たりが生じてしまうことがあります。
水素は、電気によって水を電気分解することで作られ、燃料電池やタービンによって再び電気を生み出すことができます。エネルギーの輸送・貯蔵ができる「二次エネルギー」です。二次エネルギーとしての水素を流通する仕組みが社会に整備されていけば、再エネの変動性や偏在性といった課題を解決するソリューションとなり、再エネ普及を促すことになるのです。
また水素は、エネルギー資源の海外依存を軽減させる可能性があります。日本は、一次エネルギー供給の90%14 を海外化石燃料に依存する、エネルギー輸入大国です。エネルギーの大量輸入は、購入に膨大な費用を伴うだけでなく、安全保障上のリスクを伴います。再エネをはじめ多様なエネルギー源から製造される水素が普及していけば、エネルギー海外依存割合を減少させていくことにつながります。
さらに水素は、よりレジリエントな社会づくりに貢献する可能性があります。日本は地震大国であり、また昨今は西日本豪雨や2019年の台風15・19号など、(地球温暖化の影響と考えられる)台風・豪雨の激甚化傾向15 が見られます。災害時の人々の生活を支えるため、エネルギーは不可欠です。水素エネルギーが社会に流通していれば、災害時のエネルギー不足を軽減できる可能性があります。例えばFCVは、水素が満タンであれば120kWh/台、FCバスなら455kWh/台の電力16 を、家庭や街に供給することができます。
第3章
イノベーション・コラボレーション・ファンディング
水素は、持続可能な社会の実現に向けた有効なソリューションの一つと考えられています。一方で、水素が日本社会でメジャーな存在となることは簡単ではありません。経済合理的かつ利便性・安定性の高いエネルギー供給が既に確立されていること、水素が提供するメリットの享受者が多岐にわたること、水素サプライチェーンの確立のためのエネルギーインフラ刷新には長い時間が必要であることが、主な原因です。
水素社会の成立に向けては、イノベーション・コラボレーション・ファンディングのすべてが必要になるとEYでは考えています。
日本では、経済合理的かつ利便性・安定性の高いエネルギーを供給する仕組みが既に確立されています。水素がメジャーな存在となるためには、エネルギーとしての競争優位を獲得するための技術・ビジネス上のイノベーションを追求していく必要があります。加えて、新たな価値の創出が求められます。例えば、燃料電池ドローンは、LiB(リチウムイオン電池)ドローンに比べて長い航続距離を実現できます17 。燃料電池フォークリフトは、電動フォークリフトのバッテリー交換の手間とバッテリー保管スペースを省くことが可能です。こうした新たな価値を創出・訴求することができれば、水素社会の成立は加速します。
水素をつくり、貯めて、運び、利用する。一連の水素バリューチェーンを構築するためには、さまざまな業種のプレイヤーの連携・協業が不可欠です。さらに、水素が社会にもたらす価値は多岐にわたり、受益者はエンドユーザーにとどまらず、その先にある自治体や国家にも及びます。例えば炭素価値やBCP価値、前述の新たな価値など、水素がもたらす価値を可視化してその対価を受益者から獲得すること、獲得した対価をバリューチェーン全体に配分すること。こうした複雑な価値交換を実現するエコシステムとしての、新たなビジネスモデルの確立が求められます。
水素サプライチェーンの確立のためのエネルギーインフラ刷新には、数十年もの長い時間が必要です。これは、多くの企業にとっては通常の投資や活動意思決定の時間軸を超えた取り組みとなります。特に、活動原資が短期的にしか確保できず、社会全体で息切れしてしまう危険性が十分にあります。一方で、長期的な視点で投資を行うサステナビリティ投資は増加傾向にあり、2018年には資産額3,000兆円超18 とも言われています。水素が将来にもたらす社会像・ビジョンや価値を共有し、長期的な視点で水素社会の成立を支える、投資家の役割が期待されます。
日本で燃料電池自動車(FCV)の量産車が走り始めた2015年は、「水素元年」と呼ばれています。以降5年、着実に水素供給ネットワークの整備が進められてきましたが、水素エネルギーは、モビリティ・エネルギーの領域ではまだまだマイナーな存在です。水素が日本社会でメジャーな存在となるには、継続的な普及促進が必要です。