EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
EHS(Environment, Health and Safety:環境、健康と安全、すなわち環境と労働安全衛生)についての企業の取り組みは、従前は環境事故、汚染、労働災害の防止や関連法令順守のための対策、投資、教育に主眼が置かれ、工場等の生産現場レベルでの取り組みがメインでした。
その後、企業活動のグローバル化、M&Aの進展等も背景に、EHS文化やレベルの違いを超えた取り組みが求められるとともに、ISO14001、ISO45001等のマネジメントシステム規格の開発、普及、EHSを含むESG/サステナビリティの盛り上がり、リスクマネジメントの導入等の動向もあり、サプライチェーンも含めた全社的、かつより経営の根幹に沿った有効なEHSの取り組みが求められています。
本レポートでは、世界の9,000社にも及ぶ企業のデータおよびアンケート調査の分析により、EHSの取り組みの進展、成熟が、価値毀損(きそん)を回避するだけではなく、財務、社会的パフォーマンス、規制対応等、企業価値の向上にも寄与していることを示しています。
消費者や投資家の意思決定において、倫理的配慮の影響が増す中、環境・労働安全衛生(Environmental Health and Safety、以下EHS)の取り組みは、企業の強力なシンボルになっています。しかし、EHSパフォーマンスが向上すれば、財務業績も向上するのでしょうか。EHSが実際に、企業にとってメリットになるのであれば、最も大きな影響力を持つ要因は何なのでしょうか。EYグローバル EHS(環境・労働安全衛生)に関する成熟度調査2024(EY Global EHS Maturity Study)では、この疑問と、双方の関係に影響を及ぼす主な要因について考察しています。
EHSの取り組みは、単にコンプライアンスを守るだけでなく、ステークホルダーのウェルビーイングのために真摯に取り組む会社の姿勢を体現し、企業としての価値観と理念を示す存在です。今回のEYの調査結果から、EHSの取り組みは、十分に活用されていないものの、オペレーショナルエクセレンスおよびファイナンシャルエクセレンスを高める一助となることが明らかになりました。また、低コストでありながら、インパクトの大きい特定の対策を導入することで、会社の財務業績や社会的パフォーマンス、規制への対応を向上することができます。
第1章
企業のEHS成熟度とさまざまな指標におけるパフォーマンスとの関係。
今回は、EHSを「環境」と「労働安全衛生」の2つに分けて、企業の環境パフォーマンスと労働安全衛生分野の成果が、どのように財務・社会・規制対応面での成果をもたらすかを分析しました。
分析の結果から、環境パフォーマンスが向上した企業は概して、財務業績も向上していることが分かりました。これは、企業が財務業績に悪影響を与えることなく、環境問題に対処できることを示唆しています。
同様に、環境責任の向上と社会的パフォーマンスの向上が連動していることは明らかです。今回の分析結果から、環境パフォーマンスが向上すると、従業員の離職率が下がり、従業員は環境意識の高い企業にとどまる傾向が強いことが実証されました。
また、規制対応に関するEHSのメリットは、環境パフォーマンスが向上するにつれ、環境に関する論争が減少することが示されています。論争の減少は、企業のレピュテーション(評判)を高めるだけでなく、業務遂行をより円滑にし、リスクを最小限に抑え、優れた財務成績の実現にもつながります。
EYが行った統計的分析の結果から、労働安全衛生パフォーマンスが向上した企業は概して、財務業績や社会的パフォーマンス、規制への対応も向上していることが分かりました。
データ分析では、労働災害発生率の低下と純利益の増加の間に明確な相関関係が確認されました。これは、しっかりとした労働安全衛生対策が従業員を守るだけでなく、業務の円滑化やコスト削減、レピュテーションの向上を通して、企業の財務業績も向上させることを示唆しています。
統計分析の結果からは、総労働災害発生率が低下した企業は、離職率も低下することも分かりました。今回の調査では、従業員のウェルビーイングへの投資が、従業員の健康の確保に役立つだけでなく、労働力の安定的かつ継続的確保にも寄与することを示す関連性が確認されました。
さらに、この分析結果から、総労働災害発生率の低下が、従業員の労働安全衛生や人権、児童労働、公衆衛生、顧客の安全、製品の品質、消費者のクレーム、環境問題などを含む、EHS関連の論争の減少につながる可能性があることも明らかになりました。論争を最小限に抑えることで、企業の法的リスクやレピュテーションリスク、財務的影響が大幅に低減します。
第2章
地域やセクターを問わず、さまざまなEHSの取り組みが進められています。
EHSの成熟度と財務業績や業務パフォーマンスの関係は企業によって大きく異なりますが、EYの調査結果から、企業の所在地、その企業が属するセクターとEHSの成熟度との間の相関関係に着目すると、さまざまなパターンがあることが分かりました。
今回の分析で明らかになったパターンを見ると、EHSの取り組みは国や地域を問わず重要である一方、財務業績や社会的パフォーマンス、規制への対応に及ぼし得る影響が、先進国ほど強くなる可能性があると言えます。財務業績とEHSパフォーマンスの相関関係が最も強い地域の企業は、EHSの成熟度のレベルが平均的に最も高い傾向にありました。
相関関係の結果は、セクターによっても異なります。環境・社会・ガバナンス(ESG)スコアの「環境」パートと、各セクターの時価総額の関係を精査したところ、注目すべき傾向が浮かび上がりました。統計的分析の結果を見ると、地域やセクターを問わず、環境スコアが改善した企業は、時価総額も上がる傾向にあります。一方で、その関連性の強さは、セクターによって異なります。
EHSリスクが高いセクターほど、EHSパフォーマンスの低さが財務に強い影響を及ぼす可能性があります。例えば、先端製品の製造セクターやモビリティセクターでは、環境への甚大な影響や作業現場での危険を伴うため、EHS基準からの逸脱が法的責任や事故、レピュテーションの低下につながりかねません。その結果、投資家やステークホルダーがEHSパフォーマンスを厳しく精査し、企業の時価総額の算出する上で、その影響力がさらに強まる可能性があります。一方、プロフェッショナルサービスなどEHSリスクの低いセクターでは、EHSパフォーマンスの低さによる直接的な影響が少なく、EHSと財務成果の関連性が弱い、または明確ではありません。
今回の統計的分析結果から、EHSパフォーマンスを平均レベルから高レベルに向上させると、収益や純利益の増加など財務面のメリットが得られることが実証されました。また、従業員の離職率の低下や、論争の発生頻度を最小化することで法的問題やレピュテーション問題が生じるリスクが低下するなど、社会的なメリットも期待できます。
以下3つの指標すべてにおいて改善が見られました。
こうした結果は、EHSへの取り組みが、財務業績と生産性の長期的な向上や、社会的責任、コンプライアンスの強化につながることから、財務指標と非財務指標の両方で優れたパフォーマンスを上げることを目指す企業にとって、この取り組みが戦略的に不可欠であることを如実に表しています。
第3章
リーダーはEHSを、ビジネス価値のある戦略的な源泉として位置付け、それを向上させることができます。
今回の調査結果から、EHSランキング上位の企業は特定のEHSの取り組みを講じ、成熟度を高めていることが分かりました。調査対象となった企業のうち、EHSパフォーマンスが優れた企業ほど、より多くこれらの取り組みを実践していました。そうした企業に共通して見られた取り組みの1つが、EHSパフォーマンスと役員報酬との連動や、EHS指標に基づく褒賞の取り組みです。
ランキング上位の企業が講じている取り組みの多くが、EYのEHS成熟度モデルの7原則に沿っており、そのモデルに合わせてこのような取り組みを導入していることが実証されました。
優れた成果を上げている組織は、サードパーティーや委託先と共にあらゆる職階の従業員の視点とリスクを考慮に入れた、インクルーシブなEHS戦略を策定しています。EHS戦略は継続的に改善され、新たなリスクと課題に常に柔軟に対応できるものでなければなりません。
優れた成果を上げている組織は、EHSの文化的側面を考慮し、どのように人と向き合えば、ケイパビリティの構築に効果的かを検討しています。EHSの取り組みが最も真価を発揮するのは、企業の戦略を実現し、その価値を高める役割を担い、自律的にその役割を果たす権限を付与されたときです。
EHSの取り組みが真価を発揮するには、経営陣による注力、リソースとサポートが必要です。EHSパフォーマンスを役員報酬決定の重要な要素にすることにより、企業による取り組みが増し、優れたパフォーマンスにつながります。
優れた成果を上げている組織は、エンドユーザーのニーズに合致し、EHSリスクプロファイルに沿ったEHSシステム(管理システムやデジタルツールなど)を使用しており、いずれも適応力と対応力に優れています。また、エンゲージメントと知識の共有を促すような組織構造になっています。
優れた成果を上げている組織は、情報を効果的に追跡、報告、処理しています。こうした組織は、はるかに多くのEHS指標を追跡し、組織機能の向上につなげています。
優れた成果を上げている組織は、危機管理の対象範囲が多次元にわたり、特にリスク管理資産の幅が顕著に広いという特徴が見られました。
EHSに特化したテクノロジーを採用して、EHSパフォーマンスのデータの収集、処理、分析を強化することで、多くのメリットが得られます。
リーダーは数多くのEHSの取り組みを選択することができますが、必ずしも大規模な投資が必要ではありません。今回の分析結果から、EHSの取り組みは、オペレーショナルエクセレンスおよびファイナンシャルエクセレンスの向上に十分に活用されていないことが分かりました。今、取るべき行動は明白です。EHSを価値ある戦略的な源泉と位置付ければ、常に変化し続けるビジネス環境に対応しつつ、社会に積極的に貢献することができます。
EYグローバル EHS(環境・労働安全衛生)に関する成熟度調査2024(EY Global EHS Maturity Study)の結果から、EHSパフォーマンスと企業の財務業績には関連性があるほか、EHSが企業倫理の重要なシンボルになり得ることが明らかになりました。また、EHSの取り組みを十分に活用していない企業では、EHSへの投資を増やすことで、オペレーショナルエクセレンスを強化できる可能性があることも分かりました。さらに、低コストでありながら、インパクトの大きい取り組みを実施することで、企業の財務業績や社会的パフォーマンス、規制への対応が向上する可能性があります。EHS成熟度は、企業のコンプライアンス、さらにはステークホルダーのウェルビーイングに対する企業のコミットメントを示しています。
EYの関連サービス
環境・労働安全衛生(EHS)リスク管理におけるコンプライアンス・生産性・オペレーションの問題はますます範囲が広がり、複雑になっています。EHSリスクの適切な管理によって、現場の生産性と財務業績の改善が期待できることが分かっています。
続きを読む