WABN創設者に聞く、女性アスリートのエンパワーメントを推進する理由

WABN創設者に聞く、女性アスリートのエンパワーメントを推進する理由


Women Athletes Business Network(WABN)では、キャリア形成のロールモデルとなる女性アスリートや、キャリア支援を行っている方々へのインタビューをお届けしています。


べス・ブルック氏

1959年アメリカ合衆国インディアナ州出身。

バスケットボールが盛んなインディアナ州で生まれ、同州内にあるパデュー大学では、女性として初めてアスレチック・スカラシップ(運動奨学金)を受けプレー。産業マネージメントとコンピューターサイエンスの学位を修める。
EYに入社してキャリアを重ね、公共政策のグローバル副議長などを歴任。1990年代にはクリントン政権下で財務省にも勤務した。2014年には『フォーブス』誌が選ぶ「世界で98番目にパワフルな女性」に選ばれている。



べス・ブルック氏はビジネスの世界で自分の能力を示し、世界的に影響力を発揮する女性となりました。彼女は大学時代までバスケットボールの選手で、それがキャリア形成に役立ったと率直に語ります。

あらゆる社会活動を通じ、女性アスリートのエンパワーメントを推進するブルック氏に、ビジネスにおけるアスリートの重要性、そしてまた、さまざまな社会問題についてお聞きしました。
 

――ベスさんは、大学までバスケットボールを続けられたことで、人生の可能性を大きく切り拓かれたようですね。

時代も幸いしたのです。私が入学した1977年には、女子学生がスポーツで奨学金を得られる制度が始まった年でした。そうした環境が整えられたのは、「TITLE IX」(タイトル9)の制定が大きな意味を持っていました。

――TITLE IXは、合衆国の高等教育機関において、男女の機会均等を定めた法律ですね。

この法律によって、女性も男性と同様に教育を平等に受ける権利があり、男性と同じように大学でスポーツをする機会が保証されました。男子に奨学金を与えるなら、女子にも与えなければならなくなったわけです。TITLE IXによって、私は大学で勉強とバスケットボールをプレーする機会を得ることができましたが、法律の制定から40年以上が経過した今でも、ビジネス界、スポーツ界での賃金の平等性、取締役会における男女比率の均等は実現していません。平等までの道はまだ長いものの、TITLE IXが果たした役割は大きかったと思います。私が魔法の杖を振ることができるのなら、TITLE IXを世界的な法律にしたいと思うほどです。

――そして大学での勉強を終えると、ビジネスの世界へ入って行くことになりましたが、スポーツを続けようという気持ちはありませんでしたか。

私はオリンピック代表を目指すほど才能に恵まれていませんでしたし、当時は学業を終えたら仕事を始めるしか選択肢がなかったのです。そうした女性の状況については、現在もあまり変わっていませんね。

――女子のプロスポーツは徐々に広がっていますが、収入は十分とは言えません。

男性のプロアスリートは成功すれば、引退して悠々自適な生活を送れる収入を得られます。女性がそこまでの収入を得るのは難しく、人生のどこかのタイミングで引退し、転身を考えなければなりません。私の場合、幸いしたのはアスリートであることが就職してから役に立ったことです。

――スポーツをしていたことがですか?

その通りです。私が会社で仕事を始めると、女性としてではなく、「アスリート」として扱われたのです。

――それは、面白いですね。

EYで働き始めてみると、大学レベルでスポーツをしていたことは周囲から見れば、尊敬の対象だったのです。アスリートであることは性別を中和させる働きがあっただけでなく、自分の能力を証明する機会を平等に与えてくれましたし、リーダーになる方法を学べたのも競技に対して真剣に取り組んでいたからでした。

――資料を読んでいて驚いたのは、働き始めたばかりのあなたは、45歳までに経済的に自立――つまりは引退できるほどのお金をためようとしていたことです。とても、野心的な目標設定ですね。

45歳になったら経済的に自由になり、自分の目的を追求したいと思っていたのですが、正直なところ、仕事をしながらその目標を果たす自信はありませんでした。ところが、目標を追求することがそのままキャリア形成につながっていたとは、当時の私は気付いていませんでした。

――キャリアを積むことは、日本では「昇進」と同義に捉えられることが多いのですが、昇進は目標になり得るものですか。

昇進は目的ではありませんでした。目的とは、自分が持っている「プラットフォーム」を用いて、世界に変化をもたらすために何をするのか。それが私の目的の定義でしたから。

――プラットフォームとは、自分の能力、実力を示すものと考えればいいでしょうか。

キャリアの積み重ねが示すものでしょうか。私の場合、大学でバスケットボールをプレーしていたことから始まり、昇進は周囲に対して実力を証明する指標にはなります。ただし、昇進は目的ではなく、自分のプラットフォームを強化することの一部にしか過ぎませんでした。

――べス・ブルックというプラットフォームを強化することが、自分の大きな目的につながっていったわけですね。

その通りです。

――大きな目的を持つことで、あなたの仕事における決断や選択に影響を与えましたか?

私は常に広い視野で物事を捉えたいと願い、「もっと何かできるのではないか?」と自問自答してきました。どうすれば、より世界に大きな影響を与えられるのだろうか? そうしたことを考えていた時、1992年にビル・クリントンが大統領に当選し、医療保険制度の改革に取り組むことになったのです。私はこの改革が数十年前の社会保障制度改革に匹敵するものになると予感し、EYを退職して、政府で働くことに決めたのです。私はEYのパートナーから退き、ほとんどお金を稼ぐことはできませんでしたが、世界を変えられると思っていたチームに参加しました。結果として実現には至りませんでしたが、楽しかったですし、私がこれまで取り組んできたことの中でも、最も有意義なことのひとつだったと自負しています。

WABNについて

――社会をより良くするために活動し、働く。そうしたあなたの姿勢が、2015年のWABN(Women Athletes Business Network)の設立にもつながっているように思えます。

なぜWABNを立ち上げたかというと、EYはリオデジャネイロ2016オリンピックからオリンピックのスポンサーになる予定でした。それに備え、国際オリンピック委員会(IOC)が発表した「オリンピック・アジェンダ2020」という文章を検討していくと、IOCが女性の権利とジェンダーの平等に取り組むことが、戦略の大きな部分を占めていることが分かりました。EYも同じことに取り組んでいたので、IOCと一緒にできることは何か、それを探ることがIOCにとっても、EYのスポンサーシップにとっても役立つのではないかと考えたのです。

――具体的にはどのような活動をしたのですか。

まず、世界最高レベルで戦ってきたアスリートたちの声を聞きました。彼女たちは世界の頂点に立ったにもかかわらず、20代、30代で引退してしまうと、次に何をしたらいいのか途方に暮れているように見えました。そんな声を聞き、私は「自分に価値がないと思っているのですか? あなたたちは史上最高のリーダーであることをすでに証明しています。世界でリーダーシップを発揮する可能性を秘めているのに、不安になることはないのです」と声を掛けたのです。そこでビジネスを立ち上げたり、政治家として立候補したり、スポーツ界でリーダーシップを発揮できるようにするなど、競技後のキャリアトランジションのサポートを行うために、WABNを立ち上げました。

――実業家の女性で、責任ある役職に就いている人の94%は、大学までスポーツの経験があったという統計があるそうですね。

すごい数字だと思いませんか? 94%ということは、ビジネス界のシニアレベルで活躍しているほぼ全員が、大学まで競技スポーツに取り組んでいたということになります。若い女性がスポーツで成功すれば、ビジネスでも必ず成功するというわけではありませんが、自分の能力を余すところなく発揮すれば、ビジネスの世界でも高いレベルに到達できる能力を持っていることにつながります。実は、女子は思春期になると、男子の4倍もの割合でスポーツを辞めてしまうのですが、それはもったいない。親御さんたちは、自分の子どもがスポーツを続けられるようにサポートしてあげてほしいと思います。

――女性がスポーツをすることに、本人も、家族も理解を深める必要がありそうですね。

スポーツで成功するための「レシピ」は、必死に練習をし、集中して、規律を保ち、競争していくことです。すべての試合で勝つことはできず、敗戦をフィードバックとして受け入れ、完璧を求めて再挑戦する。これはそのまま、ビジネスの成功のためのレシピに応用できます。

――アスリートは、負けを学習につなげることに慣れているわけですね。

負けることは、単にフィードバックの材料を手に入れることなのです。アスリートは褒めてもらいたいのではなく、どうすれば自分は成長できるのか、そのアドバイスを待っているのです。つまり、アスリート出身の社員は、とてもコーチングしやすいのです。常に成長を求める人材こそ、企業にとって必要な人材です。

――次は社会問題について伺いたいと思います。世界では、LGBTQについてはいろいろな議論がなされていますね。中でも、同性愛者であることをカミングアウトする苦労しているアスリートが多いと推測されますが、安心してプレーし、生活できるようになるためには、どんな改善が必要ですか。

この質問はとても重要です。実際に、アスリートが同性愛者であることをカミングアウトするのは、極めて少ない状況にあります。これはなぜでしょうか? カミングアウトするためには、周囲の環境の安全が保障されていなければなりませんが、スポーツの現場では安全が保障されていないことが多いのです。ファンは受け入れてくれるだろうか? あるいはスポンサー契約を結んでいるとしたら、その契約を失ってしまうのではないか? あるいは仲間の反応も気になるかもしれません。実際、テニス界のレジェンド、マルチナ・ナブラチロワがカミングアウトした時は、CMの出演契約を失ってしまいました。現実的に、現役を続けることが厳しい状況に追い込まれることもあり、こうした状態を少しずつ変えていかなければなりません。

――ベスさんは、いろいろな社会問題に対して見識を持っていますが、EYを引退されてからはどのような時間を過ごされていますか。

私の目的は、世界で目的を持って素晴らしい活動をしている人たちを支援することです。例えば、1型糖尿病の患者さんを救う人工膵臓の製造を進める会社の役員をしていますし、ニュースメディアへの信頼が脆弱になっている昨今、ニューヨーク・タイムズの役員にも就任しました。これはほんの一例ですが、私は長年にわたってさまざまな経験をしてきたので、そこで得た知恵をシェアし、手助けしたいのです。

――まだまだ、仕事は続きますね。最後に、東京2020オリンピック・パラリンピックが開催されようとしていますが、あなたはアメリカのオリンピック委員会の役員を務めていますね。

スポーツ、特にオリンピックは、世界が絶望的なまでに分裂している時に、世界を団結させるために重要な役割を果たせると思います。オリンピックには人々をひとつにし、国をひとつにし、アスリートをひとつにする大会です。世界はオリンピックを切実に必要としていると思いますし、世界中の人々がその共通の理念に触発されて団結し、素晴らしい大会になることを祈っています。


インタビュアー:生島淳氏(スポーツジャーナリスト)

※肩書・所属はインタビュー当時のものです。


サマリー

ブルック氏は、自身のスポーツの経験がキャリア形成に役立ったと語ります。常に成長を求める人材こそ、企業にとって必要な人材であり、アスリートがまさにその人材と言えます。EYでは、ビジネスにおけるアスリートの重要性を伝え、さまざまな社会問題の解決のために、あらゆる社会活動を通じて女性アスリートのエンパワーメントを推進します。


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