東京2020パラリンピック競技大会への道
パスコーさんは、東京2020パラリンピック競技大会に向けた準備期間中にWABNのメンバーとなりました。当時、彼女は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を理由に施行された規制のために、思うようにトレーニングに打ち込めず、日本に到着したときは最高のパフォーマンスを発揮できる状態ではないと感じていました。「どんな結果になるか、自分でもまったく想像がつきませんでした。ただ、どんな結果になっても、私の泳ぎを見て人々がどう感じてくれるか、そして自分がどう感じるかが大事なのだと思いました」と振り返ります。
「アスリートのソフィー・パスコー」は、必ずしも全試合で本来のパフォーマンスを発揮できませんでした。しかし「人としてのソフィー・パスコー」は、15歳で初めてパラリンピックに出場して以来、スポーツキャリアの一翼を担ってきた自分自身の立ち直る力(レジリエンス)を十分に発揮できたとパスコーさんは語ります。それまでの大会では「実行力とパフォーマンス」を重視していましたが、東京2020パラリンピック競技大会では、肉体的にも精神的にもつらかった1年間を「乗り越えた」のだからこそ、「自分がたどる道のりを楽しむ」ことに焦点を当てようと考え方を転換させました。東京2020パラリンピック競技大会の延期による打撃は非常に大きく、アスリートとしてのアイデンティティを打ち砕きましたが、同時に自分自身を見つめ直すきっかけとなり、人生に「新たな展望をもたらしてくれた」といいます。
「昨年は暗くて過酷な1年でしたが、そんな時でも、いつでも光は差し込んでいました。私を人として、そしてアスリートとして信頼してくれた人たちの存在があったからこそ、私はその光をつかむことができたのです」とパスコーさんは語ります。「私たちはお互いをサポートするために存在しており、他者に助けを求めるのは何よりも大切なのだということを覚えておかなくてはいけません」
ツールキットを生かす
WABNのメンターや仲間たちのおかげで勇気と自信を得たパスコーさんは、第2のキャリアとして自分のファッションブランドを立ち上げる夢に向かってまい進しています。
「アスリートは第2のキャリアについて不安を抱くものです。しかし、WABNは、私と同じ境遇の人たちから学ぶという経験を提供し、成長への道のりを示してくれました。こうした機会に恵まれた自分は幸運だと思います。特にここ1年は、将来に対して期待に胸を膨らませています。これまで、ファッションビジネスは競争が熾烈(しれつ)で過酷な市場で、非常に厳しい業界だと聞かされてきました。自分には無理だと思っていましたが、WABNのおかげで必ず実現してみせると踏み切ることができました」
やる気を奮い起こしたパスコーさんは、スポーツで培った経験がビジネスでの成功につながるはずだと確信しています。彼女には、真摯な努力、リーダーシップ、ひたむきさ、そしてチームワークという、新進の起業家の鍵となるツールキット(思考プロセスや分析など手法をまとめたもの)が備わっています。
「WABNは、私たちアスリートにはコーチング(指導を求め、フィードバックを受けること)に対してオープンだという特徴があることを教えてくれました。もちろん、最高の選手になるには自己犠牲と真摯な努力が必要だと承知しています。ただ何よりも、私は自分自身に正直であることの大切さを知っています」とパスコーさんは語ります。「スタート台の後ろに立ち、そこに立つためにできる限りのことをしてきたのだと確信し、試合結果を目の当たりにする。そうした経験ができるのも、自分自身が誠実に努力してきたからです。ビジネスの世界では自分に正直である必要があります。そうあることで、人々があなたを信じてくれるのです」
パスコーさんは自身が築いたスポーツのキャリアをバスに例え、初期の頃はハンドルを握るコーチの後ろの席に座っていたと振り返ります。成功と失敗を繰り返すことで少しずつバスのハンドルを握るようになり、ようやく現在の自分自身に近づきました。今ではその過程で得た学びを、ビジネスに生かす準備が整ったと話します。「長年にわたり、スポーツは自己成長とリーダーシップについて理解を深めるための経験を私に与えてくれました。そして、自分をサポートしてくれるチームと一緒にバスを走らせるには何が必要なのか、教えてくれたのです」
パスコーさんはスポーツに打ち込むことで習得した数々の資質をファッションビジネスにも生かすつもりです。順応性、オープンマインド、そして謙虚な姿勢は、そのほんの一部にすぎません。失敗しても、それは「成長し、向上し、再び世界に挑戦するための人生経験」なのだと彼女は語ります。