EY新日本有限責任監査法人 旅客運輸セクター
公認会計士 桑垣圭輔
1. 収入の形態
鉄道事業者は、鉄道や車両、構築物等の固定資産に設備投資し、これを利用して運輸サービスを提供することにより旅客運輸収入を獲得します。旅客運輸収入には、定期券利用の他、切符や回数券、ICカード乗車券の利用による収入などの収入形態(収益獲得形態)が含まれます。これら収入形態については、それぞれに異なる会計処理、財務報告に係るリスク、それにかかわる統制活動があります。
今回は、
- 定期運賃および定期外運賃の収益認識と内部統制
- ICカード乗車券の収益認識と内部統制
- 鉄道事業者の営業収益の表示
について解説します。なお、企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」および企業会計基準適用指針第30号「収益認識に関する会計基準の適用指針」適用後の処理としています。また、以下は、同基準および同適用指針の適用下において一般的と考えられる会計処理等を示しています。実務においては担当会計士と協議の上、適用する会計処理等を決定します。
2. 定期運賃および定期外運賃の収益認識と内部統制
(1) 定期運賃の収益認識
定期運賃とは、定期券利用による運賃収入のことをいいます。定期券は、駅窓口や自動券売機などで発売されており、1カ月、3カ月、6カ月定期券といったものが一般的です。
定期運賃は、定期券の有効期間にわたって履行義務が充足されるものとし、有効期間に応じて収益を認識することとなります。すなわち、発売時に全額を収益とせずに、有効期間に応じた額を収益とし、残りは前受運賃(契約負債)として計上します。
例えば、3月末に4月1日から使用開始の6カ月定期券を発売した場合、定期券の有効期間である4月から9月にわたって収益を認識することになります。なお、鉄道事業者が鉄道事業会計規則に従い会計処理をするうえでの参考となる鉄道事業会計規則の運用方針において、「前受定期運賃は月割等適正な方法により整理する」とされていることから、期間按分に際しては日単位ではなく月単位で計算することも合理的な方法として認められると考えられます。
(例)4月1日利用開始の6カ月定期を3月に発売した場合
① 6カ月定期券発売時(3月)
② 有効期間按分時(4月から9月)
(2) 定期外運賃の収益認識
次に、定期外運賃とは、通常の切符や回数券などによる運賃収入のことをいいます(ICカード乗車券による収入については後述します)。
これら収入も発売時には収益認識されず、実際に使用された日に収益を認識することになります(使用日基準)。なお、通常の切符は発売当日のみ有効であることから発売日と使用日を同じとみなして収益を認識します。
① 回数券などの発売時
② 回数券などの使用時
(3) 定期券および切符・回数券の発売業務における財務報告リスクと統制活動
一般的な定期券発売業務および切符・回数券の発売業務を図示すれば、次のようになります。
図1:定期券・乗車券の収益認識の流れの例
このような業務活動の流れの中で、入力された発売金額や有効開始日(月)等の情報が変換又は転送され計算・集計されることにより、最終的な収益の財務報告数値が作成されます。通常、情報が変換又は転送される時点で誤りが発生する可能性が高くなると考えられ、誤りが発生した場合には、最終的に損益計算書の収益計上金額に影響を及ぼすことになり、ここに財務報告に係るリスクが生じることとなります。次にいくつかの具体例を挙げます。
図2:定期券乗車券の発売業務における財務リスクと統制活動
情報又はデータの変換時点(例) | 財務報告に係るリスク(例) | 統制活動(例) | |
---|---|---|---|
図1a. | 駅窓口による発売から鉄道収入システムへの入力 | 駅窓口による発売記録の誤入力、入力漏れ、二重入力など |
|
図1b. | 自動券売機による発売から鉄道収入システムへの転送 | 誤情報の転送、転送漏れ、二重転送など | |
図1c. | 鉄道収入システムで有効開始日、使用日等の乗車情報を自動計算し、鉄道収益情報へデータ変換 | 誤計算、誤集計など |
|
図1d. | 鉄道収入システムから会計システムへの転送 | 誤情報の転送、転送漏れ、二重転送など |
|
3. ICカード乗車券の収益認識と内部統制
スイカ、トイカ、イコカ、パスモ、ピタパなどのICカード乗車券の収益は、運輸サービスの提供に伴い認識することになります。
ICカードは通常、カード内にあるICチップのデータが、ICカードの管理システム内にも共有され、双方にデータが蓄積されていきます。このデータの処理について、鉄道事業者が自らカード発行会社(自社発行)となり管理・会計処理する方法と、鉄道事業者とは別会社である計算受託会社がカード発行会社(他社発行)となり、計算受託会社で作成された精算データに基づいて各鉄道事業者が会計処理を行う方法があります。
自社発行と他社発行のケースそれぞれについて、会計処理を解説します。
以下、自社をA社とします。
(1) 自社発行の場合
通常利用によるICカード乗車券による収入については、入金された金額がすぐに利用されるものではないため、ICカード乗車券に入金された場合は前受運賃(契約負債)として計上され、実際の利用時に定期外運賃として収益を計上します。なお、説明の便宜上、全額を前受運賃(契約負債)としています。
① A社の駅でのICカード乗車券への入金時
② 自社路線内での使用時
ICカード乗車券は、通常は複数の鉄道会社で共通して利用されるため、自社で発売した金額のうち、他社の路線で利用された部分の運賃については各社で精算する必要があります。例えば、A社および別の鉄道事業者B社の二つの路線を経由して目的地に到着した場合、ICカード乗車券に入金されたA社では、その入金額の一部がB社に対する預り金となります。B社では、その営業路線の一部を提供したわけですから、未収運賃として収益認識がなされます。この2社間の按分額は、利用者の乗降者情報(自動改札機への入札および出札)をもとに算定されます。次にA社の会計処理を例示します。
③ A社の駅でICカード乗車券へ入金され、B社路線を利用した場合
また逆のケースでは、A社の会計処理は次のようになります。
④ B社の駅でICカード乗車券へ入金され、A社路線を利用した場合
(2) 他社発行の場合
都市圏における相互乗り入れ利用者は非常に多く、また、多様なICカード乗車券への入金方法があります。各鉄道事業者の運賃情報を集め、独自で精算額を計算することは非常に困難であることから、一般的に計算受託会社が、各社間の精算を一元管理する仕組みになっています。
ICカード乗車券のデータが計算受託会社に転送され、計算受託会社で一括して計算された各社間の精算データをもとに、各鉄道事業者は会計処理を行うことになります。
A社の会計処理を例示します。なお、説明の便宜上、全額を預り連絡運賃としています。
① A社でICカード乗車券に入金が行われ、入金データが計算受託会社へ送信された時の仕訳
② 計算受託会社から精算データが送られてきた時の仕訳
③ 計算受託会社との精算処理
(3) ICカード乗車券の収益認識に係る財務報告上のリスクおよび統制活動
一般的なICカード乗車券による収入計上業務を図示すると、次のような例が考えられます。
図3:ICカード乗車券による収益計上の流れの例
ICカード乗車券による収入計上業務も同様に、乗降者情報が変換又は転送される時点において財務報告に係るリスクが生じると考えられます。ただ、外部の計算業務受託会社を利用している場合は、その外部計算結果の利用という面で、内部計算による運賃収入計上に関連して発生するリスク、統制活動と異なる点があるものと考えられます。
図4:ICカード乗車券による収入業務に係る財務報告リスクと統制活動の例
情報又はデータの変換時点(例) | 財務報告に係るリスク(例) | 統制活動(例) | |
---|---|---|---|
図3a. | 自動改札機から乗降情報集計サーバへのデータ転送 | 誤情報の転送、転送漏れ、二重転送など |
|
図3b. | 乗降情報集計サーバから計算業務受託会社サーバへのデータ転送 | 誤情報の転送、転送漏れ、二重転送など |
|
図3c. | 計算業務受託会社で、集計されたデータから各社の精算金額を計算し、各社の鉄道収益および精算情報を作成 | 誤計算、誤集計など | |
図3d. | 計算業務受託会社から、各利用会社へ精算額を通知 | 誤情報の通知など | |
図3e. | 通知された精算額情報の、会計システムへの入力 | 誤入力、入力漏れ、二重入力など |
|
4. 鉄道事業者の営業収益の表示
鉄道業における財務報告では、鉄道運賃の適切な算定に資するという目的もあるため、鉄道業による損益とその他の事業による損益を区分する必要があります。そのため鉄道事業者の収益の表示は「鉄道事業会計規則」により、個別の損益計算書においては鉄道事業による収益と、それ以外の事業による収益を区分して次のように表示することが求められています。
(個別損益計算書における営業収益の表示例)
一般事業会社では会社法における会社計算規則、金融商品取引法における財務諸表等規則や連結財務諸表規則に従い「売上総損益金額」の表示がなされますが、鉄道業においては、鉄道事業会計規則に従い、その事業の内容からこのような表示がなされます。
5. まとめ
今回のシリーズで例示した固定資産や収益認識に関する財務報告に係るリスク、および統制活動は、すべてが必須のもの、又はこれだけでよいというものではありません。財務報告に係るリスクの把握と対応する統制の整備・運用は、企業風土や組織構造によりその必要性・重要度が異なるため、その企業の状況に合わせた対応が必要となるでしょう。