公認会計士 牧野 幸享
1. 退職給付債務とは
退職給付債務は、退職給付のうち、認識時点までに発生していると認められる部分を割り引いたものをいいます(平成24年改正会計基準6項)。
退職給付債務は、予想退職時期ごとの退職給付見込額のうち期末までに発生したと認められる額を、退職給付の支払見込日までの期間(以下、支払見込期間)を反映した割引率を用いて割り引き、当該割り引いた金額を合計して計算します(平成24年改正適用指針14項)。
退職給付債務は、原則として個々の従業員ごとに計算されます。ただし、勤続年数、残存勤務期間、退職給付見込額等について標準的な数値を用いて加重平均等により合理的な計算ができると認められる場合には、当該合理的な計算方法を用いることができます(平成24年改正会計基準 注3)。
この場合の「合理的な計算方法」には、従業員を年齢、勤務年数、残存勤務期間及び職系(人事コース)などによりグルーピングし、当該グループの標準的な数値を用いて計算する方法が該当します(平成24年改正適用指針5項)。
2. 退職給付債務の計算手法
具体的には、退職給付債務は、以下の手順により計算します。
(1) 退職により見込まれる退職給付の総額(退職給付見込額)の見積り
(2) 退職給付見込額のうち期末までに発生していると認められる額の計算
(3) 期末までに発生していると見積られる金額の割引計算
(1) 退職により見込まれる退職給付の総額(退職給付見込額)の見積り
退職給付見込額は、予想退職時期ごとに、従業員に支給されると見込まれる退職給付額に退職率及び死亡率を加味して見積ります(平成24年改正適用指針第7項)。
退職給付見込額の計算において、退職事由(自己都合退職、会社都合退職等)や支給方法(一時金、年金)により給付率が異なる場合には、原則として、退職事由及び支給方法の発生確率を加味して計算し、合理的に見込まれる退職給付の変動要因を考慮して見積らなければならないとされています。
退職給付見込額の見積りにおいて合理的に見込まれる退職給付の変動要因には予想される昇給等が含まれるものとされています。また、臨時に支給される退職給付等であってあらかじめ予測できないものは、退職給付見込額に含まれないものとされています(平成24年改正会計基準 注5)。
(2) 退職給付見込額のうち期末までに発生していると認められる額の計算
算定した退職給付見込額の各期への期間帰属方法として、次の二つの方法の選択適用が認められています(平成24年改正適用指針11項)。
種類 | 内容 |
a.期間定額基準 | 退職給付見込額について全勤務期間で除した額を各期の発生額とする方法 |
b.給付算定式基準 | 退職給付制度の給付算定式に従って各勤務期間に帰属させた給付に基づき見積った額を、退職給付見込額の各期の発生額とする方法(以下、給付算定式基準) ※ 退職給付の支払が将来の一定期間までの勤務を条件としているときであっても、当期までの勤務に対応する債務を認識するために、当該給付を各期に期間帰属させる。この場合には、従業員が当該給付の支払に必要となる将来の勤務を提供しない可能性を計算に反映しなければならない(平成24年改正適用指針第12項)。 |
- 期間定額基準のイメージ
- 給付算定式基準のイメージ
給付算定式基準は、理解を容易にするため設例で説明します。
【前提】
従業員が10年超20年未満の勤務後に退職した場合800の退職一時金を、従業員が20年以上の勤務後に退職した場合1,000の退職一時金を支給する。10年未満で退職した場合、退職一時金は支給しない。
最初の10年間(1~10年)の各年に80(800の退職一時金÷10年)、次の10年間(11~20年)の各年に20((1,000-800)の退職一時金÷10年)をそれぞれ帰属させ、期末までに発生していると認められる額を計算します。
(3) 期末までに発生していると見積られる金額の割引計算
期末までに発生していると見積られる金額を割引計算します。
予想退職時期ごとの退職給付見込額のうち期末までに発生したと認められる額を、退職給付の支払見込日までの期間(支払見込期間)を反映した割引率を用いて割り引き、当該割り引いた金額を合計して、退職給付債務を計算します(平成24年改正適用指針第14項)。
3.勤務費用
勤務費用とは、1期間の労働の対価として発生したと認められる退職給付をいいます(平成24年改正会計基準8項)。
なお、従業員からの拠出がある企業年金制度を採用している場合には、勤務費用の計算に当たり、従業員からの拠出額を勤務費用から差し引くとされています(平成24年改正会計基準 注4)。
勤務費用の計算には、退職給付債務の計算に準じて次を含めて計算します(平成24年改正適用指針15項)。なお、勤務費用の計算においては、期首時点で当期の勤務費用を計算する手法を用います。
(1) 退職給付見込額の見積り
退職給付見込額は、退職給付債務の計算において見積った額です。
(2) 退職給付見込額のうち当期において発生すると認められる額の計算
予想退職時期ごとの退職給付見込額のうち、当期において発生すると認められる額を計算します。当期において発生すると認められる額は、退職給付債務の計算において用いた方法と同一の方法により、当期分について計算します。
(3) 勤務費用の計算
予想退職時期ごとの退職給付見込額のうち当期に発生すると認められる額を、割引率を用いて割り引きます。当該割り引いた金額を合計して、勤務費用を計算します。
- 期間定額基準のイメージ
- 給付算定式基準のイメージ
給付算定式基準は、理解を容易にするため設例で説明します。
【前提】
従業員が10年超20年未満の勤務後に退職した場合800の退職一時金を、従業員が20年以上の勤務後に退職した場合1,000の退職一時金を支給する。10年未満で退職した場合、退職一時金は支給しない。
最初の10年間(1~10年)は、毎年
勤務費用=80(800の退職一時金÷10年)×割引計算
次の10年間(11~20年)は、毎年
勤務費用=20((1,000-800)の退職一時金÷10年)×割引計算
と計算します。
4.利息費用
利息費用は、割引計算により算定された期首時点における退職給付債務について、期末までの時の経過により発生する計算上の利息をいいます(平成24年改正会計基準9項)。
利息費用=期首の退職給付債務×割引率
※ ただし期中に退職給付債務の重要な変動があった場合には、これを反映させる
【設例】
Aさんが入社3年後に退職する場合(当期は2年目)の計算例
(1) 退職給付見込額の見積り
→ 入社3年後の退職給付見込額の見積り結果は、300とします。
(2) 退職給付見込額のうち期末までに(当期において)発生していると認められる額の計算
→ 期間定額基準を採用した場合、退職給付見込額300を3で割って、毎年100ずつ発生していると考えます。2年目に発生しているのは100(割引前の勤務費用)、累積で2年目までに発生しているのは200(割引前の退職給付債務)となります。
(3) (2) で算出した金額の割引計算
→ 割引率を2%とすると、2年目の勤務費用は98.0(=100/(1.02)1)、2年目の退職給付債務は196.0(=200/(1.02)1)となります。
- 期首時点の退職給付債務に割引率を乗じたものが、利息費用となります。
2年目であれば96.1×2%=1.9、3年目であれば196.0×2%=4.0となります。
これは勤務費用の増加部分に相当します。
- 1年目の退職給付費用(退職給付債務)は96.1(=100/(1.02)2)と計算されます。
まとめるとAさんが3年目に退職する場合の計算は、以下のとおりとなります。
なお、Aさんが3年目に退職する確率が100%であれば、上の表のとおり、当期の勤務費用は98.0、利息費用は1.9、退職給付債務は196.0となります。しかし退職時期は通常不明であるため、想定される退職時期ごとにこのような計算を行い、退職時期ごとの計算金額に発生確率を乗じたものが最終的な計算結果となります。
5.退職給付債務の計算における貸借対照表日前のデータの利用
貸借対照表日における退職給付債務は、原則として貸借対照表日現在のデータ及び計算基礎(以下、データ等)を用いて計算します。しかし、実際の計算のためには一定の期間を必要とすることも少なくないことなどから、貸借対照表日前の一定日をデータ等の基準日とすることが認められています(平成24年改正適用指針6項、73項)。
この場合の方法として、以下の二つの方法があります。
(1) 貸借対照表日前の一定日をデータ等の基準日として退職給付債務等を算定し、データ等の基準日から貸借対照表日までの期間の勤務費用等を適切に調整して、貸借対照表日現在の退職給付債務等を算定する方法
(2) データ等の基準日を貸借対照表日前の一定日とするが、当該一定日から貸借対照表日までの期間の退職者等の異動データを用いてデータ等を補正し、貸借対照表日における退職給付債務等を算定する方法
いずれの場合にも、データ等の基準日から貸借対照表日までに重要なデータ等の変更があったときは退職給付債務等を再度計算し、合理的な調整を行います。
この記事に関連するテーマ別一覧
- 第1回:従来からの変更点 (2013.02.06)
- 第2回:適用初年度の留意事項 (2013.12.24)
- 第3回:仕訳例(平成24年改正会計基準等) (2013.12.24)
- 第4回:退職給付制度の概要 (2014.01.16)
- 第5回:退職給付債務と勤務費用・利息費用 (2014.01.24)
- 第6回:年金資産と期待運用収益 (2014.01.29)
- 第7回:計算基礎及び数理計算上の差異・過去勤務費用 (2014.02.06)
- 第8回:小規模企業等における簡便法の適用 (2014.02.10)
- 第9回:その他の論点 (2014.02.13)
- 第10回:開示 (2014.02.17)