公認会計士 板垣 清太
公認会計士 内川 裕介
第4回では訴訟・法令違反等に関連する引当金を取り扱います。具体的には、以下の引当金について解説します。
- 訴訟損失引当金
- 独占禁止法等の違反に関連する引当金
1.訴訟損失引当金
(1) 概要
訴訟損失引当金とは、訴訟事件等によって損害賠償を求められている場合に、損害賠償の支払等の損失に備えて計上される引当金を言います。
訴訟が進行中であっても敗訴の可能性が高まっており、損害賠償等の金額を合理的に見積ることができる段階となったケースで、引当金の要件を満たす場合には、訴訟損失引当金を計上する必要があります。
(2) 引当金の計上
注解18における引当金の計上要件に訴訟損失引当金を当てはめると以下のようになります。
注解18の要件 | 訴訟損失引当金 |
---|---|
将来の特定の費用又は損失である | 損害賠償は将来において訴訟に敗訴することで支払うものであり、左記を満たす |
その発生が当期以前の事象に起因する | 訴訟事件等は、当期以前において原告と被告(企業)との間で生じた問題を巡って提起されるものであり、左記を満たす |
発生の可能性が高い | 被告側に不利な方向に進行して敗訴の可能性が高まった(=損害賠償を支払う可能性が高い)場合に、発生可能性が高いか検討する |
金額を合理的に見積ることが可能 | 判決文に記載されている損害賠償の請求金額などから、損失見込額が合理的に見積もることができるか検討する |
訴訟損失引当金については、訴訟の進行状況を勘案した上で、どのタイミングで引当計上すべきかを判断することが重要です。判断に当たっては、注解18の要件の一つである発生可能性が高いかどうかがポイントになりますが、判決の結果を合理的に予測して損害賠償の支払が発生する可能性を判断することは、実務的に困難なケースが多いと考えられます(例えば、訴訟が被告(企業)側に優位に進んでいたとしても、新たな証拠物の提出等により敗訴判決を受けてしまうというケースもあり得ます)。
この点を考慮すると、裁判が完全に終結していない場合であっても、第一審(地方裁判所)・第二審(高等裁判所)いずれかの段階で敗訴判決を受けた場合には、損害賠償が発生する可能性が高まっており、判決文によって損害賠償の金額を合理的に見積ることが可能であるため、訴訟損失引当金を計上することになると考えられます。
また、提起された訴訟が先行する他の訴訟と同一の事実関係を含んでおり、他の訴訟の結果が過去の判例等によりすでに明らかになっている場合には、他の訴訟の判決内容を参考にした上で、訴訟が提起された時点で引当金の計上の要否を検討する必要があると考えられます。
なお、敗訴が確定した場合(敗訴の判決が言い渡され、その後所定の期限までに上訴しなかった場合)や判決を受ける前に当事者間で和解が成立した場合には、敗訴が確定した時点又は和解が成立した時点で損害賠償に係る損失を計上する必要があります。ただし、この場合には確定債務となっていることから、引当金ではなく未払金として処理することになります。
(3) 引当金の測定
敗訴判決を受けた場合には、その判決文の中で支払うべき賠償金額が示されているため、当該金額が訴訟損失引当金の計上額になると考えられます。
また、敗訴判決を受けていない段階であっても、過去の判例等から敗訴の可能性が高いと判断される場合には、原告からの訴状における請求金額に基づいて金額を合理的に見積もれるか検討することが考えられます。
なお、裁判が進行する過程で、上級審の判決額が下級審の判決額よりも多くなる(少なくなる)など、過去に計上した金額が過小(過大)になるケースもあり得ますので、訴訟の進行状況に応じて引当金の金額を見直す必要があります。
(4) 偶発債務の注記
訴訟が提起された時点では、損害賠償に係る債務が存在しているわけではありません。しかし、敗訴判決などにより将来の債務が発生する可能性は存在していることから、重要性の乏しいものを除いて、偶発債務としてその訴訟の内容及び金額を財務諸表に注記する必要があります(連結財務諸表規則39条の2、財務諸表等規則58条、会社計算規則103条5号)。
その後、訴訟の進行に応じて、損害賠償等の支払いが発生する可能性が高く、その金額を合理的に見積ることができると判断される場合には、注記ではなく引当金の計上を検討することになります。
2. 独占禁止法等の違反に関連する引当金
(1) 概要
独占禁止法等の違反に関連する引当金(以下、便宜的に「独禁法等引当金」と言います)とは、独占禁止法等に関連した課徴金等の支払い、又は、その原因となった違法行為に関連して提起された訴訟などにおける損害賠償金・和解金・訴訟費用等の支払いに備えて計上される引当金を言います。
課徴金等の支払いの可能性が高く、その金額を合理的に見積ることができる場合には、引当金の要件を満たすことになるため、独禁法等引当金を計上する必要があります。
(2) 引当金の計上
注解18における引当金の計上要件に独禁法等引当金を当てはめると以下のようになります。
注解18の要件 | 独禁法等引当金 |
---|---|
将来の特定の費用又は損失である | 課徴金等は将来において当局の決定などにより支払うことになるものであり、左記を満たす |
その発生が当期以前の事象に起因する | 当局の調査などが契機となって当期以前の違反行為が認定されるものであり、左記を満たす |
発生の可能性が高い | 当局の立入調査などが事前に行われており、調査の内容等が把握できる場合に、発生可能性が高いか検討する |
金額を合理的に見積ることが可能 | 当局の立入調査などが事前に行われており、調査の内容等が把握できる場合に、金額を合理的に見積ることができるか検討する |
上記のいずれの要件も満たす場合には、当局の決定などにより支払いが確定するタイミングに先立って引当金を計上することになりますが、当局の立入調査等によって調査の内容等を把握できることから、立入調査から課徴金等の納付命令を受けるまでの間に引当金の計上を行うことになると考えられます。
また、引当金の要件を満たすまでの期間であっても、将来において企業の負担となる可能性のある債務は存在するため、重要性の乏しいものを除いて、偶発債務の注記を行うことが考えられます。
なお、行政罰である課徴金や制裁金等の納付に対して不服申立等を行った場合であっても、引当金の計上要件は会社の意図とは関係なく検討するものであるため、不服申立等の手段を取るという会社の意思をもって引当金の計上を行わないという判断は適切ではないと考えられます(企業会計基準第27号「法人税、住民税及び事業税等に関する会計基準」34項参照)。
(3) 引当金の測定
独禁法等引当金については、法令等で定められている算定式に当てはめて課徴金等の金額を見積るほか、当局からの通知書や、弁護士等の専門家の意見書に基づいて算定した金額等により引当金額を計上することが考えられます。
また、実務上は、具体的にどの段階で合理的な見積りが可能となるのかを考慮する必要があります。そのために、経理部門や法務部門、顧問弁護士等との間でコミュニケーションを取り、法令等の制度を理解し、当局の調査状況を把握すること等に留意する必要があります。
この記事に関連するテーマ別一覧
引当金
- 第1回:引当金総論 (2017.08.10)
- 第2回:引当金各論① 収益認識に関連する引当金(その1) (2017.08.24)
- 第3回:引当金各論② 収益認識に関連する引当金(その2) (2017.08.25)
- 第4回:引当金各論③ 訴訟・法令違反等に関連する引当金 (2017.08.31)
- 第5回:引当金各論④ リストラクチャリングに関連する引当金 (2017.11.02)