EY新日本有限責任監査法人
公認会計士 須賀 勇介
Question
2022年3月決算会社の有価証券報告書(以下「有報」という。)について、多くの国際的なサステナビリティ開示のフレームワークで開示項目となっている人的資本及び多様性(ダイバーシティ)に関する開示状況は?また、重要性の評価(マテリアリティ、重要課題、ESGマテリアリティ、ESG課題等と表現されることもある。以下「マテリアリティ」という。)に関する開示状況は?
Answer
【調査範囲】
- 調査日:2022年8月
- 調査対象期間:2022年3月31日
- 調査対象書類:有価証券報告書
- 調査対象会社:2022年4月1日現在のJPX400に採用されている会社のうち、以下の条件に該当する198社
① 3月31日決算
② 2022年6月30日までに有価証券報告書を提出している
③ 日本基準を採用している
【調査結果】
(1) 人的資本・多様性
調査対象会社(198社)を対象に、有報において人的資本に関して人材育成方針や社内環境整備方針を開示しているかについて、開示状況を調査した。調査結果は<図表1>のとおりである。また、多様性に関して女性管理職比率、男性育児休業取得率や男女間賃金格差を開示しているかについて、開示状況を調査した。調査結果は<図表2>のとおりである。
<図表1>及び<図表2>のとおり、人的資本や多様性に関して開示している会社はいずれも限定的であり、その中では女性管理職比率を開示している会社が21社(10.6%)と比較的多かった。
<図表1>人的資本に関する開示状況
記載内容 | 会社数 |
人材育成方針 | 7 |
社内環境整備方針 | 1 |
<図表2>多様性に関する開示状況
記載内容 | 会社数 |
女性管理職比率 | 21 |
男性育児休業取得率 | 9 |
男女間賃金格差 | 0 |
また、多様性に関して女性管理職比率や男性育児休業取得率を開示している会社の記載内容及び記載箇所について、開示状況を調査した。調査結果は<図表3>及び<図表4>である。
<図表3>及び<図表4>のとおり、女性管理職比率や男性育児休業取得率に言及している会社の大半は、実績や目標の具体的な数値を記載しており、開示した有報の記載箇所は、いずれも「経営方針、経営環境及び対処すべき課題等」が最も多かった。
<図表3>女性管理職比率に関する開示状況と記載箇所
記載箇所 | 記載内容 | 合計 | |||
具体的な数値あり | 具体的な数値なし | ||||
実績比率を開示 | 目標比率を開示 | 目標を設定した旨のみを開示 | 比率向上の取組みを行っている旨のみを開示 | ||
経営方針、経営環境及び対処すべき課題等 | 5 | 7 | 3 | 1 | 16 |
コーポレート・ガバナンスの概要 | 2 | 2 | 1 | 0 | 5 |
経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析 | 0 | 3 | 0 | 0 | 3 |
役員の報酬等 | 0 | 1 | 1 | 0 | 2 |
事業等のリスク | 0 | 1 | 0 | 0 | 1 |
合計 | 7 | 14 | 5 | 1 | 27 |
(※)同一の会社で複数の箇所に記載もしくは実績比率と目標比率の両方を記載している場合、それぞれ1社としてカウントしている。
<図表4>男性育児休業取得率に関する開示状況と記載箇所
記載箇所 | 記載内容 | 合計 | |||
具体的な数値あり | 具体的な数値なし | ||||
実績比率を開示 | 目標比率を開示 | 目標を設定した旨のみを開示 | 比率向上の取組みを行っている旨のみを開示 | ||
経営方針、経営環境及び対処すべき課題等 | 2 | 1 | 1 | 1 | 5 |
経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析 | 0 | 2 | 0 | 0 | 2 |
事業等のリスク | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 |
コーポレート・ガバナンスの概要 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 |
合計 | 2 | 3 | 1 | 3 | 9 |
(2) マテリアリティ
調査対象会社(198社)を対象に、有報においてマテリアリティに関して開示しているか、また、開示した有報の記載箇所について、開示状況を調査した。調査結果は<図表5>のとおりである。さらに、マテリアリティに関して会社が設定している全ての項目を記載している会社の記載内容について、開示状況を調査した。調査結果は<図表6>のとおりである。
マテリアリティについて開示している会社は71社(35.9%)であり、そのうち全てのマテリアリティ項目を記載している会社は46社(23.2%)であった。開示した有報の記載箇所は<図表5>のとおり「経営方針、経営環境及び対処すべき課題等」が最も多かった。また<図表6>のとおり、全てのマテリアリティ項目を記載している会社の記載内容としては「項目ごとに取組み内容を記載」している会社や「項目ごとに関連するSDGsを記載」している会社が多く、その他にも分かりやすく伝えるよう工夫して記載している事例がみられた。
<図表5>マテリアリティに関する開示状況と記載箇所
記載箇所 | 開示状況 | 合計 | ||
全項目を記載 | 一部項目のみ記載 | 特定した旨のみ記載 | ||
経営方針、経営環境及び対処すべき課題等 | 41 | 6 | 9 | 56 |
事業等のリスク | 4 | 5 | 1 | 10 |
コーポレート・ガバナンスの概要 | 2 | 1 | 2 | 5 |
経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析 | 2 | 0 | 2 | 4 |
合計 | 49 | 12 | 14 | 75 |
(※)同一の会社で複数の箇所に記載している場合、それぞれ1社としてカウントしている。
<図表6>マテリアリティの全項目を記載している会社の記載内容
記載内容 | 会社数 |
項目ごとに取組み内容を記載 | 15 |
項目ごとに関連するSDGsを記載 | 15 |
項目ごとに影響度や重要度を記載 | 4 |
特定プロセスを記載 | 3 |
項目ごとにリスクと機会を記載 | 3 |
項目ごとにKPIを記載 | 3 |
項目ごとに定量的な目標を記載 | 2 |
(※)同一の会社で複数の記載を行っている場合、それぞれ1社としてカウントしている。
(旬刊経理情報(中央経済社)2022年9月20日号 No.1655「2022年3月期「有報」分析」を一部修正)
この記事に関連するテーマ別一覧
2022年3月期 有報開示事例分析
- 第1回:総会前提出 (2022.12.12)
- 第2回:サステナビリティ情報①(TCFD) (2022.12.12)
- 第3回:サステナビリティ情報②(人的資本・多様性、マテリアリティ) (2022.12.12)
- 第4回:早期適用した会計基準(改正時価算定適用指針) (2022.12.12)
- 第5回:早期適用した会計基準(グループ通算制度) (2022.12.12)
- 第6回:実務対応報告41号「取締役の報酬等として株式を無償交付する取引に関する取扱い」の開示 (2022.12.12)
- 第7回:グループ通算制度への移行に係る開示分析 (2022.12.12)
- 第8回:会計上の見積りに関する注記の2年目開示分析①(記載項目数分析) (2022.12.12)
- 第9回:会計上の見積りに関する注記の2年目開示分析②(業種別・記載内容分析) (2022.12.12)
- 第10回:時価算定会計基準 (2022.12.12)