各会計基準における「割引率」の違い

2014年12月18日
カテゴリー 経理実務最前線

公認会計士 江村 羊奈子

Q.

会計基準で使用される割引率にはさまざまなものがありますが、主な違いを教えてください。また、金利変動局面では、期末に見直しが必要になりますか。

A.

割引率は、主に、リスクを反映させた割引率を使用する場合と、無リスクの割引率を用いる場合に分けられます。退職給付会計および資産除去債務会計では、時間価値を反映させる考え方から原則として無リスクの割引率を使用しますが、減損会計では、貨幣の時間価値と将来キャッシュ・フロー(以下「将来CF」という)がその見積値から乖離するリスクの両方を反映させるために、原則として資産の固有のリスクを反映した収益率等を使用します。
一方、退職給付会計では決算日現在の退職給付債務を求めるために用いるものであるため毎期末の見直しが必要ですが、資産除去債務および減損会計では発生時の事実を示すものとの性格から基本的に見直しは不要です(図表1参照)。

図表1 割引率の比較

会計基準 リスクの反映 見直しの要否
退職給付会計 無リスクの割引率 毎期見直しが必要
資産除去債務会計 無リスクの割引率 見直しは不要(※)
減損会計 将来CFの見積りにリスクが反映されていない場合、貨幣の時間価値と将来CFがその見積値から乖離するリスクの両方を反映した割引率を用いる 見直しは不要

(※)割引前将来CFに重要な見積りの変更が生じ、当該CFが増加する場合のみ、割引率を見直します。

1. 退職給付会計

① 割引率の特徴

退職給付債務の計算に用いる割引率は、安全性の高い長期の債券の利回りを基礎として決定します。決算日現在の退職給付債務を求めるために用いるものであるから、金銭的時間価値のみを反映させるべきであり、信用リスクフリーレートに近い「期末における安全性の高い長期の債券の利回り」を用いることとされています。

② 割引率の分布

平成23年3月期日経300の230社を対象に割引率の分析を実施したところ(図表2)、2.0%~2.5%未満の企業が最も多いものの、1%未満の企業が4社、3.0%超の会社が15社ありました。半数の116社の企業が2.0%を採用していました。

なお、退職給付に関する会計基準は平成24年5月に改正され、改正前は、割引率決定の基礎となる債券の期間について、退職給付の支払見込日までの平均期間を原則としながらも、実務上は従業員の平均残存勤務期間に近似した年数とすることができることとされていましたが、改正後は、退職給付支払ごとの支払見込期間を反映した割引率を使用することとされています。下記事例は、改正前の基準に基づく割引率です。

図表2 退職給付引当金の割引率(平成23年3月期 日経300)

(単位:社)

割引率 会社数
1%未満 4
1.0%以上~1.5%未満 3
1.5%以上~2.0%未満 18
2.0%以上~2.5%未満 136
2.5%以上~3.0%未満 47
3.0%超 15
小計 223
記載無し(※) 7
合計 230

(※)確定拠出年金制度採用会社、簡便法採用会社など
(出所:新日本有限責任監査法人 ナレッジセンター・リサーチ)

③ 期末における見直しの要否

退職給付会計における割引率については、重要な変動が生じていない場合には、これを見直さないことができるものとされています。なお、毎期末再検討する必要があり、その結果、少なくとも、割引率の変動が退職給付債務に重要な影響を及ぼすと判断した場合にはこれを見直し、退職給付債務を再計算する必要があります。具体的には期末の割引率により計算した退職給付債務が10%以上変動すると推定される場合には、退職給付債務に重要な影響を及ぼすものとして退職給付債務を再計算しなければならないこととされています(退職給付に関する会計基準 注8、退職給付に関する会計基準の適用指針29項、30項)。

2. 資産除去債務

① 割引率の特徴

資産除去債務は、発生時に、有形固定資産の除去に要する割引前の将来CFを見積り、割引価値で算定します。将来の見積りであることから、見積値から乖離するリスクが生じますが、それは割引前将来CFの見積りにおいて勘案し、割引率は資産の時間価値を反映した無リスクの税引前の利率を用います。

資産除去債務はそのまま負債としてオンバランスされますが、退職給付債務は年金資産や未認識項目を控除したうえで引当金(連結上は年金資産を控除したうえで退職給付に係る負債)として計上されるという点で会計上の処理は異なりますが、同じ債務であることから類似している部分があります。例えば、時の経過による資産除去債務の調整額は、期首現在の負債に割引率を乗じて算定するものとされ、期首の退職給付債務に割引率を乗じて計算する退職給付会計の利息費用と同様の性格を有するものといえます。このため、当該調整額は、退職給付会計の利息費用が営業費用に含められているのと同様に、損益計算書上、当該資産除去債務に関連する有形固定資産の減価償却費と同じ区分に含めて計上するものとされています。

② 割引率の分布

平成23年3月期日経300の230社のうち、資産除去債務が連結貸借対照表に計上されている企業70社について、種類別の割引率の開示を調査したところ、 X.X%からX.X%と幅を持たせて注記をしている企業が多くみられました。原則として将来CFが発生するまでの期間に対応した利付国債の流通利回りなどを参考に割引率を決定することとされていることから、使用見込期間ごとに対応する国債の利回りを採用していることなどが考えられます。

また、図表3において、上限利子率が2.5%未満の企業が多くみられますが、これは、適用初年度の期首である平成22年4月1日の国債流通利回り(例 40年国債で2.285%(出所:財務省HP国債金利情報))に近似しているためと考えられます。

図表3 資産除去債務 割引率上限値(平成23年3月期 日経300)

(単位:社)

種類


割引率上限値

不動産
賃貸契約
アスベスト その他
2.5%未満 38 10 10
2.5%以上5%未満 6 0 0
5%以上 4 0 4
その他(※2) 8 2 2
合計(※1) 56 12 16

(※1)複数記載している企業が含まれるため、合計は70社とは一致しません。
(※2)「使用見込み期間に対応する国債の利回り」など文言で注記しているものが含まれます。
(出所:新日本有限責任監査法人 ナレッジセンター・リサーチ)

③ 期末における見直しの要否

資産除去債務は原則として割引率を当初認識時から変更させません。

なお、割引前の将来CFに重要な見積りの変更が生じ、CFが増加する場合には、増加部分を新たな負債の発生と同様に捉えその時点の割引率を用いますが、当該CFが減少する場合には、負債計上時の割引率を用います。

3. 減損会計

① 割引率の特徴

減損会計においては、資産グループに減損の兆候が認められ、割引前将来CF総額が帳簿価額を下回るときには、帳簿価額を回収可能価額まで減額し、当該減少額を減損損失として計上することになります。ここで、回収可能価額は正味売却価額と使用価値のいずれか高い方の金額となります。使用価値は、資産グループの継続的使用と使用後の処分によって生じると見込まれる将来CFを見積り、割引現在価値で算定します。

使用価値の算定においては、将来CFが見積値から乖離するリスクを、将来CFの見積りに反映させる方法と割引率に反映させる方法のいずれの方法も認められています。実務上は、割引率に反映させる場合が多く( 固定資産の減損に係る会計基準の適用指針(以下、「減損指針」という。)39項(1) )、この場合割引率は、貨幣の時間価値と将来CFがその見積値から乖離するリスクの両方を反映したものとし、a)企業における固有のリスクを反映した収益率、b)資本コスト、c)固有のリスクを反映した市場平均と考えられる合理的な収益率、d)ノンリコースで資金調達を行うときの合理的な見積利率のいずれか、またはこれらを総合的に勘案したものとなります(減損指針45項 参照)。

減損会計の割引率は、どの程度の期間で回収するのか(貨幣の時間価値をどの程度の期間で見込むのか)、将来CFが見積値から乖離するリスクをどう考慮するのか、といった要素を考慮する必要があり、一般的に退職給付会計より検討項目が多くなっています。

② 割引率の分布

減損会計で割引率にリスクを織り込む場合には、見積りの要素が入るため、企業間によってばらつきが生じ得ます。実際、平成23年3月期日経300の有価証券報告書を分析したところ、5%以上7%未満と記載している会社が最も多く見られましたが、10%以上の記述のある会社が10社、3%未満が4社あり、割引率にはかなりの開きが見られ、その結果減損損失の算定額にも影響を及ぼしていると考えられます。

図表4 減損損失の割引率 (平成23年3月期 日経300)

(単位:社)

3%
未満
3%以上
5%未満
5%以上
7%未満
7%以上
10%未満
10%以上 記載なし 合計
4 16 23 5 10 7 65

(※)複数の割引率が記載されている場合は上限値にて調査しています。
(出典:新日本有限責任監査法人 ナレッジセンター・リサーチ)

③ 期末での見直しの要否

いったん減損した資産についても、毎期、減損の兆候を検討することになりますが、過年度の減損額を、退職給付会計のように毎期見直す必要はありません。

4. 割引率が損益に与える影響

割引率を高くしますと、退職給付会計基準では退職給付債務が少なく算定されることから、当期の勤務費用が少なくなり、翌期以降は利息費用が大きくなるため費用が多くなるという関係になります。資産除去債務会計基準では資産と負債が両建て計上されることから利益への影響はなく、翌期以降も利息費用と減価償却費の内訳の金額は変わるものの大きな影響はありません。

一方、減損会計基準では、測定される減損損失の金額が多くなり、翌期以降の減価償却費の負担が軽くなるという関係があります。すなわち、固定資産の費用処理総額は変わらないため、減損損失計上後に改めて残存価額と残存耐用年数を見積もった結果(減損指針135項)、残存耐用年数が変わらない場合には、翌期以降の営業費用に計上する減価償却費が小さくなるため、営業利益が増加する結果が予想されます。

このように、どのような割引率を選択するかにより、当期および翌期以降の損益に大きな影響を及ぼします。特に固定資産の減損会計では、割引率にリスクを織り込むため、経営者の意図や見積りが大きく入ることから、より細心の注意を払って合理的な見積りを行うよう留意する必要があるものと考えます。

図表5 割引率を高くした場合の影響

  当期利益 翌期以降の利益
退職給付会計
資産除去債務
減損会計

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