公認会計士 小野坂 賢二
Q.
上場会社である当社が、会計監査人設置会社でない非上場の株式会社を株式取得により買収することを計画しています。会計・開示に関する監査上の留意事項について教えてください。
A.
本件の買収子会社においては、税務申告を念頭に置いた会計処理で財務諸表が作成されている可能性があります。また、会計処理だけでなく開示上の管理体制が上場会社と比較して十分に整備されていないことが懸念されます。子会社を買収する場合の留意点を、1.買収子会社の個別財務諸表上の留意点2.連結財務諸表上の留意点3.開示上の留意点の三つの観点から確認したいと思います。
1. 買収子会社の個別財務諸表上の留意点
表1 全体像
論点 | 主な関連する会計基準 |
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(1)適用されている会計基準の網羅性 | a. 税効果会計に係る会計基準 b. 退職給付に係る会計基準 c. 固定資産の減損に係る会計基準 |
(2)上記会計基準の適用に当たっての留意点 | a. 事業計画の作成が必要となる場合
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(3)会計処理の統一 |
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(1)適用されている会計基準の網羅性
本件の場合、上場会社や会計監査人設置会社に対して求められている会計基準を網羅的に適用して財務諸表を作成する必要がありますが、以下の見積りを伴う会計基準の適用が十分でないケースが見受けられます。
a 税効果会計(税効果会計に係る会計基準)
b 引当金の計上(退職給付に係る会計基準)
c 固定資産の減損会計(固定資産の減損に係る会計基準)
(2)上記会計基準の適用に当たっての留意点
a. 事業計画の作成が必要となる場合
税効果会計における繰延税金資産の回収可能性の検討に際しては「将来の課税所得の見積り」を、固定資産の減損会計における減損の認識に際しては、「割引前将来キャッシュ・フロー」を、減損の測定に際しては、「使用価値」を、それぞれ実行可能性のある事業計画等に基づいて算定する必要があります。しかし、非上場の会社では、事業計画を従業員のモチベーションを上げることを最大の目的として作成されたため、会社の現状の収益力に即していないことや、単なる目標予算としてしか作成されていない可能性があります。
今後は単なる目標予算という観点だけでなく、会計処理の根拠となることを意識して実行可能性の高い事業計画を作成することが求められます。
b. 金額の算定を外部機関に依頼する場合
これまでの決算業務は社内で完結できたと思われますが、上記会計基準を適用するに際しては、必要な金額の算定を外部機関に依頼する場合があります。
まず、引当金のうち、貸倒引当金や賞与引当金に関しては、企業会計原則 注解18に準拠して当期の負担所要金額を計上することに加えて特段留意する点は見受けられませんが、退職給付引当金の計上に際しては次のような留意点があります。原則法における退職給付債務の金額を算定する場合には、通常、その算定を信託銀行や生命保険会社等の外部機関に依頼します。平成24年改正退職給付会計基準では、従来の実務上広く用いられていた、従業員の平均残存勤務期間に応じた残存期間をもつ債券の利回りを割引率とする方法が認められなくなり、退職給付支払ごとの支払見込期間を反映した割引率を用いる必要があります。この割引率には、例えば、退職給付の支払見込期間及び支払見込期間ごとの金額を反映した単一の加重平均割引率を使用する方法や、退職給付の支払見込期間ごとに設定された複数の割引率を使用する方法が含まれます(「退職給付に関する会計基準の適用指針24項」)。なお、上記改正退職給付会計基準は平成26年4月1日開始事業年度の期首より適用され、今後、外部機関の役割の重要性が増すことになります。
次に、固定資産の減損会計の適用に際して、将来の用途が定まっていない遊休資産を保有している場合の留意点です。当該遊休資産の回収可能価額を算定することになりますが、通常は不動産鑑定士に不動産鑑定評価を依頼することになります(固定資産の減損に係る会計基準の適用指針28項)。遊休資産は来期以降も遊休状態であることが想定されますが、決算期ごとに不動産鑑定評価を新たに入手するのではなく、実務上は、一度入手した過去の不動産鑑定評価をもとに、大きな状況変化がないことを前提に、過去の評価した時点から修正を行って算定する対応も考えられます。
c. 会計上の見積りに過不足が生じた場合
会計上の見積りに基づいて計上した金額について、見積もりの変更を行った場合、その影響は当期以降の財務諸表において認識することとし遡及適用はしません。しかし、見積もりの変更が計上時の見積り誤りに起因する場合には「過去の誤謬」に該当し、重要性に応じて過去の財務諸表を訂正することが必要となります。
(3)会計処理の統一
子会社買収時には、上記のように個別財務諸表における会計基準適用の網羅性の見直しが必要です。さらに、親子会社間で採用する会計処理については、同一環境下の同一性質の取引等については、原則として統一することが求められているため(連結財務諸表に関する会計基準17項)、採用している会計処理の親子会社間の統一を図る必要があるかどうかについても検討をする必要があります。
2. 連結財務諸表上の留意点
表2 全体像
論点 | 主な関連する会計基準等 |
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(1)連結の範囲の検討 |
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(2)のれんの会計処理 |
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(3)固定資産減損会計への影響 |
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(4)内部統制監査への影響 |
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(5)連結子会社の決算日が連結決算日と異なる場合 |
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(1)連結の範囲の検討
買収子会社の個別財務諸表に適用される会計基準の網羅性が確保されたら、次に連結の範囲の検討を行います。原則として全ての子会社を連結の範囲に含めますが(連結財務諸表に関する会計基準13項)、重要性の乏しい子会社については連結の範囲に含めないことができるため(同注解3)、買収子会社について連結の範囲に含めるか除外するかが問題となります。
量的重要性の判断において、「連結の範囲及び持分法の適用範囲に関する重要性の原則の適用等に係る監査上の取扱い」では、「資産基準」「売上高基準」「利益基準」及び「利益剰余金基準」が例示されていますが、具体的な数値基準は明記されていません。 平成14年7月3日に改正された「同取扱い」から削除された「3%ないし5%」の量的重要性の判断基準は、「広く実務に定着したとの理由から、削除されている。だが、その趣旨は従来と変わらない」とされています(経営財務平成14年7月15日 第2582号参考)。
(2)のれんの会計処理
子会社株式の取得をした場合、当該株式の取得原価を子会社の識別可能な資産負債に対し時価を基礎として配分し、取得原価が配分金額の純額を超過すればのれんが計上され、下回れば負ののれんが計上されます(企業結合に関する会計基準30項、31項)。 のれんは、20年以内のその効果の及ぶ期間にわたって定額法等の方法により規則的な償却を、他方負ののれんは、発生事業年度に利益として計上することになります(同基準32、33項)。
のれんの償却額は償却期間の影響を受けますが、償却期間については、基準上「その効果の及ぶ期間」とされており、その算定には主観を伴います。実務上の対応として「企業結合の対価の算定の基礎とした投資の合理的な回収期間を参考とする」ことが例示されていますが、償却期間の説明は慎重な対応が求められます。
のれんの償却額は連結財務諸表に固有の損益であり、連結各社の個別財務諸表の利益を合計した金額と連結財務諸表の利益の金額には差異が生じます。連結業績見込の算定上は注意が必要です。
(3)固定資産減損会計への影響
連結財務諸表において、管理会計上の区分や投資の意思決定を行う際の単位の設定等が複数の連結会社を対象に行われており、独立したキャッシュ・フローを生み出す最小単位が個別財務諸表上の取扱いと異なる場合、個別財務諸表上の資産グループを連結の見地から見直す必要があります(固定資産の減損に係る会計基準の適用指針10項)。
新規の連結子会社が生じた場合は、連結の見地からの資産のグルーピングの検討を失念することなく検討する必要があります。
(4)内部統制監査への影響
a. 評価範囲の検討
業務プロセスに係る内部統制の評価対象となる「重要な事業拠点」の範囲は、連結売上高を基礎として判断されますが、連結子会社の増加に伴い、連結売上高が増加する場合は、「重要な事業拠点」の範囲の充分十分性を見直す必要があります(財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準Ⅱ2(2))。
b. 内部統制報告書への影響
連結子会社が「重要な事業拠点」に選定されても、下期に子会社株式を取得したこと等の理由により、内部統制の評価作業が内部統制報告書の作成日までに完了しない場合が実務上は考えられます。この場合、「やむを得ない事情」による評価範囲の制約となり、当該事実が財務報告の信頼性に重要な影響を及ぼさない場合には、内部統制報告書上は評価範囲の限定の開示した上で、内部統制の有効性を評価することができるとされ、実務への配慮がなされております。しかし、「評価を実施できないことが財務報告の信頼性に重要な影響を及ぼす場合には、内部統制の評価結果は表明できない」ことになることに留意が必要です(同基準Ⅱ3(6))。
(5)連結子会社の決算日が連結決算日と異なる場合
a. 連結決算への影響
当該連結子会社は原則として連結決算日に仮決算を行う必要がありますが、当該差異が3カ月を超えない場合には、子会社決算を基礎として連結決算を行うことができます(連結財務諸表に関する会計基準16項及び同注解4)。最近では連結子会社が決算日を変更して連結決算日と一致させているケースが見受けられます。これは連結納税及び国際会計基準(IFRS)の導入に当たって、決算日が異なる子会社は、親会社の決算日に合わせて決算を組むことが求められていることが背景にあります。
b. 内部統制への影響
本件の連結子会社の内部統制の有効性の評価について、一定の場合を除き連結子会社の決算日における内部統制の評価を基礎として行うことができます(内部統制府令5条3項)。この点、aが原則として仮決算を行って連結子会社の決算日の差異を調整することを求めている点と取扱いが異なります。
3. 開示上の留意点
表3 全体像
論点 | 主な関連する会計基準等 |
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(1)会社買収の事実の開示 |
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(2)関連当事者の開示 |
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(3)その他開示事項 |
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(1)会社買収の事実の開示
会社買収の状況に応じて下記のように対応が異なります。
決算日後、監査報告書日までに会社を買収した場合は、「株式取得による会社等の重要な買収」(後発事象に関する監査上の取扱い5(3)Ⅰ4)に該当すれば、後発事象として開示し、さらに、「重要な連結範囲の変更」(同5(3)Ⅱ)を伴う場合は、連結固有の後発事象として開示することになります。
連結会計期間において行われた会社買収が「企業結合に係る重要な取引」に該当する場合には、企業結合等関係注記にその概要を開示することになります。(企業結合に関する会計基準49項)。さらに買収子会社の売上高、仕入高、純資産及び資本金の親会社に対する規模が一定以上の場合、特定子会社に該当し、臨時報告書の提出が必要となります(企業内容等の開示に関する内閣府令第19条 2項3号)。この場合、以前から子会社である会社が増資等により特定子会社に該当した場合は、臨時報告書の提出は求められていない点留意が必要です。
(2)関連当事者の開示
会社と関連当事者との取引は、「対等な立場で行われているとは限らない」(関連当事者の開示に関する会計基準2項)取引であり、会社に不利益を与える可能性のあるため、当該取引の情報を正しく収集できる体制を構築することは、財務報告の適正開示の観点だけでなく、コーポレートガバナンスの観点からも重要です。会社から親会社役員への多額の融資が行われた事例が報道されており、その重要性は高まってきています。
しかし通常の場合、本件のような買収子会社では、関連当事者との取引の情報収集は行われておらず、さらに連結範囲に含まれることで一度に関連当事者の範囲が広がることが想定されるので、その適切な運用を図るには、関連当事者との取引を漏れなく収集するための「チェックリスト」等のツールの提供など親会社から買収子会社に対するサポートが必要となります。
(3)その他開示事項
a. キャッシュ・フロー計算書
- 子会社株式の取得による支出は「投資活動によるキャッシュ・フロー」に開示(連結財務諸表規則89条)
- 株式の取得により新たに連結子会社となった場合の当該会社の資産及び負債の主な内訳の注記(連結財務諸表規則90条)
b. セグメント情報
- 連結子会社の取得によって連結グループのセグメントの区分方法が変更されるような大きな影響がある場合、「報告セグメント」区分の検討(セグメント情報等の開示に関する会計基準88項 、連結財規様式1号記載上の注意7(2))
- 「その他」の区分に一括されていたある事業セグメントの「報告セグメント」への別掲開示の検討(同16項、同記載上の注意7(1))