リスク情報から読み取れる企業の強み

2014年7月31日
カテゴリー 経理実務最前線

公認会計士 山岸 聡

Q. 

有価証券報告書で開示されるリスク情報には、投資家の投資判断に影響を及ぼす可能性のある重要な事項が記載されていますが、経営者の目線から、その読み方と分析の方法について教えてください。

A.

経営者にとってリスク情報とは、ネガティブなイメージがあり、弱みを知られることにもなるなどの認識から記載について消極的であると推測します。しかし、当該リスクを克服できた途端、それまでの弱みを強みに変えることができるという考え方はないでしょうか。むしろ積極的に開示して宣伝効果を狙うという経営者の主張があってもおかしくないと思います。開示が義務付けられてから最近までの時代の流れに沿いながらリスク情報の性格を検討してみたいと思います。

1. リスク情報

リスク情報とは、有価証券報告書の第一部企業情報 第2事業の状況の中の、4.事業等のリスクのことで、2004年3月期の有価証券報告書から記載が義務付けられたものです。企業内容等の開示に関する内閣府令(以下、「開示府令」)では、事業等のリスクに関する記載上の注意として、事業の状況、経理の状況等に関する事項のうち、投資者の判断に重要な影響を及ぼす可能性のある事項を一括して具体的に、分かりやすく、かつ、簡潔に記載することが要求されています。

「開示府令」の記載上の注意で挙げられている項目を実務レベルの目線まで落とし込むと、下記の表のように整理できると思います。

リスク情報で開示される内容

「開示府令」の記載上の注意で
挙げられている項目
具体例
① 財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の異常な変動 保有する資産の時価が著しく下落するリスク
事業の収益性が悪化するリスク
⇒ 有価証券の市場価格の下落や固定資産の使用価値の下落
② 特定の取引先・製品・技術等への依存 特定の地域に生産や販売が集中しているリスク
⇒ 大規模な自然災害で原材料の調達が困難になり、商製品の供給ができなくなるリスク
③ 特有の法的規制・取引慣行・経営方針 事業固有の法令や取引慣行(ルール)が存在するリスク
⇒ 経営者の期待どおりに事業を展開することができない可能性があるリスク
④ 重要な訴訟事件等の発生 損害賠償などの訴訟を起こされるリスク
⑤ 役員・大株主・関係会社等に関する事項 特定の経営陣に依存する度合いが高いという人材リスク
⇒ 2.以降で検討してみたいと思います。

2. 経営者の交代をリスク情報に開示している企業

2011年10月にアップルのスティーブ・ジョブズ氏が亡くなられた際にクローズアップされた記憶がありますが、この時、後継者の問題がまさに経営者の交代リスクとして注目されたのだと思われます。わが国においても、カリスマ経営者の存在を背景に、リスク情報に特定の個人名を挙げて代表者への依存を明記している企業があります。この時期に経営者の交代をリスク情報で開示していた企業には以下のようなものがあります(2014年3月時点でも開示あり)。

ソフトバンク(株) 孫正義氏

「経営陣について・・・当社グループ代表である孫正義に不測の事態が発生した場合、当社グループの事業展開に支障が生じる可能性があります。」

(株)ファーストリテイリング 柳井正氏

「経営人材リスク・・・代表取締役会長兼社長柳井正をはじめとするグループ企業経営陣は、各担当業務分野において、重要な役割を果たしております。これら役員が業務執行できなくなった場合、当社の業績に悪影響を及ぼす可能性があります。」

これら以外にも、特定の経営者に依存している事実と個人名を挙げ、当該個人が離脱した場合に業績に影響を及ぼす可能性がある旨を開示しているリスク情報が散見されます。上記の2社以外に、直近の有価証券報告書の事業等のリスクを対象に調査したところ、グリー(株)、(株)ネクスト、(株)ゴールドクレスト、(株)新生銀行、エイベックス・グループ・ホールディングス(株)、イオン(株)、SBIホールディングス(株)、その他の企業で、個人名を挙げ代表者へ依存している旨を記載していました。

企業が存続する限り、経営者は必ず交代する運命にあります。つまり、後継者をいかに育てるかという課題が経営者の交代リスクの意味する内容ですが、見方を変えれば、カリスマ経営者に頼ることなくても、企業運営できることが認知されればそれが企業の強みに変わるという考え方があると思います。

結論

  1. リスク情報で開示した内容も、当該リスクが顕在化しなければ業績悪化などの影響はないと考えることができます。
  2. 経営者の交代リスクを開示している企業でも、経営者が存在する限り企業の成長が期待できると分析することも可能だと考えられます。
  3. 消極的に開示してきたリスク情報も、当該リスク=課題を克服したことが、これまでの弱みが強みとして認知されるきっかけになり得ると考えられます。

3. リスク情報の記載をめぐる監査の現場での経営者と会計士のやりとり

リスク情報の開示は、「コーポレート・ガバナンスに関する情報」及び「経営者による財務・経営成績の分析」とともに、企業情報開示の充実を図る目的から導入されたものです。2004年の導入当初はそのネーミングからネガティブなイメージが先行したため、あまり積極的に記載する趣ではなかったように記憶しています。

しかし、その後2008年9月に米国の投資銀行であるリーマン・ブラザーズの破綻を契機にした金融危機、その後の不況からさまざまなリスクを企業が認識したことと、2009年3月期から導入された内部統制報告制度の中で事業リスクから発生する虚偽記載リスクの可能性を評価する作業を一斉に行ったことなどから、その後の監査の現場では他社の動向も踏まえ、多くのリスク情報を開示する方向で経営者の方々とディスカッションしているのが最近の傾向かと思われます。

この結果、記載内容が多様化し、先ほどの、ソフトバンク(株)では4.事業等のリスクの記載に(1)経済情勢について、(2)技術・ビジネスモデルへの対応についてなどから、(19)行政処分などについてまで、19項目のリスクを開示しています。(株)ファーストリテイリングでは、経営戦略遂行上の固有リスクとして企業買収リスクから為替リスクまで6項目、一般事業リスクとして6項目のリスクを開示しています。

4. 有価証券報告書に記載する可能性のあるリスク情報とその性格

(1)継続企業の前提に関する注記との関係

売上高の著しい減少や営業キャッシュ・フローがマイナスになるなど、継続企業の前提に重要な疑義を生じさせるような事象・状況が存在する場合で、当該事象・状況を解消・改善させる対応を講じても重要な不確実性が認められる際は、継続企業の前提の注記を行うことになります。
この場合、事業等のリスクにおいても、将来にわたって事業活動を継続することの前提に重要な疑義を生じさせるような事象・状況又は経営に重要な影響を及ぼす事象が存在する場合はその旨と内容を示すことになるだけでなく、財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析、いわゆるMD&Aの記載でも、事業等のリスクで重要事象等が存在する旨及びその内容を記載した場合には、当該事象等についての分析・検討内容及び当該重要事象を解消し、又は改善するための対応策を具体的に記載することに留意します。
経営者にとって、リスク情報がネガティブな情報開示にイメージされてきた背景には、上記のような継続企業の前提の注記と関連付けた記載が求められていたことがその原因の一つであると考えられます。

有価証券報告書 第一部 企業情報の構成

(2)特定の地域で生産・販売活動が集中しているリスク

規模の大きい自然災害が国内や海外に発生すると、生産活動がストップするという事態が考えられます。さらに長期間災害の影響が続きますと、生産活動が特定の地域に依存しているリスクや、特定のサプライヤーに依存しているリスクを開示する検討が必要になります。
また、特定の地域における政治・経済情勢、法制度に大きな変動が生じた場合、製商品の供給体制に影響が及ぶことが考えられます。
最近、海外企業をM&Aで取得して生産活動を展開する動きが見受けられますが、海外における事業や投資に関するリスクをカントリーリスクと位置付けた開示も考えられると思います。当該国や地域における政治・社会情勢・法規制・景気の変動などさまざまなリスクを総称してカントリーリスクとして捉えています。
さらに、特定の地域で生産・販売活動が集中しているリスクはセグメント情報における関連情報との整合性を確保しておくことも重要かと思われます。セグメント情報における地域ごとの情報では、本邦以外の有形固定資産のうち、一国に所在している有形固定資産の金額が連結貸借対照表の10%以上を占める場合は当該国に区分した金額を開示し、外部顧客への売上高のうち、特定の顧客への売上高が連結損益計算書の10%を以上の場合は当該顧客の名称等を開示する扱いになっています。

セグメント情報 関連情報

地域ごとの情報
有形固定資産

日本 タイ その他 合計
15 75 10 100

 ⇒ タイに有形固定資産(=生産設備等)が集中していることが明らかです。

 

主要な顧客ごとの情報

顧客の名称又は氏名 売上高 関連するセグメント名
○○○ ○○○ ○○○

 ⇒ 販売先が特定の顧客に集中していることが明らかです。

5. まとめ

リスク情報の開示をめぐる論点としては、インフレ・デフレ、為替相場、企業再編、自然災害などが挙げられると思います。しかし、これらは見方を変えると、これらを克服した時に強みと捉えることができる事柄でもあります。影響を及ぼす可能性のあるリスクがなくなれば、さらなる成長が見込めると考えられるからです。経済情勢の変化に応じて多様なリスクを取り上げ認識・開示し、なくなれば記載を取りやめるという対応を行えば、「リスク情報だけを見ればどこの企業のリスク情報かが分かるほど投資家から理解される企業」として認識され、宣伝効果にもなるかと考えます。

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