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株主代表訴訟における監査役の役割

2018年9月28日 PDF
カテゴリー 特別寄稿

情報センサー2018年10月号 特別寄稿

獨協大学 法学部教授 高橋 均

一橋大学大学院博士後期課程修了。博士(経営法)。新日本製鐵(株)(現、新日鐵住金(株))監査役事務局部長、(社)日本監査役協会常務理事、獨協大学法科大学院教授を経て、現職。専門は、商法・会社法、金商法、企業法務。近著として、『実務の視点から考える会社法』中央経済社(2017年)、『グループ会社リスク管理の法務(第3版)』中央経済社(2018年)、『監査役監査の実務と対応(第6版)』同文舘出版(2018年)等。

Ⅰ はじめに

株主代表訴訟が提起され、会社役員※1(株主代表訴訟の対象となる役員は取締役が多いことから、以下、「取締役」)に対して多額の損害賠償の支払義務が認容された判決の報道がされることがあります。株主代表訴訟とは、ある株主が全株主を代表する形で、会社に代わって取締役の責任追及を行う制度です。通常は、会社の不祥事が大きく報道され、その不祥事を知ることになった株主が、会社が被った(あるいは被ったであろう)損害に対して、不祥事に関係する取締役に対して損害賠償の支払いを求めて訴訟を提起します。もっとも、株主を代表するといっても、手続的に他の一般株主の同意を必要としているわけではありません。また、「会社に代わって」といっても、必ずしも会社の利益と合致するとは限りません。濫用的と思われる訴訟や一部の株主の思い込みによって訴訟が提起される場合もあります。
監査役の権限は、取締役の職務執行を監査することです(会社法381条1項)。監査役は、将来の不祥事につながると思われるリスクに対しては、監査を通じて、取締役をはじめ各事業部門に対して適時・適切に監査意見を述べたり注意喚起をすることにより、不祥事防止の役割を果たします。仮に、監査役が取締役の不正行為もしくは法令・定款違反の事実やそのおそれがあると認めたときには、取締役(会)に報告する義務があります(会社法382条)。監査役がコーポレートガバナンスの一翼を担っているといわれる所以です。
株主代表訴訟制度においては、法的には、監査役が主体的に対応する必要があります。取締役による不祥事は、本来、監査役監査と直接的な関わりがあるからです。そこで、本稿では、株主代表訴訟制度の規定と株主代表訴訟制度における監査役の役割を再確認した上で、監査役としての実務とその留意点について解説します。

Ⅱ 株主代表訴訟制度

1. 取締役の対会社責任

取締役は会社と委任関係にある(会社法330条)ことから、会社に対して善管注意義務を負うことになります(民法644条)。従って、取締役がその任務を怠ったときは、会社に対してこれによって生じた損害賠償の支払義務が生じます(会社法423条1項)。「任務を怠った」とは、個別の法令・定款違反にとどまらず、経営の失敗により会社に多大な損害を及ぼし、善管注意義務違反に問われる場合も含みます。もっとも、会社経営はリスクを取りつつ利益を上げる側面もあります。取締役には経営上の裁量があることから、判断の前提となる事実に不注意な誤りがなく、かつ判断の過程や内容に著しく不合理な点がなければ、経営判断原則が適用となり、善管注意義務違反とはならないとの考え方が判例・学説ともに確立しています。
本来、会社に対して善管注意義務を果たすべき取締役が法令・定款違反を犯したり、独断的に業務執行を進めたことにより会社に損害を及ぼした場合には、会社は、当該取締役に任務懈怠(けたい)があったとして、会社が被った損害額の支払いを直接請求したり、降格・配置転換、報酬・退職慰労金のカットや不支給等により一定の責任を果たさせることが原則となります。
しかし、取締役間の仲間意識や上下関係による特別な感情から、会社として当該取締役の責任追及を適切に行わない可能性も否定できないため、株主が会社に代わって取締役の責任追及を行う必要が生じてきます。会社の損害が放置されたままであると、配当や株価への影響が生じるからです。

2. 株主代表訴訟制度の制度設計

(1) 株主代表訴訟制度の特徴

株主が株主代表訴訟制度を利用して訴訟を提起する権利は、株主による会社経営を監督・是正する目的である共益権に分類されます。共益権の中には、発行済株式総数の3%の議決権を所有している株主による会社役員の解任の訴え提起権(会社法854条1項)、会計帳簿の閲覧・謄写請求権(会社法433条1項)、役員の責任免除に対する異議権(会社法426条7項)があり、10%所有している株主には、会社の解散請求権(会社法833条)等の少数株主権が規定されています。他方、株主代表訴訟は、一株又は一単元株式(単元株式制度を採用している会社の場合)を所有していれば訴訟提起が可能な単独株主権です。すなわち、同じ共益権の中でも株主の訴訟提起のハードルが低いといえます。しかも、訴訟提起のための手数料は、一律13,000円と低額であり、株主の経済的負担が低くなっています(民事訴訟費用等に関する法律4条2項、別表第1の1項)。通常の裁判では、対象となる訴訟金額に応じて訴訟のための手数料が増加することになっていますから、株主代表訴訟では取締役に高額の損害賠償請求の支払いを提起したとしても、株主の経済的負担は軽くて済むことになります。さらに、勝訴した株主は、弁護士報酬のみならず、調査費用等として支出した費用の相当額を会社に請求することが可能です(会社法852条1項)。
また、公開会社の場合は、株式を6カ月継続保有していれば、訴訟提起が可能です※2(会社法847条1項・2項)。このために、取締役の責任原因事実が発生した後に、後追い的に株式を取得して株主代表訴訟を提起することも可能です。このように、わが国の株主代表訴訟制度は、経済面も含めて、株主が訴訟提起を行いやすい制度設計となっています※3。株主代表訴訟制度には不祥事の抑止効果も期待されていること、仮に株主が勝訴したとしても、原告株主には直接的な経済利益が帰属しないという特徴があるからです※4

(2) 株主代表訴訟の手続き

株主代表訴訟は、株主が裁判所に取締役の責任追及のための訴訟提起をする前に、会社に対して提訴請求が必要です。「会社に対して」とは監査役に対してです。なぜならば、会社法上、会社と取締役との間の訴えの提起の際には監査役が会社を代表し(会社法386条1項1号)、株主からの提訴請求の受領も監査役と規定されているからです(同法386条2項1号)。すなわち、取締役の責任を追及しようと考えた株主は、監査役に対して取締役の責任を追及するように書面により提訴請求することが必要です。その上で、監査役は、株主からの提訴請求書面の受領日から60日以内に取締役の責任追及の訴えの提起をするか否かを調査し、取締役の責任追及をしないと判断したときに初めて、当該株主は裁判所に対して、取締役の責任追及の訴えを提起することができます(会社法847条1項・3項)。なお、会社に回復することができない損害が生ずるおそれがある場合には、例外的に株主は直ちに裁判所に対して責任追及の訴えを提起できます(会社法847条5項)。回復することができない損害が生ずるおそれがある場合には、一刻の猶予も許されず、早期に裁判所の判断が必要であると考えているからです。
仮に、監査役が調査した結果、提訴請求対象取締役に法的責任があり、会社の損害と違法行為との間に相当の因果関係が存在すると判断すれば、監査役が会社を代表して、当該取締役の責任追及の訴えの提起を裁判所に対して行います。審理が開始されれば、審理係属中に提訴取下げや和解が行われない限りは判決となります。審理開始後は、基本的に通常の民事裁判と同様です(<図1>参照)。

図1 株主代表訴訟手続きの流れ

Ⅲ 株主代表訴訟における監査役の役割と実務

株主からの提訴請求に対して、監査役は60日間で調査し、結論を出さなければなりません。法務部門や内部監査部門に調査を依頼したり、結論を求めることはできません。執行部門に資料の提出等を要請することはあっても、あくまで監査役の責任の下で、対応する必要があります。監査役としての実務上のポイントは以下の通りです。

1. 提訴請求の段階

(1) 提訴請求受領から調査に向けて

取締役への提訴請求書面は、①監査役に対する書面又は電磁的方法であること②被告となるべき者が明示されていること③請求の趣旨及び請求を特定するのに必要な事実が記載されていることが必要であり(会社法施行規則217条)※5、これらの確認が出発点となります。取締役に対する提訴請求書が代表取締役宛てに通知された場合には、法的要件を満たしていないので放置しても問題ありません。しかし、いずれ株主から問い合わせがあるはずですから、調査のための時間を確保する目的がある案件以外は、当該株主に再度提訴請求書の提出を要請するか、もしくは代表取締役から当該請求書を転送してもらって調査を開始することが考えられます。
なお、従前は提訴請求を行った株主が原告適格者であるか、監査役として確認する必要がありましたが、現在は「社債、株式等の振替に関する法律(振替法)」によって株主自身が株主権を行使できる旨を証明する必要があり(振替法147条4項・154条)、保管振替機構を通じた個別株主通知の手続きが取られることになります。その上で、株主は、個別株主通知の4週間以内に提訴請求書を監査役に提出します。
提訴請求書を受領した監査役は、監査役間の情報の共有・調査体制や調査方針を決定します。その際、①請求株主の属性(一般株主か特殊株主か)②提訴請求書に記載された事実(新たに判明した事実か既成事実か)③調査体制(監査役による社内調査か第三者委員会の設置か)④調査の方針(既存の資料等で充足可能か、詳細な調査が必要か)について、検討した上で決定します。監査役の調査は60日間で実施しなければならないため、この日程と案件の難易度に留意して決めることになります。仮に第三者委員会を設置するとしても、委員のメンバーについて執行部門と意見交換を行った上で、最終的には監査役が主導して決めます。

(2) 具体的な調査の実施

調査に当たっては、株主が提訴請求書面で記載している内容について、事実関係の確認を行います。具体的には、①会社の損害の発生事実の有無②取締役の法令・定款違反行為の有無③当該行為と損害との相当の因果関係の有無です。取締役の法令・定款違反行為とされる場合には、具体的な違法行為の確認も重要となります。例えば、個別・具体的な法令違反ではなく、投融資案件の失敗に対する善管注意義務違反であると株主が主張している場合には、経営判断原則の適用の有無も調査対象となってきます。
なお、第三者委員会が外部の専門家で構成される場合には、会社の顧問弁護士の起用は避けるべきと思われます。監査役は執行部門から法的に独立していますので、取締役を中心とした執行部門と密接な連携を取る顧問弁護士ではない第三者の弁護士を起用する方が、中立的な調査を行ったとの評価となります※6

2. 調査結果のまとめ及び訴訟提起の是非の判断

一連の調査を終えた段階で、調査の方法や結果を書面で作成します。第三者委員会が調査した場合には、委員会としての意見書を受領します。専門家から構成される第三者委員会であったとしても、最終的には、提訴請求対象取締役の提訴の有無については、監査役(会)が決定しなければなりません。意見書はあくまで最終決定のための参考という位置付けです。
取締役に法的責任があるとの結論に至れば、監査役が会社を代表して、訴訟代理人弁護士を起用して当該取締役を提訴する準備に取り掛かることになります。他方、提訴をしないと判断したならば、不提訴理由通知書の作成を行います※7。法的には、当事者である株主又は取締役から請求があった場合に、不提訴理由通知書を作成・送付することになっていますが、当事者はまず間違いなく請求をしてきますので、予め不提訴理由通知書の作成をしておきます。
不提訴理由通知書の記載内容は、①調査の内容(判断の基礎資料を含む)②取締役の責任・義務の有無の判断及びその理由③責任等があると判断したにもかかわらず、提訴しないときの理由です。①の調査の内容としては、調査資料の標目でも足りるとされています※8。また、事件・事故に対して、当該取締役の責任があるとして社内での懲戒処分を行っている場合には、その内容の概要を記載することになります。例えば、報酬のカットや不支給により、会社の損害額相当分につき補てんする処罰を行っていれば、すでに会社の損害は回復されていることになりますから、株主にとっては提訴する法的根拠が無くなっていることになります。なお、不提訴理由通知書は、監査役の調査期間終了後、遅滞なく当事者に通知することになっています。
不提訴理由通知書の記載の程度は、極めて政策的な判断を要します。不提訴理由通知書を受領した株主がその内容に納得すれば訴訟提起に至りませんが、不提訴理由通知書の内容にかかわらず提訴に及ぶ事例が圧倒的に多いことから、詳細な不提訴理由通知書の記載は、その後の会社としての訴訟戦略上、大きな影響を及ぼすことになります。監査役が当該取締役を不提訴とする決定をした時点で、会社側と取締役との利害が一致していることになりますから、詳細な不提訴理由通知書の記載は、原告株主に新たな情報提供を意味し、その後の裁判の審理において、取締役ひいては会社にとって不利となる可能性もあります。従って、監査役は、不提訴に係る法的判断はもとより、記載の程度についても注意を払う必要があります。案件によっては、法律の専門家に見てもらうことも必要と思われます。

3. 株主による提訴

監査役が不提訴理由通知書を発出した後は、法務部門が実務の中心となります。取締役の責任追及を行う株主は、会社に対してその旨の通知をしてきますので、会社からその他の株主に公告するととともに、会社が原告となって取締役に対する訴訟提起を行う案件以外は、裁判所の審理が開始後、会社が当該取締役に訴訟の補助参加をするのが一般的です。補助参加の際には、各監査役の同意が必要です(会社法849条3項)。

Ⅳ おわりに

監査役は、取締役の職務執行の監査が職責ですので、株主代表訴訟制度における60日間の調査は、監査役が提訴請求対象取締役に法令・定款違反が存在しなかったか再確認する意味があります。このためにも、株主代表訴訟の提起に至らないように、日常の監査業務を通じて、違法行為やそのおそれがあるときは、適宜・適切に指摘したり、取締役(会)に報告する職務の遂行が大切です。仮に、それ相当の事件・事故が発生した場合には、取締役の責任の有無について、あらかじめ整理・判断が行われていれば、その後株主からの提訴請求が行われたとしても、監査役はその結果をレビューすることで足りますので、特に慌てることはありません。不祥事が報道される前に、執行部門が社内調査や第三者委員会設置による調査を行うときには、監査役もメンバーとして参画するなど、積極的な関わりを持つことが重要となります。

※1 株主代表訴訟の対象者は、役員である取締役・監査役・会計参与(会社法329条1項)に加えて、執行役及び会計監査人である(会社法423条1項)。

※2 全ての株式が譲渡制限となっている譲渡制限会社の場合は、継続株式保有要件はない。

※3 例えば、米国では、株主が他の株主を適切に代表し、かつ株主代表訴訟提起時に既に株主であること(連邦民事訴訟規則23.1条)、訴訟委員会の判断を裁判所が尊重するなどの濫用的訴訟提起を防止する制度設計となっている。

※4 わが国の株主代表訴訟制度は、米国の制度を真似て昭和25年の商法改正時に導入されたが、株主にとって経済的メリットを享受できないために、実際には4年に1件程度の割合でしか活用がなかった。このために、平成5年の商法改正において、提訴株主の経済上の負担を軽減することにした結果、平成10年には、年間200件を超えるまで急増し、高額な損害賠償請求も散見されてきた。

※5 提訴請求書には、請求原因事実が漏らさず記載されている必要はなく、いかなる事実・事項について責任追及が行われているか判断する程度に特定されれば足りるとした裁判例がある。「日本航空電子工業事件」(東京地判平成8年6月20日 金融・商事判例1000号 39ページ)

※6 調査については、監査役にとっても善管注意義務が問題となりうることに注意が必要である。監査委員の調査状況に関して争われた裁判例として、「東芝労務費過大請求事件」(東京高判平成28年12月7日 金融・商事判例1510号 47ページ)がある。

※7 不提訴理由通知書制度は、平成17年会社法で規定された制度であり、監査役の役割を高めるとの評価がなされている。(江頭憲治郎「新会社法による不提訴理由書制度の導入」月刊監査役501号 3ページ、2005年)

※8 相澤哲編著『立案担当者による新会社法関係法務省令の解説』(別冊商事法務300号 41ページ~42ページ、2006年)

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