2024年に予想される地政学的動向トップ10

2024年に予想される地政学的動向トップ10


2024年は世界各国で選挙が相次ぐ「選挙イヤー」となるため、地政学的な混迷が深まるとみられます。企業は競争上の優位性を維持・確保できるよう、地政学的環境に合わせて企業戦略を再考する必要があります。


要点

  • 2024年は、人工知能(AI)と海洋をめぐり、地政学的な競争の激化や活発的な規制動向が、新たな課題として注目を集めるとみられる。
  • この新たな時代を勝ち抜くために、企業は、ビジネスモデルや戦略、サプライチェーン、サステナビリティプランなどを地政学的情勢に応じて再考していくことが不可欠である。
  • EYの地政学戦略グループ(Geostrategic Business Group、GBG)は今般、2024 Geostrategic Outlook(2024年度の地政学的戦略見通し)を公表し、今後1年間の地政学的情勢が事業に及ぼし得る影響について詳しい分析結果を解説している。

2024年は地政学的情勢の変動が激しくなり、不安定化が進むことが予想されます。2024 Geostrategic Outlook(2024年度の地政学的戦略見通し、PDF)の詳細に入る前に、まず2023年を振り返ってみましょう。2023 Geostrategic Outlookで示された予測は、どの程度現実に符合していたのでしょうか。

2023年もまた、極めて異例と言えるほどの数々な地政学的事象やトレンドの深化に企業が振り回された1年となりました。地政学的動向の多くは、おおむね、EYの予想通りの展開を見せました。例えば、2023 Geostrategic Outlookで提示した包括的テーマの1つである「ボラティリティの定着」は、地政学的緊張と政府の経済介入が続きつつも、高いレベルで安定感が一定に保たれているという複雑な状況を的確に表現したと言えます。しかし、第4四半期に入ると再び地政学的緊張が世界的に高まりました。特に、2023年の地政学的動向トップ10に含まれていなかった中東地域でそうした動向が顕著になりました。

2023 Geostrategic Outlookで示したもう1つの包括的テーマである「政策のトレードオフ」も、各国政府が難しいかじ取りを多方面で対処しなければいけないものとなりました。中でも、エネルギー安全保障とそれに伴うサステナビリティ上の課題対処との両立は最も重要であり、依然としてダイナミックな政策が求められています。気候政策についても、多くの政府にとって最重要課題の1つであることは現在も変わりなく、2023年にアラブ首長国連邦で開催された国連気候変動枠組条約締約国会議(COP28)では歴史的合意にまで至りました。そうした中、各国の中央銀行と財政政策当局は、インフレと景気後退のパラドックスに対し、予想以上に適切な対処をしました。さらに、生成人工知能(AI)の普及のスピードやAI規制のあり方が主要議題の1つに急浮上したことも予想の域を超えたものとなりました。

概して、2023 Geostrategic Outlookで提示したテーマや動向の多くが2024年も続いていくものと思われます。

2024 Geostrategic Outlook全文をダウンロードする

多極分散化する世界でかじを取る

2024年の地政学的環境の方向性を決定付けるテーマの1つとして、「多極分散型への移行」が挙げられます。影響力を持つ多くのプレーヤーによってグローバルシステムがより複雑化され、とりわけ、欧州連合(EU)、米国、中国などの大国は、国際的な動向を形作る存在であり続けるでしょう。世界のパワーバランスを左右し得るスイングステート(地政学的動向を左右する国・地域)と称される、インド、サウジアラビア、トルコ、南アフリカ、ブラジルなどは、特定の大国や経済圏と密接な関係を構築していないものの、国際的なアジェンダに大きな影響力を及ぼす存在となっていくと考えられます。


さらに、比較的小規模な国や非国家によるイデオロギー・思想の再考や、世界的な潮流の再編成、加えて地政学的に多元化した世界の一角をなす機会も訪れるでしょう。ウクライナ情勢を含み、すでに世界の複数の地域で激化している地政学的紛争は序章に過ぎないのかもしれません。
 

グローバルサプライチェーンのデリスキング

2024年の地政学的戦略を決定付ける2つ目のテーマは「デリスキング(リスク低減)」です。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックやウクライナ情勢により、国家間のグローバルな相互依存の現実や、ジャストインタイム生産方式によるグローバルサプライチェーンの強靭化(レジリエンス)に関する課題が浮き彫りになりました。特に、生産拠点が少数の市場に集中している場合、そうした課題は一層顕著に表れました。


各国政府の間では、再び産業政策を積極的に推し進め、それら産業政策方針に依拠する形での対応が広がっています。こうした背景には、重要製品の国産化の拡大・促進という狙いがあります。一部の市場では、すでに産業政策自体に地政学的競争の要素を盛り込んでおり、今後、経済政策と外交・国家安全保障政策の関連性は一層強まることが予想されます。


各国による相次ぐAIのイノベーションと規制の法整備

2023年はAIの驚異的な進歩に盛り上がりを見せた1年となりました。2024年はその勢いを基に、AIの地政学がますます重要になると考えられます。各国政府は、社会政治的リスクの低減に向けて、相次いでAI規制の法整備に乗り出すでしょう。また並行して、地政学上の優位性を確保するために、国独自のAIイノベーションの推進にも力を入れていくでしょう。こうした動向は、AIが米中関係を左右する中心的なダイナミクスとなり得ることを示唆しています。2024年は、各国が相次いでAIのイノベーションとAIの規制の法整備という2つの取り組みを並行して推進し、地政学的ブロック化がこれまで以上に加速すると予想されます。



地政学的な重要性を帯びる海洋

2024年はまた、海洋地政学の観点からも例年とは異なるいくつかの重要な事象が見込まれます。とりわけ、現在のグローバルな時代の潮流において、海洋地政学への注目度は一層高まるでしょう。地球上の生物の94%が海洋に生息していますが、こうした海洋生物は経済や国家安全保障上ますます重要な資源となっています。驚くべきことに、世界の商品貿易の90%に及ぶ物品が海上ルートで輸送されていますが、最も往来が盛んな海上輸送ルートの多くが地政学的混乱のリスクにさらされています。また、脱炭素に向けたエネルギー転換に不可欠なクリティカルミネラル(重要鉱物)の供給量の少なくとも3分の1は、深海から採掘する必要があると予測されています。こうした状況を受け、企業はサプライチェーン戦略やサステナビリティ戦略の策定にあたり、海洋地政学についても考慮することが必要になるでしょう。


各国の選挙がめじろ押しの選挙イヤー

2024年は、世界的な選挙イヤーとなります。選挙が実施される国・地域の人口とGDPはそれぞれ、世界全体の約54%と約60%を占めると予想されるため、短期・中期的に、規制や政策面で不確実性が生じる可能性があります。また、一部の国・地域、特に米国や欧州諸国の選挙戦では、世界のビジネス環境を根本的に左右し得る国際関係や経済政策に対するビジョンが対立しており、将来、こうした選挙戦を振り返り、過去数十年で最も重大な影響をもたらした選挙だったと思い起こすことになるかもしれません。

 

2024年の地政学的見通し

足元の世界情勢を踏まえると、今後1年間の地政学的見通しは混沌としており、紛争がさらに深刻化するリスクが高いです。明らかなことは、地政学的観点から世界の多元化がすでに進んでいるということです。国家間による同盟組成の動きと対立が入り交じり、2国間や地域間、その他さまざまな形態の組織的な結び付きも相互に重なり合って存在しています。2024年は、こうした動的状況だけでなく、近年まれにみるほど多くの国々が選挙を控えていることから、下振れ・上振れリスク双方において予想を超える地政学的事象が発生する可能性が高いと思われます。


上記に挙げたAIと海洋をめぐる地政学的動向は、2024 Geostrategic Outlookの地政学的動向トップ10のうちの2つに過ぎません。EYの地政学戦略グループは、この2つの動向がセクターや地域を問わず、2024年において企業に重大な影響を与える可能性が非常に高いと判断し、同トップ10リストに加えました。こうした動向リストを基に経営幹部が2024年の地政学的混乱を予測し、それらに備えようとする際に、以下の主要テーマを念頭に置く必要があります。1つ目のテーマは「多極分散型への移行」です。異なる経済ブロックや同盟ネットワークの間で競合の激化に伴い、地政学的な勢力の分散化がさらに進むと考えられます。2つ目のテーマは「デリスキング」です。各国は国際的依存度の低減を狙いとする政策を推進しており、単に経済的な考慮にとどまらず、広義に国家安全保障を優先的に考える傾向が見られます。


2024 Geostrategic Outlookで示した今後1年で予想される地政学的動向トップ10は、セクターや国・地域を問わず幅広い企業に影響を与えると考えられます。また、特に短中期的には、トップ10の各動向が特定のセクターやサブセクターに対してより直接的な影響を与える可能性があります。



混迷を生き抜くための3つの行動

多極分散型への移行とデリスキングは、世界中の企業に課題と機会の双方をもたらすことでしょう。2024 Geostrategic Outlookで検討されたそれぞれの動向が、特有な形で企業に影響を与えるでしょう。こうしたリスクを軽減しつつ訪れる機会を活用するには、地政学に基づく的確な行動が重要となります。概括すると、将来悔やむことのないよう企業が取るべき地政学的行動は次の3つです。

1. 地政学上の検討事項をビジネスモデルと戦略に組み込む。

国際システムが根本的に変化しているこの時代では、企業戦略における地政学の重要性がかつてないほど増しています。地政学的動向を企業戦略に効果的に織り込むことが、従来以上に競争上の優位性の維持・確保につながるでしょう。

2. グローバルサプライチェーンのレジリエンスを高める。

多くの企業では、サプライチェーンが地政学的動向の影響を受けます。経営幹部は、地政学的な混乱に対して先見的に備え、レジリエンスを高めるには、自社の事業モデルとサプライチェーン戦略の位置付けをどのように改善すべきか判断する必要があります。

3. サステナビリティ戦略を地政学上の現実に適合させる。

多極分散型への移行とデリスキングは、気候変動・天然資源政策に対する政府のアプローチに影響を及ぼしています。そのため、企業のサステナビリティに関する要求事項、コスト、競争機会、戦略も影響を受けるとみられます。経営幹部は、新たな政策や規制に加えて、そのような政策が将来どのように進展するかを示す兆候をサステナビリティ戦略に組み込む必要があります。




サマリー

グローバルな経営幹部が地政学的混乱を予測し、備えようとする中で、2024年に念頭に置くべき2つの主要テーマは「多極分散型への移行」と「デリスキング」です。3つの重要な行動を実行に移すことで、今後1年間に予想される地政学的動向トップ10に先んじることができます。


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