EY新日本有限責任監査法人 メディア・エンターテインメントセクター
公認会計士 内川 裕介/吉野 緑
1. はじめに
(1) 出版業界のビジネスモデル
出版業界は、雑誌や書籍といった出版物を取り扱う業界であり、出版業界における売上高(書籍・雑誌・コミック)は、2022年時点で1兆6,305億円(出典:公益社団法人全国出版協会・出版科学研究所)となっています。業界の売上高は1996年の2兆6,564億円をピークに減少を続け、特に雑誌市場は、少子高齢化、インターネットやスマートフォンの普及などから、需要が減少してきました。一方で、電子出版の市場規模は近年拡大しており、出版市場全体に占める割合は、2022年時点で約30.7%(出典:同上)と、新型コロナウイルス感染症の収束後も電子コミックを中心にプラス成長を続けています。
(2) 出版業界のビジネスモデル
雑誌や書籍といった出版物は、出版社が制作し、取次と呼ばれる卸会社を通じて、全国の各書店に流通し、一般消費者の手にわたります。
出版業界のビジネスモデル
それぞれのプレーヤーの主な役割は次のとおりとなります。
出版社 | 雑誌や書籍を制作する。 |
---|---|
取次 | 出版社が制作した雑誌や書籍を全国各地の書店へ配本する。 |
書店 | 消費者に対して雑誌や書籍を販売する。 |
出版社は、取次に対して雑誌や書籍の販売を委託することになります。出版業界は、委託販売期間を経過して書店に売れ残った雑誌や書籍は出版社に返品されるという点に特徴があります。
また、出版社の収入は、出版物の販売による収入だけではなく、雑誌の広告収入も重要な収入源となっています。
(3) 電子書籍へのシフト
近年は、スマートフォンなどの普及に伴い、コンテンツの提供は紙媒体に限らないものとなってきています。出版物のデジタル化も進んでおり、電子書籍に重点を置く出版社も増えています。
電子書籍の流通構造も、基本的に紙媒体と同様です。出版社が、電子取次に電子コンテンツを提供し、電子書店が消費者へ電子コンテンツを提供します。紙媒体と異なり、出版社が直接電子書店へ電子コンテンツを提供したり、出版社から消費者へ直接電子コンテンツを提供したりする場合もあり、電子書籍においてはさまざまな流通形態が存在しています。
2. 事業の特徴
出版業界では、出版物について文化的価値が認められているという特徴があります。このような特徴に起因して独特の制度、商慣習が設けられています。
(1) 再販売価格維持制度
出版業界における独特の制度として再販売価格維持制度(以下「再販制度」)があります。再販制度とは、「出版社が書籍・雑誌の定価を決定し、小売書店等で定価販売ができる制度」(出所:一社日本書籍出版協会)をいいます。雑誌・書籍には文化的価値が認められることから、安易な価格競争に陥り、出版物の内容が劣化し稚拙なものとならないよう、必要十分な原価を回収できるように設定された制度です。
しかし、公正取引委員会から再販制度の廃止の要望が度々出されています。現時点では同制度の廃止について世間の同意を得られていないことなどから、当面の間は継続されることとされていますが、今後再販制度が廃止される場合には、出版業界全体の構造に影響が出てくる可能性があります。
(2) 委託販売制度
1. (2)で述べたとおり、出版業界の特徴の一つとして委託販売制度があります。委託販売制度とは、出版社が取次に対して、一定期間販売を委託し、その期間内であれば出版社へ返品することができるという制度です。つまり、売れ残りの雑誌・書籍の在庫リスクは書店ではなく出版社が負うことになります。
この制度も、雑誌・書籍には文化的価値があることから、書店は売れ筋のものだけを取り扱うわけにはいかない、という趣旨のもとで成立しています。このような趣旨から、書店では多品種少量の雑誌・書籍を取り扱う必要があるため、返品を可能とすることで、書店が売れない雑誌や書籍は仕入れない、ということがないようにするための制度となっています。
委託販売制度は日本独特の制度であり、世界的には書店が取次を通さず出版社から直接雑誌・書籍を仕入れるという買い切り制度が主流となっています。買い切り制度では委託販売制度のような返品は前提となっておらず、書店が在庫リスクを抱えることになります。近年、国内でも買い切り制度を試験的に導入する書店が増えてきています。
また、物流コストの削減や注文からのリードタイムの短縮を図ることを目的として、取次を介さずに出版社と直接取引をする書店も増えています。
3. 印税について
印税とは、著作物を複製して販売等する者が、発行部数や販売部数に応じて著作権者に支払う著作権使用料であり、出版社が出版物を販売する際には著作者への印税が発生します。
印税の額は再販価格×部数×印税率で計算されます。
部数には「発行(刷り)部数」と「売上部数」の2種類があり、どちらを基準にするかは、出版社と著作者の間で出版契約書を締結する際に取り決められます。発行部数の場合は発行した時点で印税が支払われ、売上部数の場合は販売された時点で支払がなされます。また、印税率についても出版契約書締結の過程で交渉により決定されます。