EY新日本有限責任監査法人 公認会計士 山岸聡
1. ストック・オプション等に関する会計基準の適用会社
ストック・オプション等に関する会計基準は一般に公正妥当と認められる会計基準であるため、原則としてすべての会社に適用されます。従って、公開企業のみならず未公開企業においても、ストック・オプションを付与した場合には、当該会計基準が適用されることになります。
(注)「公開企業」とは、株式を証券取引所に上場している企業またはその株式が組織された店頭市場に登録されている企業をいい、「未公開企業」とは、公開企業以外の企業をいいます(会計基準第2項(14))。ここでは、企業の株式がグリーン・シート市場(日本証券業協会が設立した証券会社による非上場会社の株式等を売買するための市場、平成30年3月31日をもって廃止)において取引されている場合は、公開企業には該当しません。
2. 未公開企業の公正な評価単価の計算
ストック・オプション等に関する会計基準は、公開企業のみならず、未公開企業も含めた全ての会社に適用されますが、未公開企業では、評価単価の計算基礎となる自社の株価情報が収集不可能であるため、ストック・オプションの公正な評価額について、適切な費用計上額の算定の基礎とするだけの信頼性をもって見積ることが困難である場合が多いと考えられます。
そこで、未公開企業では、一般投資家が存在しないことも考慮し、ストック・オプションの公正な評価単価に代えて、その単位当たりの本源的価値の見積りによることも認められることとしました。ストック・オプションの本源的価値とは、算定時点においてストック・オプションが権利行使されると仮定した場合の価値であり、以下の算式によって計算されます(会計基準第13項)。
ストック・オプションは、将来の株価の上昇を期待して従業員等に付与されるものであり、税制適格ストック・オプションの条件にもなることから、行使価格が付与時点の株式の評価額よりも高く設定されることが多いです。
従って、原資産である自社株式の評価額よりも低い行使価格を設定した場合を除き、付与時点におけるストック・オプションの本源的価値は、ゼロ評価(本源的価値の算定結果がマイナスの場合は、ゼロとして評価)される場合が多いと考えられます。本源的価値がゼロ評価される場合、株式報酬費用は発生しないことになります。
3. 本源的価値の見直しと注記
ストック・オプションの本源的価値は、公開企業における公正な評価単価と同様に、付与日時点で計算され、その後の見直しは行われません。
ただし、ストック・オプションの公正な評価額を本源的価値により計算した場合には、以下の注記が必要となります(会計基準第16項(5)、適用指針第31項、第73項)。
- 会計期間末における本源的価値の合計額
- 各会計期間中に権利行使されたストック・オプションの権利行使日における本源的価値の合計額
- 自社の株式の評価方法
ここでは、各会計期間末及び権利行使日における本源的価値の算定の基礎となる株式価値の評価方法については、その開示を条件として、その時点において企業価値を最もよく表し得ると考えられる方法を採用すればよく、必ずしも評価方法の継続性は求められていません(適用指針第61項)。
4. 公開直後の企業の取り扱い
公開直後の企業では、ストック・オプションの公正な評価単価を見積もる際に、過去の株価の推移など、過去の一定期間の情報を利用するとしても、入手した情報の信頼性(株価の参照期間が短く、株価の乱高下も多いため、株価変動性が非常に大きくなる)に疑問があるとの考え方があります。
しかし、ストック・オプション等に関する会計基準では、公開直後の企業にあっても、本源的価値による計算は認められず、観察される株価情報に基づき公正な評価単価を計算することが要求されています(会計基準第63項)。
公正な評価単価を計算する場合には、可能な範囲で収集される自社の株価情報を基礎としながらも、当該企業の類似の株式オプションの市場価格から株価変動性を逆算する方法や、類似企業の株価変動性を参考にすることで、不足する情報を補足するとしています(適用指針第12項、第47項)。
5. ストック・オプションの制度設計、税制適格ストック・オプション
株式公開を目指す企業にとって、優秀な従業員等のインセンティブ報酬としてストック・オプションは有効な手段となります。ただし、ストック・オプションはその権利行使によって新株の発行(又は自己株式の交付)を伴うことから、権利行使時に株主構成の変動を伴うことになります。株式公開における資本政策は重要な課題となることから、ストック・オプションが資本政策に与える影響についても考慮に入れた上で、ストック・オプションの制度設計を検討することが必要になります。
また、ストック・オプションの制度設計にあたっては、税制への影響も考慮することが重要です。従業員等がストック・オプションとして新株予約権の(有利)発行を受けた場合、原則として、権利行使時の付与対象者の経済的利益(権利行使時の時価が権利行使価額を上回っている部分)に対して給与所得等として所得税が課税され、その後権利行使によって取得した株式の売却価額と権利行使時の時価の差額に対して譲渡所得として課税されることになります(税制非適格ストック・オプション)。ただし、権利行使によって取得した株式を即時に市場等で譲渡することによって換金した場合は、当該所得税の増加分の負担も可能ですが、資本政策の関係や株式市場の市況などですぐに換金を行わない場合、税金の負担が重いケースも想定されます。そこで、ストック・オプションの権利行使時に給与所得等に算入するのではなく、権利行使によって取得した株式の売却時に、売却価額と権利行使価額の差額を譲渡所得とすることを認める税制適格ストック・オプションという制度があります。税制適格ストック・オプションとして認められるには下記の要件等を満たすよう、制度設計する必要があります。
- 付与対象者が、会社(又はその会社の子会社)の取締役、執行役又は使用人
- 権利行使期間が、権利付与を決議した日後2年を経過した日から権利付与を決議した日後10年以内
- 権利行使価額が、ストック・オプションに係る契約締結時の1株当たり価額(≒公正な評価額)以上
- 権利行使価額が年間1,200万円を超えないこと
この記事に関連するテーマ別一覧
ストック・オプション
- 第1回:会社法における取扱いと会計基準の概要 (2019.06.28)
- 第2回:権利確定日以前の会計処理について(1) (2019.06.28)
- 第3回:権利確定日以前の会計処理について(2) (2019.06.28)
- 第4回:権利確定日以後の会計処理について (2019.06.28)
- 第5回:条件変更があった場合の会計処理 (2019.06.28)
- 第6回:未公開企業における取り扱い (2019.06.28)
- 第7回:親会社が自社株式オプションを子会社の従業員等に付与する場合 (2019.06.28)
- 第8回:自社株式オプションまたは自社の株式を用いる取引 (2019.06.28)
- 第9回:開示 (2019.06.28)
- 第10回:有償ストック・オプション (2019.10.04)