退職給付 第7回:計算基礎及び数理計算上の差異・過去勤務費用

2014年2月6日
カテゴリー 解説シリーズ

公認会計士 牧野 幸享

1. 計算基礎

(1) 割引率

a.割引率とは

割引率とは、将来の退職給付見込額を現在の価値に直すために用いる率のことをいいます。退職給付債務の計算における割引率は、安全性の高い債券の利回りを基礎として決定しなければなりません(平成24年改正会計基準20項)。
ここで、割引率の基礎とする「安全性の高い債券」とは、期末における国債、政府機関債及び優良社債とされています(平成24年改正会計基準 注6)。
割引率は、退職給付支払ごとの支払見込期間を反映するものでなければならず、当該割引率としては、例えば、退職給付の支払見込期間及び支払見込期間ごとの金額を反映した単一の加重平均割引率を使用する方法や、退職給付の支払見込期間ごとに設定された複数の割引率を使用する方法が含まれます(平成24年改正適用指針24項)。

※ 平成24年改正会計基準の適用前(改正前)は、割引率決定の基礎となる債券の期間について、退職給付の支払見込日までの平均期間を原則としながらも、実務上は従業員の平均残存勤務期間に近似した年数とすることができることとされていました。

b.割引率の見直し

割引率は毎期見直す必要がありますが、重要な変動が生じていない場合には、これを見直さないことができるとされています。
具体的には、前期末に用いた割引率により算定した場合の退職給付債務と比較して、期末の割引率により計算した退職給付債務が10%以上変動すると推定されるときには、重要な影響を及ぼすものとして期末の割引率を用いて退職給付債務を再計算しなければならないとされています(平成24年改正適用指針30項)。

(2) 長期期待運用収益率

長期期待運用収益率とは、各事業年度において、期首の年金資産額について合理的に期待される収益額の当該年金資産額に対する比率をいいます。年金資産は、将来の退職給付の支払に充てるために積み立てられているものであり、長期期待運用収益率は、年金資産が退職給付の支払に充てられるまでの時期、保有している年金資産のポートフォリオ、過去の運用実績、運用方針及び市場の動向等を考慮して設定します(平成24年改正適用指針25項)。
当年度の退職給付費用の計算に用いられる長期期待運用収益率は、当期損益に重要な影響があると認められる場合の他は、見直さないことができます(平成24年改正適用指針31項)。

(3) 退職率と死亡率

a.退職率の設定方法

退職率とは、在籍する従業員が自己都合や定年などにより生存退職する年齢ごとの発生率のことであり、在籍する従業員が今後どのような割合で退職していくかを推計する際に使用する計算基礎です。従って、将来の予測を適正に行うために、計算基礎は、異常値(リストラクチャリングに伴う大量解雇、退職加算金を上乗せした退職の勧誘による大量退職等に基づく値)を除いた過去の実績に基づき、合理的に算定します(平成24年改正適用指針26項)。

b.死亡率の設定方法

死亡率とは、従業員の在職中及び退職後における年齢ごとの死亡発生率のことです。年金給付は、通常、退職後の従業員が生存している期間にわたって支払われるものであることから、生存人員数を推定するために年齢ごとの死亡率を使うのが原則とされています。この死亡率は、事業主の所在国における全人口の生命統計表等を基に合理的に算定します(平成24年改正適用指針27項)。

c.退職率・死亡率の変更の要否

退職率・死亡率の重要性の判断に当たっては、それぞれの企業固有の実績等に基づいて退職給付債務等に重要な影響があると認められる場合は、各計算基礎を再検討し、それ以外の事業年度においては、見直さないことができるとされています(平成24年改正適用指針32項)。なお、企業年金制度における財政再計算時の計算基礎の見直しは、退職給付債務の計算に反映させるようにこれらを見直すべきか、検討をすることが適当であるとされています(平成24年改正適用指針101項)。

(4) 予想昇給率

予想昇給率は、将来予想される従業員給与の昇給率です。個別企業における給与規程、平均給与の実態分布及び過去の昇給実績等に基づき、合理的に推定して算定します。過去の昇給実績は、過去の実績に含まれる異常値(急激な業績拡大に伴う大幅な給与加算額、急激なインフレによる給与テーブルの改訂等に基づく値)を除き、合理的な要因のみを用いる必要があります。なお、予想昇給率等には、勤務期間や職能資格制度に基づく「ポイント」により算定する場合が含まれます。また予想昇給率は個別企業ごとに算定することを原則としますが、連合型厚生年金基金制度等において給与規程及び平均給与の実態等が類似する企業集団に属する場合には、当該集団の予想昇給率を用いることができるとされています。(平成24年改正適用指針28項)。

予想昇給率の変更の要否の重要性の判断は、上記「(3) c.退職率・死亡率の変更の要否」と同様の取扱いとなります。

※ 平成24年改正会計基準の適用前(改正前)は、合理的に見込まれる退職給付の変動要因について、『予想』ではなく『確実』に見込まれる昇給等とされていました。

2. 数理計算上の差異と過去勤務費用

(1) 数理計算上の差異

数理計算上の差異とは、以下の三つから構成されます(平成24年改正会計基準11項)。
なお、このうち当期純利益を構成する項目として費用処理(費用の減額処理又は費用を超過して減額した場合の利益処理を含む。以下同じ)されていないものを「未認識数理計算上の差異」といいます。

  • 年金資産の期待運用収益と実際の運用成果との差異
  • 退職給付債務の数理計算に用いた見積数値と実績との差異
  • 見積数値の変更等により発生した差異

また、数理計算上の差異には、あらかじめ定めた計算基礎に基づく数値と各事業年度における実際の数値との差異及び計算基礎を変更した場合に生じる差異が含まれます(平成24年改正適用指針34項)。

(2) 過去勤務費用

過去勤務費用とは、退職給付水準の改訂等に起因して発生した退職給付債務の増加又は減少部分(平成24年改正会計基準12項)であり、退職金規程等の改訂に伴い退職給付水準が変更された結果生じる、改訂前の退職給付債務と改訂後の退職給付債務の改訂時点における差額を意味します。
なお、このうち当期純利益を構成する項目として費用処理されていないものを「未認識過去勤務費用」といいます。
また、過去勤務費用のうち、退職従業員に係る過去勤務費用は、他の過去勤務費用と区分して発生時に全額を費用処理することができるとされています(平成24年改正会計基準 注10)。

(3) 未認識数理計算上の差異及び未認識過去勤務費用の会計処理

未認識数理計算上の差異及び未認識過去勤務費用は、次のように会計処理します(平成24年改正適用指針33項)。

i. 当期に発生した数理計算上の差異及び過去勤務費用のうち、当期に費用処理された部分については、退職給付費用として、当期純利益を構成する項目に含めて計上
ii. 当期に発生した数理計算上の差異及び過去勤務費用のうち、当期に費用処理されない部分(未認識数理計算上の差異及び未認識過去勤務費用)については、その他の包括利益で認識した上で、純資産の部のその他の包括利益累計額に計上
iii. その他の包括利益累計額に計上されている未認識数理計算上の差異及び未認識過去勤務費用のうち、当期に費用処理された部分について、その他の包括利益の調整(組替調整)を行う

ii 及び iii のその他の包括利益及びその他の包括利益累計額の処理に当たっては、税効果を調整します。また、ii 及び iii について個別財務諸表上は適用しません。
なお、税効果会計上の取扱いの詳細については、「退職給付会計基準の改正に伴う税効果会計に関するQ&Aの改正のポイント」をご参照ください。

【iiの仕訳イメージ】

  • 前提
    • 個別財務諸表上の「退職給付引当金」が200
    • 未認識数理計算上の差異等(不利差異)100
    • 数理計算上の差異の費用処理については、当期の発生額を翌期から費用処理期間5年の定額法(0.200)で費用処理する方法を採用
    • 繰延税金資産の回収可能性あり
    • 法定実効税率35%
    • 個別財務諸表上、繰延税金資産が70計上

(連結修正仕訳)

連結修正仕訳

※ 個別財務諸表で計上している繰延税金資産70に追加で、繰延税金資産35(=100×0.35)を計上

【iiiの仕訳イメージ】

  • 前提
    上記iiの前提に下記を追加します。
    • 組替調整による当期の費用処理額が20(期首の未認識数理計算上の差異等(不利差異)は120)

個別財務諸表上の処理の振戻し

個別財務諸表上の処理の振戻し

組替調整の処理

組替調整の処理

※ 退職給付費用20
 ⇔ 退職給付に係る調整額(その他の包括利益)13(=20-7)+法人税等調整額7

(4) 数理計算上の差異及び過去勤務費用の費用処理方法

a.費用処理方法の選択

数理計算上の差異及び過去勤務費用の費用処理方法には、定額法と定率法があります。両者は選択適用できますが、いったん採用した費用処理方法は、正当な理由により変更する場合を除き、継続的に適用しなければなりません(平成24年改正適用指針35項)。

種類 内容
定額法(原則) 各年度の発生額について発生年度に費用処理する方法又は平均残存勤務期間以内の一定の年数で按分する方法
定率法(容認) 未認識数理計算上の差異残高及び未認識過去勤務費用残高の一定割合を費用処理する方法

なお、退職金規程等の改訂による過去勤務費用については頻繁に発生するものでない限り、発生年度別に一定の年数にわたって定額法による費用処理を行うことが望ましいとされています(平成24年改正適用指針42項)。
また、数理計算上の差異及び過去勤務費用は、原則として、各年度の発生額について平均残存勤務期間以内の一定の年数で按分した額を毎期費用処理しなければならない(平成24年改正会計基準24項、25項)と定められていますが、数理計算上の差異と過去勤務費用は発生原因又は発生頻度が相違するため、費用処理年数はそれぞれ別個に設定することができます(平成24年改正適用指針43項)。

b.平均残存勤務期間の算定方法

平均残存勤務期間は、在籍する従業員が貸借対照表日から退職するまでの平均勤務期間であり、原則として、退職率と死亡率を加味した年金数理計算上の脱退残存表を用いて算定しますが、標準的な退職年齢から貸借対照表日現在の平均年齢を控除して算定することもできます(平成24年改正適用指針37項)。
平均残存勤務期間は原則として毎年度末に算定します。ただし、従業員の退職状況に大きな変化が見られない場合は、直近時点で算定した平均残存勤務期間を用いることもできるとされています。他方、従業員の年齢構成が大きく変化した場合や企業年金制度において財政再計算時の計算基礎を見直した場合には、平均残存勤務期間についても見直しの要否を検討しなければならないとされています(平成24年改正適用指針38項)。

c.数理計算上の差異及び過去勤務費用に係る費用処理年数の変更

数理計算上の差異及び過去勤務費用の費用処理年数の決定方法としては、次の方法が考えられます(平成24年改正適用指針104項)。この(1)、(2)及び(3)の費用処理年数の決定方法が合理的な理由により変更される場合には、会計方針の変更となります(平成24年改正適用指針39項参照)。

方法 企業が採用している費用処理年数の決定方法内で、その費用処理年数を変更した場合
(1)発生年度に全額を費用処理する方法
(2)平均残存勤務期間とする方法 平均残存勤務期間が短縮されたときは、期首残高の費用処理年数の変更を行うため、会計事実の変更に伴う会計上の見積りの変更となります(第40項参照)。
(3)平均残存勤務期間以内の一定の年数とする方法

変更を行う理由により、会計方針の変更又は会計上の見積りの変更となります。

  • 会計上の見積りの変更(例)
    リストラクチャリングによる従業員の大量退職などにより平均残存勤務期間の再検討を行った結果、平均残存勤務期間が費用処理年数より短くなったことを原因として費用処理年数を変更する場合は、会計事実の変更に伴う費用処理年数の変更であるため、会計上の見積りの変更となります。
    この場合、第40項(1)及び(2)に準じた処理を行う必要があります(同項(1)の「平均残存勤務期間」及び(2)の「費用処理年数」を、「一定の年数」に読み替える)。
  • 会計方針の変更(例)
    上記以外の合理的な理由により変更する場合は会計方針の変更となりますが、数理計算上の差異又は過去勤務費用ごとに、いったん選択した費用処理年数を毎期継続して適用しないと、会計年度間で異なる方法により利益が算出される結果、期間比較可能性が確保されないこととなるため、いったん採用した費用処理年数は正当な理由により変更する場合を除き、各期間を通じて継続して適用しなければならず(第39項参照)、発生した年度ごとに費用処理年数を定めることはできないことに留意が必要です。

数理計算上の差異又は過去勤務費用の費用処理に当たっては、費用処理年数として発生年度における平均残存勤務期間を選択している場合には、当然に発生年度ごとの当該期間が費用処理年数となりますが、発生年度における平均残存勤務年数を採用していない場合には、会社が平均残存勤務期間以内の費用処理年数を任意に選択することができます。
ただし、この場合、数理計算上の差異又は過去勤務費用ごとに、いったん採用した費用処理年数は、原則として各期間を通じて継続して適用しなければならず、発生した年度ごとに費用処理年数を定めることはできないとされています(平成24年改正適用指針104項)。従って、単に経済環境の変化のみを理由とする費用処理年数の変更は認められないため、留意が必要です。

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