EY新日本有限責任監査法人
公認会計士 鎌田 光蔵
Ⅰ. はじめに
2023年5月2日に公表された「リースに関する会計基準(案)」(以下「本会計基準案」という。)及び「リースに関する会計基準の適用指針(案)」(以下「本適用指針案」という。また、以下本会計基準案と本適用指針案を合わせて「本会計基準案等」という。)のうち、「リースの識別」について具体的な事例を用いて解説します。
- 本会計基準案等において契約にリースが含まれるか否かは「特定された資産」と「支配」の2要件が満たされているか否かがポイントとなります。
- 「特定された資産」と「支配」の要件が満たされていると判断する場合、現行の企業会計基準第13号「リース取引に関する会計基準」によりリースとして会計処理されていなかった契約において、リースが含まれると判断される点に留意が必要です。
- 資産が特定されているかどうかについては、サプライヤーが実質的な入替権を有しているか、当該資産が物理的に区分可能であるかがポイントとなります。資産が物理的に区分できない場合においても、稼働能力部分が特定された資産に該当する場合もあります。
Ⅱ.「リース」の定義の概要
本会計基準等における「リース」の定義およびリースの識別に関する定めの概要については、「リースに関する会計基準(案)」等のポイント解説-リースの識別 第1回:総論に記載しています。
具体的には、以下のフローチャートに沿って判断します。
図表1 リースの識別に関するフローチャート
Ⅲ. リースの識別に係る事例解説
契約にリースが含まれるか否かの判定にあたっては、「特定された資産」と「支配」の2要件が満たされているかについて、実務上の検討課題となります。本稿では、主に「特定された資産」について主眼を置いた事例について解説し、「支配」については、「リースに関する会計基準(案)」等のポイント解説-リースの識別 第3回:事例解説(特定された資産の使用の「支配」)において解説しています。
以下2要件を満たす場合、資産が特定されていると判定されます。
- サプライヤーが実質的な入替権を有していない(本適用指針案第6項)
- 当該資産が物理的に区分可能である(本適用指針案第7項)
1. サプライヤーが実質的な入替権を有しているか(特定された資産)
サプライヤーが①使用期間全体を通じて資産を代替する実質上の能力を有し、かつ、②資産の代替により経済的利益を享受する場合、サプライヤーは資産を代替する実質的な権利を有しており、資産は特定されていないことになります(本適用指針案第6項)。
事例1
資産が特定されていないケース | 資産が特定されているケース | |
前提条件 |
|
|
結論 | サプライヤーであるB社が貨物トラックについて実質的な入替権を有しているため、資産が特定されていないことから、A社及びB社は契約にリースが含まれていないと判断します。 | 物理的に指定されたトラックの使用となり、サプライヤーであるB社が実質的な入替権を有していないことから、資産が特定され、かつ、特定された資産の使用を支配する権利がB社(サプライヤー)からA社(顧客)に移転しているため、A社及びB社は契約にリースが含まれていると判断します。 |
事例1の判断過程
資産が特定されていないケース | 資産が特定されているケース | |
A資産が特定されているか | ||
① サプライヤーが当該資産を代替する実質上の能力を有しているか (本適用指針案第6項(1)) |
YES(該当する) B社(サプライヤー)は、複数の貨物トラックを有しており、A社(顧客)の承認なしに貨物トラックを入れ替えることができるため、B 社は、使用期間全体を通じて資産を他の資産に代替する実質上の能力を有しています。 |
NO (該当しない) B社(サプライヤー)が貨物トラックの入替えを行うことができるのは、保守又は修理が必要な場合のみであるため、B社は使用期間全体を通じて資産を他の資産に代替する実質上の能力を有していません。したがって、資産が特定されていると判断します。 |
② 資産の代替からサプライヤーが経済的利益を受けるか (本適用指針案第6項(2)) |
YES(該当する) B社(サプライヤー)は輸送する商品の日程及び内容に応じて、どの貨物トラックを使用するかを決定することで、業務の効率化を図ることができます。つまり、B社は貨物トラックを他のものに代替することで、経済的利益を享受できます(B社は貨物トラックを代替することからもたらされる経済的利益が、代替することから生じるコストを上回るように決定できます)。 |
サプライヤーが使用期間全体を通じて当該資産を他の資産に代替する実質上の能力を有していない(①の要件を満たさない)ため、資産が特定されていることから、当事例では判断を行っていません。 |
B使用を支配する権利が移転しているか | ||
③ 顧客が資産の使用から生じる経済的利益のほとんどすべてを得る権利を有するか (本適用指針案第5項(1)) |
資産が特定されていないため、契約にリースが含まれていないことから、当事例では判断を行っていません。 | YES(該当する) A社(顧客)は、3年の使用期間全体を通じて貨物トラックを独占的に使用することができるため、3年の使用期間全体を通じて特定された資産の使用から生じる経済的利益のほとんどすべてを享受する権利を有しています。 |
④ 顧客が資産の使用を指図する 権利を有するか (本適用指針案第5項(2)) |
資産が特定されていないため、契約にリースが含まれていないことから、当事例では判断を行っていません。 | YES(該当する) 前提条件より、A社(顧客)は、3年間の使用期間全体を通じて貨物トラックの使用を指図する権利を有しています。 |
事例をフローチャートに沿って示すと、以下のようになります。
図表2 資産が特定されていないケース
図表3 資産が特定されているケース
2. 稼働能力部分が特定された資産に該当するか(特定された資産)
物理的区分可能性の判定において、顧客が使用することができる資産が物理的に別個のものではなく、資産の稼働能力の一部分である場合「特定された資産」に該当しません。ただし、以下いずれも満たす場合は「特定された資産」に該当します(本適用指針案第7項)。
- 顧客が使用することができる資産の稼働能力が、当該資産の稼働能力のほとんどすべてである
- 顧客が当該資産の使用による経済的利益のほとんどすべてを享受する権利を有している
事例2
資産が特定されていないケース | 資産が特定されているケース | |
前提条件 |
|
|
結論 | 顧客が使用できるのはガスの貯蔵能力の一部であり、資産が特定されていないため、A社及びB社は契約にリースが含まれていないと判断します。 | 顧客が使用できるのは、ガスの貯蔵能力のほとんどすべてであり、資産が特定され、かつ、特定された資産の使用を支配する権利がB社(サプライヤー)からA社(顧客)に移転しているため、A社及びB社は契約にリースが含まれていると判断します。 |
事例2の判断過程
資産が特定されていないケース | 資産が特定されているケース | |
A資産が特定されているか | ||
① 顧客が使用することができる資産の稼働能力が、当該資産の稼働能力のほとんどすべてか (本適用指針案第7項) |
NO(該当しない) A社(顧客)が使用できる B社(サプライヤー)が指定する貯蔵タンクの容量である70%は、物理的に別個のものではなく、また、貯蔵タンクの容量全体のほとんどすべてに該当しません。 |
YES(該当する) A社(顧客)が使用できるB社(サプライヤー)が指定する貯蔵タンクの容量である99.9%は、物理的に別個のものではないものの、貯蔵タンクの容量全体のほとんどすべてに該当します。 |
② 顧客が当該資産の使用による経済的利益のほとんどすべてを享受する権利を有しているか (本適用指針案第7項) |
NO(該当しない) A社(顧客)が使用する権利を有する資産の稼働能力は、当該資産の稼働能力のほとんどすべてに該当しないため、A社は貯蔵タンクの使用による経済的利益のほとんどすべてを享受する権利を有することとはなりません。 |
YES(該当する) A社(顧客)が使用する権利を有する資産の稼働能力が、当該資産の稼働能力のほとんどすべてに該当することにより、A社は貯蔵タンクの使用による経済的利益のほとんどすべてを享受する権利を有することとなります。 |
B使用を支配する権利が移転しているか | ||
③ 顧客が資産の使用から生じる経済的利益のほとんどすべてを得る権利を有するか (本適用指針案第5項(1)) |
資産が特定されていないため、契約にリースが含まれていないことから、当事例では判断を行っていません。 | YES(該当する) A社(顧客)が使用する権利を有する貯蔵タンクの稼働能力は、当該資産の稼働能力のほとんどすべてであるため、A社は使用期間全体を通じて資産の使用から生じる経済的利益のほとんどすべてを享受する権利を有しています。 |
④ 顧客が資産の使用を指図する権利を有するか (本適用指針案第5項(2)) |
資産が特定されていないため、契約にリースが含まれていないことから、当事例では判断を行っていません。 | YES(該当する) 前提条件より、A社(顧客)は使用期間全体を通じて貯蔵タンクの使用を指図する権利を有しています。 |
事例を図に示すと、以下のようになります。
図表4 稼働能力部分が特定された資産に該当するか
Ⅳ. おわりに
一見するとリースに該当しないような契約であっても、条件によっては、契約にリースが含まれる場合が想定されることから、実態に基づき個別に判断することが必要となります。賃貸借契約だけでなく、従来、利用料、使用料、業務委託料、サービス料等で処理されていた契約についても、契約にリースが含まれるか否か留意する必要があります。
この記事に関連するテーマ別一覧
「リースに関する会計基準(案)」等のポイント解説-リースの識別
- 第1回:総論 (2024.05.15)
- 第2回:事例解説(特定された資産) (2024.05.15)
- 第3回:事例解説(特定された資産の使用の「支配」) (2024.05.15)