EY新日本有限責任監査法人 外食セクター
公認会計士 中塚拓也/堀井秀樹
外食産業は、顧客に対して飲食サービスを店舗で提供する産業であるため、そのビジネスと会計処理にはいくつか特徴があります。本稿では、外食産業におけるビジネスと会計処理の概要について解説します。
1. 外食産業の経営環境と業務の特徴
(1) 外食産業の経営環境
外食産業における経営環境には、以下のような特徴があります。
① 低い参入障壁による競争の激化
飲食店の出店について厳しい規制はなく、食品衛生法に基づき保健所に届出を行うことにより比較的容易に出店することができます。また、土地や建物を購入することなく賃借して出店することによって、出店時の初期投資額も比較的抑えることができます。このように、他の業種と比較して参入障壁は低いため、立地等の条件が良い地域では競争が激化する傾向がみられます。さらに、コンビニエンスストアやスーパー等で弁当や惣菜を購入し、自宅やオフィスへ持ち帰って食べる「中食」の利用も増加傾向にあり、外食産業の競争を激化させる要因となっています。
② 既存店の売上減少とスクラップ・アンド・ビルド
外食産業は顧客の嗜好の変化に左右され、出店後の環境も常に変化することから、一般的には出店から時が経過するに従い、集客力が低下する傾向にあります。こうした要因による既存店の売上減少に対応するため、外食企業はメニューの改定、期間限定商品の投入、店舗改装や既存メニューの磨き上げ(リニューアル)を行います。また、出店当初から既存店の売上減少を見越して投資回収期間を短く設定し、出店と退店を頻繁に繰り返して(スクラップ・アンド・ビルド)、環境の変化に応じて業態を変更するケースも多くみられます。
③ 外食産業における成長戦略
現在の外食産業では、競争が激化し、顧客の嗜好も多様化するとともに、取り巻く環境が絶えず変化しています。このような環境下では、単一の業態・ブランドのみでの安定的な経営や中長期的な成長の実現は難しくなっています。そのため、一つの会社で複数ブランドの店舗を運営する手法や、持株会社を親会社として設置し、子会社で複数の業態・ブランドを展開する手法も多くみられるようになりました。また、国内需要の頭打ち、人口増加や日本食人気の高さから、新たな需要が見込まれる海外への出店や、国内・海外における外食企業のM&Aを積極的に行う企業もみられます。さらに、効率的な店舗運営や顧客利便性向上のために、様々なDX(デジタル・トランスフォーメーション)に取り組む企業も増えています。
④ 労働環境
日本の労働人口の減少が見込まれるなか、店舗での調理や接客等に人員を割く外食産業では、パートやアルバイトを含む従業員の確保が重要な課題となっています。そのため、外食企業では賃金のベースアップや店舗休業日の設定等による従業員の待遇改善に努めています。また、外国人労働者の受け入れによる人員確保や、配膳ロボットやセルフレジ、客席に設置したタブレット端末においてQRコード決済ができるシステム、AIを活用して顧客の需要予測や食材の自動発注を行うシステムの導入等、従業員の負担軽減のためのDX投資も進んでいます。
⑤ コロナ禍後の新たな課題
2023年5月に新型コロナウイルスの感染症法上の位置付けが季節性インフルエンザと同じ5類へ移行した後、外食需要は回復傾向にあるものの、外食企業の運営に欠かせない、原材料価格やエネルギーの価格、人件費は上昇傾向にあります。このような環境下において、コスト上昇の影響を販売価格の値上げやメニューの改善等で吸収しながら、回復傾向にある外食需要やインバウンド需要を上手く取り込み、業績の改善につなげている企業もあります。一方で、コロナ禍を経た生活様式の変化により、酒類を提供する飲食店を中心に客足が戻らず、業績の回復が遅れて借入金の返済が困難となるケースも考えられます。こうした状況では、固定資産の減損や繰延税金資産の回収可能性、継続企業の前提に関する評価や開示に関して慎重な検討が必要となると考えます。
(2) 外食産業における業務の特徴
外食産業では、主に店舗の出店、食材等の仕入、加工(調理)、飲食サービス等の業務があります。
① 出店・退店の意思決定と店舗損益管理
外食産業は地域性や食の流行等に左右される業界であり、どこに、どのような店舗を出店するかの戦略が重要です。そのため、多くの企業が店舗開発の専門部署/専門チームを設け、出店候補地の市場や人口動態の調査、当該地域の物件調査を行ったうえで、出店した場合の採算を予測し、出店の意思決定を行っています。なお、店舗数の拡大にあたっては、自社による出店のほか、フランチャイズ形式による出店を行う場合もあります。また、出店後の店舗損益管理も重要です。多数の店舗を管理するための組織やシステムを構築している企業もあり、各店舗の損益情報に基づいて機動的に運営します。さらに、不採算店舗については損益改善のための施策を行い、改善が見込めないと判断した場合には、退店の意思決定を行うこともあります。
② 食材の仕入・加工における安定調達と集中管理
外食産業では、安心・安全な食材を安定的に調達するため、食品商社や卸売業者を通じた食材の調達や、農家との野菜の供給契約の締結、さらには自社による農場経営を行うこともあります。また、大手ファミリーレストラン等では、セントラルキッチン(中央集中調理方式)によって食材の集中加工を行い、集中的に品質管理を行うケースも多くみられます。なお、消費者の食材に対する安全・品質への意識の高まりに対応するため、トレーサビリティの追求や調達先のモニタリングにより、産地・製造過程・物流を確認する流れも一般的になりつつあります。このような流れは、サプライチェーン全体における温暖化ガス排出量を把握する、いわゆる「スコープ3」を含めた情報開示の観点においても、より重要性が増すと考えられます。
③ 店舗におけるオペレーションと衛生管理
外食産業には、チェーンストア化やフランチャイズ化によって多店舗展開を図るケースが多いという特徴もあります。そのため、多くの店舗において均一のサービスを効率的に提供できるよう、一般的には店舗オペレーションのマニュアル化が図られています。特に、外食産業は食品衛生法による規制を受けるため、このマニュアルは衛生管理を意識したものが多くなっています。また、最近では多様性のあるアルバイト従業員等がより身近にマニュアルにアクセスできるよう、携帯端末による電子マニュアルの導入や、日本語以外を母国語とする従業員向けに電子マニュアルの多言語化を進める企業も見られます。
④ 営業支援システムの構築・運営とデジタル活用
外食企業では、店舗のオペレーションを支えるための営業支援システムが構築されています。店舗ではPOSシステム(販売時点情報管理システム)及びOES(オーダー・エントリー・システム)が導入され、注文から調理、会計までの情報が自動的かつ迅速に一元管理されます。POSシステムに登録された店舗の販売情報は会計システムに自動転送され、日々の売上高、売上金等を本社で一元管理することが可能となります。また、本社で管理する販売情報をもとに食材等の仕入を本社一括で行うケースも見られます。
最近では、サービス業におけるDXの進展も見られ、顧客自身の携帯端末から事前注文を行うモバイル・オーダーや来店予約システム、店内のタッチパネルを利用した注文システムといった、顧客とのタッチポイントのデジタル化が進んでいます。また、店舗での管理業務軽減のため、配膳ロボットの導入や、顧客自身が精算を行うセルフレジ、客席に設置した注文用タブレット端末でQRコード決済を行う決済システムの導入、顧客の需要予測から食材の発注までをAIを利用して自動で行うツールの導入等も始まっています。このように、外食産業における生産性向上のためのデジタル活用は、今後も一層進んでいくと考えられます。
2. 外食産業の業務と会計処理及び内部統制の特徴
外食産業における業務、会計処理及び内部統制の特徴を財務諸表に関連付けて図表に示すと、次のようになります。
【図表1】外食産業における財務諸表の特徴
(1) 固定資産の特徴
① リースか自社物件か
飲食店の出店にあたっては、通常、店舗の出店場所をリース(賃借)取引によって確保するか、自社物件の取得として確保することになります。外食産業はスクラップ・アンド・ビルドを前提としているため、投資コストの観点から店舗物件を賃借することが多いといえますが、立地が良い等の条件次第では自社物件として取得することが有利な場合もあります。なお、リース契約の内容によっては、契約期間が長期にわたり、解約不能条項がある場合や、解約時に違約金の支払いが求められる場合があります。このような場合にはファイナンス・リースとしてリース資産を計上する場合や、解約不能のオペレーティング・リースとして開示対象となる場合があります。ただし、外食産業における店舗物件の賃借については、オペレーティング・リースに該当することが一般的であるといえます。
② 店舗固定資産の管理
飲食店舗の設備は劣化やリニューアル等により入替えが頻繁に行われる傾向にあり、また、さまざまな備品を保有することから、資産の管理が煩雑になる傾向があります。したがって、固定資産台帳等で受払いを管理するほか、定期的な固定資産実査により、実在性を確認することが重要と考えられます。また、外食企業では店舗の土地や建物を賃借するケースが多く、賃貸借契約に基づく原状回復義務を資産除去債務として負債に計上し、これに対する除去費用を資産計上することから、これら資産除去債務の管理についても重要と考えられます(第2回参照)。
③ 減損リスク
既存業態の陳腐化や競合店の出現等の環境変化によって、店舗損益が悪化することがあります。大規模なチェーン展開を行っている企業であれば、全ての店が黒字であることはまれでしょう。一定期間、店舗の損益が赤字であり今後も改善の目途がつかない場合には、減損損失の計上の要否を検討します(第2回参照)。
(2) 売上取引の特徴
外食産業の売上取引では、顧客への飲食サービス提供の対価として、現金、クレジットカードならびに電子マネーの利用による売掛金等を収受します。通常、収益の認識時期は、飲食サービスの提供が完了した時点となります。なお、各店舗では店員と顧客との現金の授受が頻繁に行われるとともに、売上金は通常、一定期間(1日から数日)店舗内に保管されます。このため、現金が横領・盗難されるリスクがあり、適切な現金管理の仕組みを構築・運用することが重要です。具体的にはPOSによる現金有高管理、レジ締めに係る業務フローの構築、職務分掌(現金有高のダブルチェック)等が考えられます。
最近では、売上現金等を自動管理・カウントする自動レジの導入が進み、レジ締め後の現金横領リスクは下がっているといえますが、レジ締め前の売上取り消しや返金処理を悪用した現金横領の事例は引き続き散見されています。こうしたイレギュラー処理に対する内部牽制の仕組みの構築と適切な運用は依然として重要と考えられます。
(3) コストの特徴と関連する業務
外食産業におけるコストは一般的に、材料費、労務費、経費の三つに分類されます。
① 材料費
材料費は主に食材費です。食材等は、通常、保存期間が短いため、効率的に費消されなければ廃棄ロス(ロス)が発生してしまいます。したがって、在庫を確保した上で、ロス率を下げるための効率的な発注システムを構築する必要があります。具体的にはPOSを利用し、店舗での注文データから食材の消費量を本社にて集中管理し、本社又はセントラルキッチンに自動的に発注する仕組みや、店舗ごとに食材購買責任者が機動的に店舗端末から発注できる仕組みが考えられます。また、発注及び検収の頻度が高いため、棚卸資産の数量について月中における受払い管理は行わず、月次の実地棚卸法によることが多いといえます。また、棚卸資産の単価は最終仕入原価法による評価が多くみられます。なお、最終仕入原価法の適用については、棚卸資産の評価に関する会計基準34-4項に例示されている状況に該当する場合に限定的に容認されている点、留意が必要です。
② 労務費
外食産業はサービス業として労働集約型の産業であるため、費用に占める労務費率が高いといえます。したがって、労務費を適正水準に保つため、パートタイマーやアルバイトの割合を高める傾向にあり、きめ細かい人員管理(シフト管理等)が必要になります。
なお、食材費(Food cost)と労務費(Labor cost)を合わせてFLコストと呼び、外食産業における原価管理では、このFLコストをいかにコントロールするかが重要となります。このFLコストを売上高で割ったFL比率は、業態によってバラつきがあるものの、概ね60%台が一つの目安とされています。
③ 経費
主に減価償却費、水道光熱費、地代家賃が挙げられます。これらは固定費又は準固定費的な性格を有しています。したがって、出店計画時の損益分岐点分析を行うにあたり、重要な要素となります。なお、首都圏のビジネスエリアの商業施設やショッピングモール内の店舗物件の家賃は他の地域に比べて高い水準にあるため、こうしたエリアの出店に際しては売上見込み等の慎重な出店前調査を行うことが重要と考えられます。
外食産業
- 第1回:外食産業のビジネスと会計の概要 (2024.03.22)
- 第2回:外食産業における固定資産管理 (2024.03.22)
- 第3回:外食産業における営業業務 (2024.03.22)
- 第4回:外食産業におけるフランチャイズ展開 (2024.03.22)
- 第5回:新リース会計基準が外食産業に与える影響 (2024.03.22)