情報センサー2023年5月号

賃上げ促進税制への実務対応

情報センサー2023年5月号 押さえておきたい会計・税務・法律

公認会計士 太田 達也

当法人のフェローとして、法律・会計・税務などの幅広い分野で助言・指導を行っている。また、豊富な知識・経験および情報力を生かし、各種実務セミナー講師、講演等において活躍している。著書は多数あるが、代表的なものとして『会社法決算書作成ハンドブック』(商事法務)、『決算・税務申告対策の手引』『消費税の「インボイス制度」完全解説』『同族会社のための「合併・分割」完全解説(改訂版)』『「純資産の部」完全解説』『「解散・清算の実務」完全解説』『「固定資産の税務・会計」完全解説』(以上、税務研究会出版局)、『例解 金融商品の会計・税務』(清文社)、『減損会計実務のすべて』(税務経理協会)などがある。

Ⅰ はじめに

昨年来、物価水準が上昇しており、実質賃金の低下を避けるために、企業に賃金の引上げを行う動きがみられます。一定水準以上の賃上げを行った企業については、令和4年度税制改正により改組された賃上げ促進税制(措法42条の12の5)の適用要件を満たす可能性が生じ、本税制措置による税額控除の適用の失念がないように留意する必要があります。

本稿では、本税制の適用に当たっての実務上の取扱いを詳しく解説します。

Ⅱ 令和4年度税制改正の内容

令和4年度税制改正により、内容が改められました。「中小企業者等以外の法人および中小企業者等対象の賃上げ促進税制」については、従前の人材確保等促進税制を改めて、継続雇用者に対する給与等支給額の増加率で適用要件を判定する内容とされました。また、「中小企業者等のみ対象の賃上げ促進税制」については、従来どおり国内雇用者に対する給与等支給額の増加率で判定するルールが維持されました。

改正後の取扱いは、令和4年4月1日から令和6年3月31日までの間に開始する各事業年度に適用されます(<表1>参照)。

表1 賃上げ税制改正による判定項目の変更点

なお、令和4年4月1日以後に開始する事業年度から適用されているグループ通算制度においては、旧連結納税制度と異なり、法人ごとに税額控除限度額等の計算を行うこととされている点に留意する必要があります。

Ⅲ 中小企業者等以外の法人および中小企業者等対象の賃上げ促進税制

中小企業者等以外の法人および中小企業者等対象の賃上げ促進税制は、<表2>の内容です。

表2 適用要件および税額控除限度額

適用要件の判定結果に応じて、税額控除率は<表3>のようになります。

表3 適用要件の判定結果による税額控除率

なお、教育訓練費に係る税額控除率の上乗せ措置の適用を受ける場合には、教育訓練費の明細を記載した書類の保存(改正前:確定申告書への添付)をしなければならないこととされました(措令27の12の5第11項)。

Ⅳ 中小企業者等のみ対象の賃上げ促進税制

上乗せなしについての改正はなく、上乗せ措置の部分が改正されました(<表4>参照)。

表4 適用要件および税額控除制度

適用要件の判定結果に応じて、税額控除率は<表5>のようになります。

表5 適用要件の判定結果による税額控除率

なお、教育訓練費に係る税額控除率の上乗せ措置の適用を受ける場合には、教育訓練費の明細を記載した書類の保存(改正前:確定申告書への添付)をしなければならないこととされました(措令27の12の5第11項)。

Ⅴ 控除対象雇用者給与等支給額の内容

国内雇用者、雇用者給与等支給額および比較雇用者給与等支給額の内容は、従前と変わりません。控除対象雇用者給与等支給増加額も昨年と同様です。継続雇用者給与等支給額および継続比較雇用者給与等支給額については、令和3年度税制改正前と比較して、雇用安定助成金額を控除しない点が異なり、その他は変わりません。

ここでは、誤りやすい控除対象雇用者給与等支給額の内容を解説します。

控除対象雇用者給与等支給増加額とは、雇用者給与等支給額から比較雇用者給与等支給額を控除した金額をいいます(措法42条の12の5第3項12号)。ただし、その金額がその適用年度の調整雇用者給与等支給増加額を超える場合には、その調整雇用者給与等支給増加額を上限とします(措法42条の12の5第3項6号)。

調整雇用者給与等支給増加額とは、適用年度の給与等に充てるため他の者から支払を受ける金額(雇用安定助成金額を含む)を控除した「雇用者給与等支給額」から、前事業年度の給与等に充てるため他の者から支払を受ける金額(雇用安定助成金額を含む)を控除した「比較雇用者給与等支給額」を控除した金額をいいます(措法42条の12の5第3項6号)。

要するに、控除対象雇用者給与等支給増加額と調整雇用者給与等支給増加額との相違は、給与等支給額から雇用安定助成金額を控除しないか、控除するかの違いになります(<表6>参照)。

表6 控除対象雇用者給与等支給増加額および調整雇用者給与等支給増加額の内容

Ⅵ 一定の大企業に求められる「マルチステークホルダー方針」の公表

1. 「マルチステークホルダー方針」の公表要件

令和4年度税制改正により、資本金の額または出資金の額が10億円以上であり、かつ、常時使用する従業員の数が1,000人以上である場合には、継続雇用者給与等支給額が継続雇用者比較給与等支給額に対して3%以上増加していることに加えて、給与等の支給額の引上げの方針、取引先との適切な関係の構築の方針その他の事項(いわゆる「マルチステークホルダー方針」)をインターネットを利用する方法により公表したことを経済産業大臣に届け出ている場合に限り、適用が受けられるものとされました。

「マルチステークホルダー方針」とは、「法人が事業を行う上での、従業員や取引先等のさまざまなステークホルダーとの関係の構築の方針として、賃金引上げ、教育訓練等の実施、取引先との適切な関係の構築等の方針を記載したもの」です。本要件が設けられた趣旨は、企業に対して、株主への還元に加えて、従業員や取引先あるいは地域社会といったさまざまなステークホルダーに対する還元を行うことを促す観点からのものです。

この要件を満たすためには、事前の手続が必要になります。手続の詳細や、届出で用いる「gBizIDプライム」アカウントの申請方法、経済産業省が定める様式第一から第三については、経済産業省のウェブサイトを参照してください。届出から、経済産業大臣(経済産業省)からの受理通知書の発出までには約15日を要するため、税務申告のタイミングを踏まえ、早めに対応することが望ましいと思われます。


2. 手続

マルチステークホルダー要件を満たすためには、次の手続が必要です。

(1) マルチステークホルダー方針を自社のホームページに公表

適用事業年度終了の日の翌日から45日を経過する日までに、様式第一を用いて、マルチステークホルダー方針を作成し、自社のホームページに公表します。

(2) マルチステークホルダー方針を公表した旨を経済産業大臣(経済産業省)に届出

適用事業年度終了の日の翌日から45日を経過する日までに、様式第二を用いて、マルチステークホルダー方針を公表した旨を経済産業大臣(経済産業省)に届け出ます。

(3) 経済産業大臣(経済産業省)が発出する受理通知書の受取

届出に不備がない場合、届出は受理されます。届出の受理後、経済産業大臣(経済産業省)から受理通知書(様式第三)が郵送により発出されます。届出の受理から受理通知書の発出までの手続に、約15日の日数を要します。

(4) マルチステークホルダー方針の内容または届出書の内容に変更があった場合、速やかにその旨を経済産業大臣(経済産業省)に届出

マルチステークホルダー方針(様式第一)または届出書(様式第二)の内容に変更があった場合、速やかに様式第四を用いて、変更の内容を経済産業大臣(経済産業省)に届け出なければなりません。

(5) 税務申告書類に受理通知書の写しを添付

税務申告時に、税務申告書類に受理通知書(様式第三)の写しを添付します。添付がない場合は、税制措置の適用はできません。

Ⅶ 給与等に充てるため他の者から支払を受ける金額

給与等支給額からは、給与等に充てるため他の者から支払を受ける金額を控除して判定します。ただし、雇用安定助成金額は控除しないで判定します。

一方、税額控除率を乗ずる控除対象雇用者給与等支給増加額の上限額となる「調整雇用者給与等支給増加額」の計算上、雇用安定助成金額も含めて給与等に充てるため他の者から支払を受ける金額を控除する点に留意する必要があります。

給与等に充てるため他の者から支払を受ける金額とは、具体的に<表7>のようなものが該当します。

表7 給与等に充てるため他の者から支払を受ける金額

また、雇用安定助成金額とは、「国または地方公共団体から受ける雇用保険法62条1項1号に掲げる事業として支給が行われる助成金その他これに類するものの額」をいい、具体的に以下のようなものが該当します。

① 雇用調整助成金、産業雇用安定助成金または緊急雇用安定助成金の額
② ①に上乗せして支給される助成金の額その他の①に準じて地方公共団体が支給する助成金の額

雇用安定助成金額は、先の「給与等に充てるため他の者から支払を受ける金額」の②に含まれる関係になります。

図 雇用安定助成金額 給与等に充てるため他の者から支払を受ける金額

Ⅷ 税効果会計に関する注記との関係

有価証券報告書に記載する財務諸表の注記事項の中で、税効果会計に関する注記があります。注記事項の1つとして、「当該事業年度に係る法人税等の計算に用いられた税率(以下、法定実効税率)と法人税等を控除する前の当期純利益に対する法人税等(税効果会計の適用により計上される法人税等の調整額を含む)の比率(以下、税効果会計適用後の法人税等の負担率)との間に差異があるときは、当該差異の原因となった主な項目別の内訳」(財務諸表等規則8条の12第1項2号)があります。

賃上げ促進税制等の税額控除を適用しますと、税効果会計適用後の法人税等の負担率が下がりますので、法定実効税率との差異の要因になります。したがって、差異の原因となった主な項目別の内訳として、「税額控除」が記載される場合があります。

Ⅸ 別表の記載例

令和5年3月期以降の申告においては、「中小企業者等以外の法人および中小企業者等対象の賃上げ促進税制」および「中小企業者等のみ対象の賃上げ促進税制」ともに、確定申告書に別表6(31)「給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除に関する明細書」および別表6(31)付表1「給与等支給額及び比較教育訓練費の額の計算に関する明細書」を添付します。

各明細書の記載例については、拙著『決算・税務申告対策の手引(令和5年3月期決算法人対応)』(税務研究会出版局、2022年12月)を参照していただければと思います。

(注) 文中、法令条文等は、以下の通り略して表記しています。

措法:租税特別措置法

措令:租税特別措置法施行令

財務諸表等規則:財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則

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