IFRS財団 デュー・プロセス・ハンドブックの修正
情報センサー2020年12月号 IFRS実務講座
IFRSデスク 公認会計士 岩田英里子
2005年、当法人入所。以降、主として個別受注産業、広告業等の会計監査、株式公開準備監査、およびJ-SOX導入支援業務に携わる。17年よりIFRSデスクにて、IFRS導入支援業務、研修業務、執筆業務などに携わっている。
Ⅰ はじめに
IFRS財団の評議員会(以下、評議員会)は2020年8月、「デュー・プロセス・ハンドブック」(以下、本ハンドブック)の修正を公表しました。本ハンドブックの修正については、2019年4月に公表された公開草案に寄せられたコメントを審議した上で、最終承認されたものとなります。本修正は、主にIFRS解釈指針委員会(以下、IFRS IC)によって公表されたアジェンダ決定の適用時期と権威の明確化を図ったものとなります。本稿では、本修正の内容について解説します。なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをお断りします。
Ⅱ 背景
本ハンドブックは、基準設定、IFRS基準の首尾一貫した適用を支えるさまざまな資料の開発及びIFRSタクソノミに関連して、国際会計基準審議会(以下、IASB)及びIFRS ICに適用されるデュー・プロセスを定めたものとなります。評議員会の委員会であるデュー・プロセス監督委員会(以下、DPOC)が、これらのデュー・プロセスへのIASB及びIFRS ICの準拠状況のモニタリングについて責任を負っています。昨今の目まぐるしく変化する世界情勢の中においても、本ハンドブックが目的に適(かな)った状態にあることを維持するために、その見直しが決定され、修正の結果、本ハンドブックには最善の実務が反映されており、IASB及びIFRS ICの作業結果に対する利害関係者の信頼をさらに高めることに役立つと期待されます。
Ⅲ 概要
1. IFRS ICのアジェンダ決定の権威
IFRS ICは、提起された論点について基準設定は必要ないと判断する場合には、なぜそれが必要でないかを説明するアジェンダ決定を公表します。多くの場合、アジェンダ決定には基準の適用の一貫性を確保するため、IFRSの原則及び要求事項がアジェンダ決定に記載されている取引または事実パターンにどのように適用されるのかを説明する説明的記述が含まれます。しかし、このアジェンダ決定の実務上の取り扱い方法について、その強制力や適用時期などについて不明瞭な点が多いとのコメントがありました。
そこで、本修正ではアジェンダ決定がIFRS基準の要求事項を追加又は変更することはないことを確認する一方で、適用の一貫性の改善を目的として、その説明的記述により基準の原則及び規定が具体的な事例にどのように適用されるかを明確にしました。すなわち、アジェンダ決定の説明的記述はその権威がIFRS基準から生じており、そのため企業はアジェンダ決定における説明的記述を反映した関連するIFRS基準を適用する必要があります。
さらに、説明的記述がIFRS基準における原則及び要求事項の企業の理解を変えるかもしれない(might change)追加的な知見(additional insights)を提供する場合がある(may provide)とし、企業はその会計処理がアジェンダ決定の内容と異なる際に、会計方針を変更する必要があると判断する場合があるとされております。そのため、アジェンダ決定の内容を反映するための会計方針の変更は、必ずしも過年度の誤謬(ごびゅう)の訂正には該当しないこととされています。
2. IFRS ICのアジェンダ決定の適用時期
アジェンダ決定には発効日や経過措置は定められておらず、企業は必要と判断された会計方針の変更を適時に実施することが期待されます。しかし、実務上は会計方針の変更を実施するためには多くの手続(会計方針の変更による影響に関する情報収集、開示方法の検討、システムの変更等)を経る必要があり、適時の対応が困難な場合が想定されます。
そこで、本修正ではアジェンダ決定の結果として会計方針の変更が必要か否かの決定及び実際の適用を完了するために企業に「十分な時間」が与えられるべきであるとしています。また、この「十分な時間」が何を意味するかについては、IFRS財団のウェブサイトにSue Lloyd氏の「Agenda decisions-time is of the essence」と題する記事が、掲載されています※1。その記事の中で、Sue Lloyd氏は、IASBは「十分な時間」について、「数年ではなく数カ月の単位」を念頭に置いている旨、及び会計方針の変更は「適時に」行われることが想定される旨を記載しています。すなわち、アジェンダ決定の記述は、現行規定の適用方法を確認するものなので、できる限り早くかつ迅速に適用される必要があります。
3. アジェンダ決定のデュー・プロセスの向上
IFRS基準の一貫した適用を補完するアジェンダ決定の重要性を鑑み、DPOCはアジェンダ決定の最終化プロセスにIASBを正式に関与させることによって、デュー・プロセスの向上を図っています。アジェンダ決定が公表される前に、IASBは次の事項に反対するか否かを決議することが明確化されました。
- 基準設定プロジェクトを作業計画に追加しないというIFRS ICの決定
- アジェンダ決定により、IFRS基準の要求事項が新たに追加又は変更されないというIFRS ICの結論
仮に4名以上のIASBメンバーが反対した場合には、アジェンダ決定は公表されないことになり、IASBは対処方法を決定する必要があります。
4. その他
上述した内容に加え、本修正では下記について取り扱っています。
Ⅳ おわりに
本修正によって、IFRS ICで審議される論点は企業にとっても重要であることが再認識されたと考えられます。アジェンダ決定の内容と異なる会計方針を採用している場合には会計方針の変更が必要となる場合があり、変更のために「十分な時間」が与えられるものの、その意味するところとしては、その状況に応じた「適時」の適用が想定されています。アジェンダ決定が企業の財務諸表に重要な影響を及ぼす可能性もあり、定期的にアジェンダ決定の草案及び最終決定が公表されているIFRIC Update※2を確認する必要があると考えられます。
※1 www.ifrs.org/news-and-events/2019/03/time-is-of-the-essence/
※2 IFRS ICの公開会議で至った(暫定)決定の要約。www.ifrs.org/news-and-events/updates/ifric-updates/