2024年6月26日
米国M&A税務:「Sコーポレーション」買収の手法と注意点
情報センサー2024年6月 JBS

米国M&A税務:「Sコーポレーション」買収の手法と注意点

執筆者 EY 新日本有限責任監査法人

グローバルな経済社会の円滑な発展に貢献する監査法人

Ernst & Young ShinNihon LLC.

2024年6月26日

日系企業による米国の「Sコーポレーション」買収案件が増加していますが、通常の法人をターゲットとしたM&Aとは異なる固有のリスクや課題が存在します。これらの解決テクニックを含め、Sコーポレーション買収戦略を米国税法の観点から考察します。

本稿の執筆者

アーンスト・アンド・ヤングLLP(米国) パートナー 野本 誠

ジャパン・ビジネス・サービス米州税務統括。1990年以来の米国での実務経験に基づき、M&A、内部再編、新規対米投資案件等に関する税務アドバイスを提供。他の大手会計事務所を経て、2016年アーンスト・アンド・ヤングLLPにパートナーとして参画。2018年よりEY税理士法人に出向し、国際法人税務アドバイザリー部門およびトランザクション・タックス・アドバイザリー部門リーダーを務める。2021年米国に帰任。米国公認会計士(ニューヨーク州)。

要点
  • Sコーポレーションとは、個人事業主を対象とした米国における優遇税制である。
  • 日系企業がSコーポレーションの株式を単純取得した場合、その制度の特殊性からさまざまな米国税法上のリスクや不利益が生じる可能性がある。
  • これらの問題点を回避するためのテクニックとして「F型再編」と呼ばれる手法が普及している。

Ⅰ はじめに

日本の少子化・高齢化を背景に日系企業の海外進出・海外事業拡大の意欲は高く、特に米国における企業買収活動は円安にもかかわらず依然活発です。ただし、比較的小規模な案件が多いのも事実であり、特に事業会社の戦略系ディールにおいては、個人事業主やその家族、経営陣等が保有している非公開企業が買収対象となるケースが増えています。それらの中小企業は、税法上の優遇措置を得るために「Sコーポレーション」として運営されていることが多く、その買収においては固有のリスクや問題点が存在します。本稿では、米国税務の観点からSコーポレーション買収戦略を考察します。なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをあらかじめお断りします。

Ⅱ 「Sコーポレーション」とは?

米国税法上の「Sコーポレーション」制度とは、主に個人事業主などを中心とする非公開企業のうち、一定の要件を満たす法人をパススルー事業体として取り扱う優遇税制です。パススルー事業体であるSコーポレーションは、連邦法人税の納税主体とはならず構成員課税が適用されるため、その課税所得は株主が持分に応じて申告します。そのため、法人レベルで課税された所得が配当され、株主レベルで再び配当所得として課税される二重課税が回避可能となります。

ちなみに、「Sコーポレーション」の名称は、「スモール・ビジネス」の頭文字であると同時に、内国歳入法典のサブチャプターSにルールが規定されていることに由来しています。通常の法人に適用される法人税制はサブチャプターCにルールが規定されていることから、通常の法人のことを「Cコーポレーション」と呼んでいます。

Sコーポレーションは、法的には通常の法人と同様に州会社法に基づき「コーポレーション」として設立されますが、連邦税法上「Sコーポレーション」のステータスを選択することにより、パススルー事業体としての取扱いを受けることができます。また、州会社法上リミテッド・ライアビリティー・カンパニー(LLC)として設立された事業体を連邦法人税法上コーポレーションとして取り扱う選択を行い、さらにSコーポレーションとしての取扱いを選択する場合もありますので、社名がLLCになっていても税務上の取扱いはSコーポレーションとなっている可能性があります。

Ⅲ Sコーポレーションのステータス選択要件と優位性

Sコーポレーションとしてのステータスを選択するための要件は、以下の通りです。

  • 米国法人であること
  • 株主が米国市民もしくは米国居住者個人、特定のトラスト、遺産のみであること(パートナーシップ、法人、外国人株主がいないこと)
  • 株主が100名以下であること
  • 複数の種類の株式が発行されていないこと
  • 内国輸出法人(DISC)、保険会社、内国歳入法第585条に基づく貸倒引当を選択している金融機関等でないこと

LLCの場合もパススルー事業体としての取扱いは可能ですが、LLCの個人出資者はLLCを通じて稼得する事業所得に対して社会保障税等の支払い義務が発生します。一方、Sコーポレーションの株主は、Sコーポレーションから配賦される事業所得に対しては社会保障税等の支払い義務がなく、Sコーポレーションから支払われる適正なレベルの給与所得についてのみ社会保障税等が課せられます。これを理由にLLCではなくSコーポレーションを選択しているケースもあります。

Ⅳ Sコーポレーション買収のリスク

Sコーポレーション買収にあたり、税務デューデリジェンスを実施すると、個人事業ならではの管理の甘さが露呈することも多いのですが、例えば以下のようなSコーポレーション特有のリスクが発見されることもあります。

  • 創業者夫妻が株主になっていたにもかかわらず、創業者本人しかSコーポレーションのステータスを選択する書式にサインをしていない
  • Sコーポレーションの適格株主となる特定信託について必須とされる選択が行われていない
  • 創業者等の特定の株主に他の株主とは異なる便益が与えられており、これが追加の配当と見なされ、実質的に種類株が存在していると認定される

特定の瑕疵(かし)については救済措置を申し立てることもできますが、過去にさかのぼってSコーポレーションとしてのステータスが否認されると、これまで法人税の納税主体となっていなかったSコーポレーションがCコーポレーションとして法人税の納税主体となるため、買収対象法人において法人税の未納債務が発現することになります。

Ⅴ Sコーポレーション買収方法の選択肢

法人がSコーポレーションの株式を取得すると、その時点でSコーポレーションとしての適格性が失われるため、買収対象会社はCコーポレーションとなります。その場合には、以下のデメリットが発生します。

  • Sコーポレーションとしてのステータスが過去にさかのぼって否認された場合の法人税の税債務を買収後のCコーポレーションが承継する
  • 買収対象会社が保有する資産の税務簿価がステップアップ(時価への洗い替え)せず、ボーナス減価償却のメリットも享受することができない
  • 売り手の株主が買収対象会社の株式の一部を継続保有する場合、売り手側の従来のパススルー課税のメリットが消失し、二重課税が発生する
  • 買い手の買収主体が米国法人であっても、株式保有割合が80%未満となる場合は、内国法人間配当控除率が100%とならず、買い手側でも二重課税が発生する

売り手側は売却益全額が優遇税率の対象となるキャピタルゲインとして取り扱われることから、株式の単純譲渡を志向するかもしれませんが、買い手にとっては上述の通りデメリット尽くしです。仮にSコーポレーションの持分を100%買収する場合には、買い手としては受け皿会社を作ってSコーポレーションから事業資産を買収するアセット・ディールとするのがベストです。これにより、事業資産の税務簿価はステップアップし、適格資産についてはボーナス減価償却が可能となり、さらに過去の法人税債務等のリスクも原則的に遮断できます。

ただし、買収対象会社から移管できない契約や許認可がある場合や、資産・負債の移管に多大な事務的コストが発生する場合には、アセット・ディールは選択肢から外れる可能性があります。また、売り手が部分売却を希望している場合や、買収後の事業継続の観点から既存株主の一部を残す必要性があり、100%買収が難しいケースもあります。そのような場合には、次善の策として内国歳入法第338条(h)(10)に基づく「みなしアセット・ディール」制度を利用することが考えられます。この場合、取引の法形式は株式譲渡になりますが、連邦法人税法上はSコーポレーションが事業資産を新会社に譲渡して清算したものとして取り扱われます。

この結果、事業資産の税務簿価のステップアップやボーナス減価償却が可能となります。ただし、株式の80%以上が譲渡される必要があり、買収対象会社の過去の法人税債務を遮断することは原則的にできません。また、過去にさかのぼってSコーポレーションとしての適格性が否認されると、みなしアセット・ディールは成立しなくなります。

一方、売り手の観点からは、事業資産のみなし譲渡益の100%について課税され、株式を継続保有する既存株主はパススルー課税のメリットを失うことになります。また、売り手にとって単純株式譲渡の譲渡益は優遇税率の対象となるキャピタルゲインとなりますが、みなしアセット・ディールの場合は譲渡益の一部が一般税率で課税される通常所得となる可能性があり、買収対象会社が事業活動を行っている各州で譲渡益の申告が必要となります。

Ⅵ F型組織再編

Sコーポレーションの持分の取得割合が100%未満となる場合のもう1つの買収手法として、「F型組織再編」と呼ばれるものがあります。この手法は、取得割合にかかわらず利用することができます。

米国の法人組織再編税制においては、非課税組織再編となる定型取引形態として、A型(法的合併)、B型(株式交換)、C型(株式と資産の交換)、D型(共通支配下での合併もしくは会社分割)、E型(資本再構成)、F型(法人格の変更)、G型(会社更生法の適用)が規定されています。このうち、F型組織再編は、例えばカリフォルニア州で設立された法人の設立登記州をデラウェア州に変更する場合等、見方によっては新会社を設立して事業を譲渡したように解釈することもできますが、法人格は変わる一方で会社としての経済実態には何ら変更がないため、非課税組織再編として取り扱う規定です。英語では「Mere Change of Corporate Identity」と呼びます。

この規定を利用して、Sコーポレーションの買収前に組織再編を実施することにより、多くの税務上のメリットを実現することが可能となります。具体的な再編ステップは以下の通りとなります。

ステップ①:新会社の設立(<図1>参照)

  • 売り手の既存株主が新会社を設立し、すべての買収対象会社株式を新会社に現物出資
  • 新会社は設立と同時にSコーポレーションとしてのステータスを選択
  • 新会社が買収対象会社を「適格Sコーポレーション子会社」(QSub)として取り扱うことを選択
  • QSubは税法上パススルー事業体として取り扱われる

図1 新会社の設立

図1 新会社の設立

ステップ②:買収対象会社(QSub)のLLC化(<図2>参照)

  • 新会社が100%保有するLLCを設立し、当該LLCがQSubを吸収合併(もしくは可能であればQSubを州会社法上LLCにコンバート)
  • 当該LLCはパススルー事業体であり、税務上は新会社の支店と同様に取り扱われるため、独立した事業体としての存在を無視される「ディスリガーデッド・エンティティ(DRE)」となる
  • 特にLLCがQSubを吸収合併する場合は、QSubからLLCに移管できない許認可や契約があるとネックとなる可能性あり

図2 買収対象会社(QSub)のLLC化

図2 買収対象会社(QSub)のLLC化

ステップ③:F型組織再編の完了(<図3>参照)

  • 再編前とステップ①・②完了後の組織形態を比較すると、再編後のLLCは事業体としての存在を無視されるため、再編前後で実質的な組織形態に何ら変更がない
  • このため、ステップ①・②はF型組織再編として適格非課税取引となり、課税関係は発生しない

図3  F型組織再編の完了

図3  F型組織再編の完了

ステップ④:(必要に応じ)LLCのパートナーシップ化(<図4>参照)

  • テクニカルな詳細は割愛するが、買収対象会社の事業が1991年7月25日から1993年8月10日までの間に存在しており、売り手がLLC持分の20%以上を継続保有する場合には、「Anti-Churning Rule」によりのれん(Goodwill)や企業継続価値(Going Concern Value)の減価償却が否認されるため、LLCをあらかじめパートナーシップ化しておくことが有効な対策となる可能性がある(ただし、パートナーシップ化とLLC持分の譲渡(ステップ⑤)のタイミングが近いとパートナーシップ化の有効性に疑義が生じる可能性あり)
  • 新会社がLLCの持分1%を既存株主に売却することにより、LLCは2名以上のパートナーを有することになるため、税務上パートナーシップとして取り扱われる
  • パートナーシップとなったLLCは、内国歳入法第754条に基づく内部簿価調整の選択を実施(パートナーシップの持分が譲渡された場合、パートナーシップ保有資産の当該持分に対応する部分の税務簿価がステップアップされる)

図4  LLCのパートナーシップ化

図4  LLCのパートナーシップ化

ステップ⑤:LLC持分の譲渡(<図5>参照)

  • 新会社がLLCの持分[70]%を買い手に売却
  • 既存株主(新会社)は、LLC持分[70]%の売却益に課税されるが、継続保有分[30]%については課税なし

図5  LLC持分の譲渡

図5  LLC持分の譲渡

Ⅶ F型組織再編のメリットとデメリット

Sコーポレーションの買収にあたりF型組織再編を実施する主な税務上のメリットは以下の通りとなります。

  • LLCの保有資産のうち、買い手の持分に相当する部分のステップアップ及び適格資産のボーナス減価償却が可能(上述の「Anti-Churning Rule」の適用がないことを前提にのれんや企業継続価値の減価償却も可能)
  • 売り手・買い手ともにパススルー課税となり、二重課税を回避
  • 取得持分に制限がない
  • 売り手が継続保有する持分について課税されることがない
  • 買い手が旧買収対象会社の税債務を引き継ぐことがない(法人税債務の引き継ぎに関しては州の会社法の規定に照らして検討する必要あり)
  • 過去にさかのぼってSコーポレーションの適格性が否認されてもF型組織再編としての適格性は否認されず、その点において買い手に影響はない

一方、F型組織再編のデメリットとしては、売り手の譲渡益の一部が低税率の対象となるキャピタルゲインではなく通常所得となる可能性がある点が挙げられます。この点については、買い手が得られる税務簿価のステップアップやボーナス減価償却の税務上のメリットの現在価値と、売り手が要求する追加タックス・コストの補償額をてんびんに掛けて交渉することになります。

Ⅷ まとめ

以上で説明したSコーポレーション買収の手法のメリット・デメリットの比較一覧表は<図6>の通りとなります。

図6 Sコーポレーション買収の手法のメリット・デメリットの比較一覧

図6 Sコーポレーション買収の手法のメリット・デメリットの比較一覧

(注)法人税債務の引き継ぎに関しては州の会社法の規定に照らして検討する必要あり

<図6>の通り、Sコーポレーションの買収方法には選択肢があり、それぞれにメリットとデメリットがあります。取得持分割合、許認可や契約の移管の可否、買い手側のステップアップやボーナス減価償却のメリット、対象会社の過去の税債務の引き継ぎリスク、売り手側のキャピタルゲインと通常所得の税率差によるタックス・コストの増加等をケース・バイ・ケースで総合的に勘案し、売り手との交渉を経てベストな買収スキームを策定することがSコーポレーションの買収を成功に導く鍵となります。

サマリー

日系企業による米国の「Sコーポレーション」買収案件が増加していますが、通常の法人をターゲットとしたM&Aとは異なる固有のリスクや課題が存在します。これらの解決テクニックを含め、Sコーポレーション買収戦略を米国税法の観点から考察します。

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