EY新日本有限責任監査法人
公認会計士 久保慎悟
1. 時価算定会計基準の公表・適用による影響
(1) 時価を把握することが極めて困難と認められる有価証券の取扱い
時価算定会計基準および時価算定適用指針が公表される以前においては、企業会計基準第10号「金融商品に関する会計基準」において、「時価を把握することが極めて困難と認められる有価証券」という概念が示されていました。このため、時価をもって貸借対照表価額とすることが必要とされる売買目的有価証券またはその他有価証券に分類される有価証券であっても、「時価を把握することが極めて困難と認められる有価証券」に該当した場合には、時価評価を求められていませんでした。
しかし、時価算定会計基準および時価算定適用指針が公表され、時価のレベルに関する概念を取り入れられ、たとえ観察可能なインプットを入手できない場合であっても、入手できる最良の情報に基づく観察できないインプットを用いて時価を算定することとされました。このような時価の考え方の下では、原則として、時価を把握することが極めて困難と認められる有価証券は想定されないことから、これらについて時価評価を行わないとする定めは廃止されました。ただし、市場価格のない株式等に関しては、たとえ何らかの方式により価額の算定が可能としても、それを時価とはしないとする従来の考え方を踏襲し、時価算定会計基準および時価算定適用指針の公表以後も、時価評価を行わないとする規定が残存しています。
この結果、企業会計基準適用指針第19号「金融商品の時価等の開示に関する適用指針」(以下、「時価開示適用指針」とする。)において、時価を把握することが極めて困難と認められる金融商品に対して求められていた注記は、市場価格のない株式等に対してのみ求められるようになりました(時価開示適用指針第5項、第39項)。
(2) 金融商品の時価のレベルごとの内訳等の開示
時価算定会計基準および時価算定適用指針において、国際的な会計基準との平仄(ひょうそく)を合わせて、時価のレベルに関する概念が取り入れられたことを踏まえて、時価開示適用指針において、金融商品の時価のレベルごとの内訳等について開示をすることが求められるようになりました。また、従来開示が求められてきた時価の算定方法については、時価算定会計基準および時価算定適用指針の内容を踏まえて、より具体的に、時価の算定に用いた評価技法およびインプットの説明を記載することが必要となりました(時価開示適用指針第39-2項、第39-8項)。
2. 開示内容
時価開示適用指針における時価情報等の開示内容は多岐にわたりますが、本記事では時価算定会計基準および時価算定適用指針が公表・適用されることにより開示が求められるようになった金融商品の時価のレベルごとの内訳等の開示について、その内容を解説します。
なお、以下のレベルごとの内訳等の開示における定量的情報については、基本的には表形式で注記することが想定されていますが、他の様式の方がより適切な場合には当該他の様式によることもできます(時価開示適用指針第39-6項)。
(1) レベル別の時価の合計額(時価開示適用指針第5-2項 (1) (2))
時価をもって貸借対照表価額とする金融資産および金融負債ならびに貸借対照表日における時価を注記する金融資産および金融負債については、適切な区分(*1)に基づき、貸借対照表日におけるレベル1の時価の合計額、レベル2の時価の合計額およびレベル3の時価の合計額をそれぞれ注記します。
(2) 評価技法およびインプット(時価開示適用指針第5-2項 (3))
レベル別の時価の合計額が注記される金融資産および金融負債のうち、レベル2の時価またはレベル3の時価に分類されるものについて、適切な区分(*1)に基づき、以下を注記します。
- 時価の算定に用いた評価技法およびインプットの説明
- 時価の算定に用いた評価技法またはその適用を変更した場合には、その旨および変更の理由
(3) レベル3の時価(時価開示適用指針第5-2項 (4))
時価をもって貸借対照表価額とする金融資産および金融負債について、当該時価がレベル3の時価に分類される場合、適切な区分(*1)に基づき、以下を注記します。
① 時価の算定に用いた重要な観察できないインプットに関する定量的情報
ただし、企業自身が観察できないインプットを推計していない場合(例えば、過去の取引価格または第三者から入手した価格を調整せずに使用している場合)には、記載を要しません。
② 時価がレベル3の時価に分類される金融資産および金融負債の期首残高から期末残高への調整表
調整表を作成するにあたっては、以下を区別して示す必要があります。
ア 当期の損益に計上した額およびその損益計算書における科目
イ 当期のその他の包括利益に計上した額およびその包括利益計算書における科目
ウ 購入、売却、発行および決済のそれぞれの額(ただし、これらの額の純額を示すこともできます。)
エ レベル1の時価またはレベル2の時価からレベル3の時価への振替額(*2)および当該振替の理由
オ レベル3の時価からレベル1の時価またはレベル2の時価への振替額(*2)および当該振替の理由
また、アに定める当期の損益に計上した額のうち貸借対照表日において保有する金融資産および金融負債の評価損益およびその損益計算書における科目、並びにエおよびオの振替時点に関する方針を注記します。
③ レベル3の時価についての企業の評価プロセス(例えば、企業における評価の方針および手続の決定方法や各期の時価の変動の分析方法等)の説明
④ ①の重要な観察できないインプットを変化させた場合に貸借対照表日における時価が著しく変動するときは、当該観察できないインプットを変化させた場合の時価に対する影響に関する説明
また、当該観察できないインプットと他の観察できないインプットとの間に相関関係がある場合には、当該相関関係の内容および当該相関関係を前提とすると時価に対する影響が異なる可能性があるかどうかに関する説明を注記します。
(*1) 適切な区分とは、当該金融資産または金融負債の性質、特性およびリスク並びに時価のレベル等に基づいて決定することになるものと考えられています。特に、その時価がレベル3の時価となる金融資産または金融負債については、一般的に性質、特性およびリスク等に多様性があるため、より詳細に区分して注記することが適切であると考えられています(時価開示適用指針第39-5項)。
(*2) レベル1の時価またはレベル2の時価からレベル3の時価への振替、およびレベル3の時価からレベル1の時価またはレベル2の時価への振替におけるそれぞれの振替額については、振替の発生日における振替額を正確に記載するには過大な作成コストを要すると考えられるため、これらの振替が、会計期間のある時点(いずれの振替に対しても共通した時点である必要があります。)において発生したとみなす簡便的な方法を許容しています。これに伴い、これらの振替がいつ生じたとみなすかの決定に関する方針を開示することが求められており、当該方針として、例えば、以下のような方針が挙げられます(時価開示適用指針第39-12項)。
- 振替を生じさせた事象が生じたまたは状況が変化した日
- 会計期間の期首
- 会計期間の末日
3. 開示例
【開示例①】 製造業(抜粋)
XX.金融商品の時価のレベルごとの内訳等に関する事項
金融商品の時価を、時価の算定に用いたインプットの観察可能性及び重要性に応じて、以下の三つのレベルに分類しています。
レベル1の時価:同一の資産または負債の活発な市場における(無調整の)相場価格により算定した時価
レベル2の時価:レベル1のインプット以外の直接または間接的に観察可能なインプットを用いて算定した時価
レベル3の時価:重要な観察できないインプットを使用して算定した時価
時価の算定に重要な影響を与えるインプットを複数使用している場合には、それらのインプットがそれぞれ属するレベルのうち、時価の算定における優先順位が最も低いレベルに時価を分類しております。
(1) 時価をもって連結貸借対照表価額とする金融資産及び金融負債
(単位:百万円)
(2) 時価をもって連結貸借対照表価額としない金融資産及び金融負債
(単位:百万円)
(注)時価の算定に用いた評価技法及びインプットの説明
有価証券及び投資有価証券
上場株式、国債、地方債及び社債は相場価格を用いて評価しております。上場株式及び国債は活発な市場で取引されているため、その時価をレベル1の時価に分類しております。一方で、当社が保有している地方債及び社債は、市場での取引頻度が低く、活発な市場における相場価格とは認められないため、その時価をレベル2の時価に分類しております。
デリバティブ取引
金利スワップ及び為替予約の時価は、金利や為替レート等の観察可能なインプットを用いて割引現在価値法により算定しており、レベル2の時価に分類しております。
受取手形及び売掛金
これらの時価は、一定の期間ごとに区分した債権ごとに、債権額と満期までの期間及び信用リスクを加味した利率を基に割引現在価値法により算定しており、レベル2の時価に分類しております。
長期貸付金
長期貸付金の時価は、一定の期間ごとに分類し、与信管理上の信用リスク区分ごとに、その将来キャッシュ・フローと国債の利回り等適切な指標に信用スプレッドを上乗せした利率を基に割引現在価値法により算定しており、レベル2の時価に分類しております。また、貸倒懸念債権の時価は、同様の割引率による見積キャッシュ・フローの割引現在価値、又は、担保及び保証による回収見込額等を基に割引現在価値法により算定しており、時価に対して観察できないインプットによる影響額が重要な場合はレベル3の時価、そうでない場合はレベル2の時価に分類しております。
支払手形及び買掛金、並びに短期借入金
これらの時価は、一定の期間ごとに区分した債務ごとに、その将来キャッシュ・フローと、返済期日までの期間及び信用リスクを加味した利率を基に割引現在価値法により算定しており、レベル2の時価に分類しております。
社債
当社の発行する社債の時価は、元利金の合計額と、当該社債の残存期間及び信用リスクを加味した利率を基に割引現在価値法により算定しており、レベル2の時価に分類しております。
長期借入金及びリース債務
これらの時価は、元利金の合計額と、当該債務の残存期間及び信用リスクを加味した利率を基に、割引現在価値法により算定しており、レベル2の時価に分類しております。
【開示例②】 金融業(抜粋)
XX.金融商品の時価のレベルごとの内訳等に関する事項
(中略)
(注)時価をもって貸借対照表価額とする金融資産及び金融負債のうちレベル3の時価に関する情報
(1) 重要な観察できないインプットに関する定量的情報
(2) 期首残高から期末残高への調整表、当期の損益に認識した評価損益
*1 損益計算書の「金融収益」及び「金融費用」に含まれている。
*2 連結包括利益計算書の「その他の包括利益」の「その他有価証券評価差額金」に含まれている。
*3 レベル2の時価からレベル3の時価への振替であり、当該住宅ローン担保証券についての市場の活動の減少により観察可能な市場データが不足していることによるものである。当該振替は会計期間の末日に行っている。
*4 レベル3の時価からレベル2の時価への振替であり、当該住宅ローン担保証券について観察可能なデータが利用可能になったことによるものである。当該振替は会計期間の末日に行っている。
(3) 時価の評価プロセスの説明
当社グループはリスク管理部門にて時価の算定に関する方針及び手続を定めており、これに沿って各取引部門が時価を算定している。算定された時価は、独立した評価部門にて、時価の算定に用いられた評価技法及びインプットの妥当性並びに時価のレベルの分類の適切性を検証している。検証結果は毎期リスク管理部門に報告され、時価の算定の方針及び手続に関する適正性が確保されている。
時価の算定にあたっては、個々の資産の性質、特性及びリスクを最も適切に反映できる評価モデルを用いている。また、第三者から入手した相場価格を利用する場合においても、利用されている評価技法及びインプットの確認や類似の金融商品の時価との比較等の適切な方法により価格の妥当性を検証している。
(4) 重要な観察できないインプットを変化させた場合の時価に対する影響に関する説明
住宅ローン担保証券の時価の算定で用いている重要な観察できないインプットは、倒産確率、倒産時の損失率及び期限前返済率である。これらのインプットの著しい増加(減少)は、それら単独では、時価の著しい低下(上昇)を生じさせることとなる。一般に、倒産確率に関して用いている仮定の変化は、倒産時の損失率に関して用いている仮定の同方向への変化を伴い、期限前返済率に関して用いている仮定の逆方向への変化を伴う。
株式オプション取引の時価の算定で用いている重要な観察できないインプットは、株式ボラティリティである。ボラティリティは対象とする指数の変化のスピード及び幅の大きさに関する指標であり、ボラティリティの著しい増加(減少)は、単独では、オプション価格の著しい上昇(低下)を生じさせることとなり、オプションの買いポジションである場合には、時価の著しい上昇(低下)を生じさせることとなる。
時価の算定に関する会計基準
- 第1回:概要 (2022.04.13)
- 第2回:時価とは (2022.04.13)
- 第3回:時価の算定方法 (2022.04.13)
- 第4回:開示への影響 (2022.04.13)