日本水泳界の展望-パリ五輪に向けて
情報センサー2023年新年号 Column
スポーツキャスター 宮下 純一
1983年、鹿児島県鹿児島市生まれ。5歳から水泳を始め、9歳のときに背泳ぎの選手に。2008年の北京オリンピック競泳男子100メートル背泳ぎ準決勝で53.69秒のアジア・日本新記録(当時)を樹立。決勝では8位入賞。同400メートルメドレーリレーでは日本チームの第一泳者として銅メダルを獲得。現在はスポーツキャスターとして活動する一方、(財)日本水泳連盟競泳委員として選手指導・育成にも携わっている。
突然ですが、競技水泳の世界はどのようなサイクルで動いていると思われますか。サッカー界はW杯を軸に代表のスケジュールが組まれていますが、水泳界では五輪を軸にして選手たちのスケジュールを組みます。大きな大会としては他に、世界水泳選手権とアジア競技大会があり、周期的にはこうなっています。
五輪(4年に1度) ~ 世界水泳選手権(2年に1度) ~ アジア競技大会(4年に1度) ~ 世界水泳選手権(2年に1度) ~ 五輪 ~
ちょうど五輪と五輪の間の年にアジア大会が行われ、その間に世界選手権が2年おきに開催されるという流れです。しかし、現在はコロナ禍の影響で各大会のスケジュールは大きく変わっています。ちなみに、パリ五輪までのスケジュールは次の通りです。
世界水泳選手権(福岡/2023年7月) ~ アジア競技大会(杭州/2023年9月~10月) ~ パリ五輪(パリ/2024年7月~8月)
なんと、今年は世界選手権とアジア大会が同時に行われるレアな年なのです。しかも、世界選手権は福岡で行われるので大注目です。ですので、今年行われる2つの大会をチェックすれば、来年のパリ五輪の水泳競技はこれまで以上に楽しく見られます。今から有望選手をチェックして、競泳の世界に興味を持っていただけたらと思います。
Ⅰ 難しい大会だった東京五輪
パリ五輪への展望を語る前に、まず東京五輪の総括ですが、やはり厳しい自国開催だったなと思います。練習時間も細かく区切られ、選手同士も密にならないように隔離された中での本番は、やはり難しかったと言わざるを得ません。本来なら練習終わりに選手同士で会話ができ、そこから刺激を受けることもあるのですが、叶わぬ状況だったようです。海外勢も同じだと思われるかもしれませんが、彼らは海外からなので、「ようし、日本に行くぞ!」というスイッチを入れて飛行機に乗り、来日していたはずです。他にも会場であるアクアティクスセンターに選手が慣れすぎたことや、無観客での開催になったりと、日本選手は試合に臨むためのスイッチが上手く入り切らなかったのだと感じました。
これは僕の経験ですが、北京五輪で試合会場に足を踏み入れた時の、天井から声援が降ってくる感覚はとてつもないものでした。あれほどたくさんの観客の前で泳いだことがなかったので、それだけでも興奮しました。会場の空気としてはアウェイでしたが、観客が誰を応援しているかは関係なく、「ここまで来られたのだから、全力を尽くそう!」という気持ちになったのを覚えています。そういう意味では、東京五輪はいろいろな要因が重なり、結果がついてこない大会だったなと思います。
Ⅱ 世界はすでにパリ五輪に向けて動いている
あれから1年半。東京五輪以降、日本の水泳界はかなり世界から離されてしまったと思います。オーストラリア、米国、イタリア……。世界では10代の選手が次々と結果を残しています。特に注目なのは、ルーマニアのダビド・ポポビッチ選手。彼は記録樹立時まだ17歳でしたが、100メートル自由形で46秒86の世界新記録を出しました。身体つきは細くて日本人とあまり変わりがないのですが、無駄のない泳ぎで圧倒的に速い。予選、準決勝、決勝と少しずつ結果を出していく緻密さも兼ね揃えており、今後、素晴らしい選手になると思います。
女子はもっと熾烈です。中でもカナダのサマー・マッキントッシュ選手は先日の世界水泳ブダペスト大会で、200メートルバタフライと400メートル個人メドレーで金メダル、400メートル自由形でも銀メダルを獲りました。そんな彼女は16歳。東京五輪に出場できなかったり、メダルを獲れなかったりした選手が、すでにパリ五輪に向けて動き出し、頭角を現し始めています。
Ⅲ 出てこい! 日本の新ヒーロー
では日本はどうか。10代の選手の活躍が圧倒的に少ないのが気になります。世界の選手達がどんどん力を付けていく中で、日本のトップ選手達はそこで勝負ができていないのです。僕が日本代表だったとき、18歳の入江陵介選手は大変勢いがありました。入江選手が100メートルの背泳ぎで僕と同タイムを出した時は、「ついに来たか……」と思いました。現在の水泳界において、特に僕が専門種目としていた背泳ぎはいまだ入江選手がトップです。入江選手を脅かす選手が出てこないと世界との差は開くばかりです。
日本の選手で唯一の希望と言えるのが、東京五輪の200メートルバタフライで銀メダルを獲った本多 灯選手です。彼は、昨年10月の日本選手権において、200メートルバタフライで1分46秒85の世界新記録で優勝し、最近はコンスタントに結果を残しています。今の彼を見ていると、200メートルバタフライの圧倒的王者クリストフ・ミラーク選手を完全に視野に入れているのがわかります。ミラーク選手に勝つための試合運びなんですよね。パリに向けての本多選手を追いかけてみてください。
個人的には瀬戸大也選手にも注目しています。去年から、東海大学の鬼コーチとして名高い加藤健志さんの門を叩き、パリに向けて始動している。地獄のような練習が有名な加藤コーチのもとで、瀬戸選手がどれくらい記録を伸ばせるのか、期待しています。
女子は世界がかなり先を行っているので、難しいのですが、16歳の成田実生選手は注目株でしょう。また、北島康介さんを育てた平井伯昌コーチがジュニア時代から見ている平泳ぎの青木玲緒奈選手も海外に武者修行に行くなど実力をつけているので、今後が楽しみです。
Ⅳ スポーツはやっぱり素晴らしい
パリ五輪に向けて僕が思うのは、後輩たちが夢を見られる大会にして欲しいということです。かなり厳しい状況ではありますが、五輪でのメダル獲得は全ての選手の最大の目標です。メダルは狙ってほしいですね。
水泳に限らず、スポーツにはドラマがあります。ひたむきな努力、仲間との熱い友情、周囲からの期待と焦り……。それらが目標達成という成果となって結実した時、最大の感動が生まれるのです。皆さまの中にも、五輪中継をご覧になってその熱い感動に涙された方もいらっしゃるのではないでしょうか。スポーツはやはり素晴らしいなと、あらためて感じています。
今後、宮下純一としては、そのようなスポーツの感動を追い続け、皆さまにお伝えする活動をしていきたいと思っています。また、一般の方が「プール」に行きたくなるような活動も行っていきたいですね。今、面白いプロジェクトにも携わっており、女性向けアイテムをプロデュースし、発売に向けて準備しています。水泳を通して学んだ経験を活かし、皆さまの健康維持につながる活動や、食育などにも携わっていきたいと思っています。
今回のコラム連載を通じて、少しでも皆さまにスポーツ、とりわけ水泳の面白さをお届けできていれば、何よりに思います。(談)