SaaSなどのソフトウェア制作費等の会計処理等に関する研究資料の公表
情報センサー2023年新年号 会計情報レポート
EY新日本有限責任監査法人 品質管理本部 会計監理部 公認会計士 吉田 剛
品質管理本部会計監理部において、会計上の判断に係る質問対応、並びに監査部門及び法人外部への会計に関する情報提供等の業務に従事するとともに、監査業務にも従事している。また、本稿に関連して、日本公認会計士協会において、会計制度委員会ソフトウェア等無形資産実務検討専門委員会の専門委員として、研究資料の起草に関与した。
Ⅰ はじめに
日本公認会計士協会(会計制度委員会)は、2022年6月30日付で、会計制度委員会研究資料第7号「ソフトウェア制作費等に係る会計処理及び開示に関する研究資料~ DX環境下におけるソフトウェア関連取引への対応~」(以下、研究資料)を公表しました。
近時、DX(デジタルトランスフォーメーション)の加速化なども背景として、多様なソフトウェアに関連する取引が生じています。この研究資料は、こうした現況を受けて、必ずしも会計基準が策定された当時に想定されていなかったような類の取引に関し、その会計処理につき調査・研究し、その成果が公表されたものです。
具体的には、大きく分けて<表1>の3つの領域についてその会計処理が検討されました。
本稿では、<表1>に挙げた会計処理のうち2番目に掲げた、多くの企業に影響があると考えられる「クラウドサービスのユーザー側の会計処理」について、その内容を解説します。ここで、研究資料は、企業会計基準委員会(ASBJ)が公表する会計基準等や、日本公認会計士協会(JICPA)が公表しているものの中でも会計制度委員会報告のような規範性のあるものではありません。このため、研究資料で示されている会計処理は、現時点での一つの考え方を述べたものに過ぎず、実務上の指針として位置付けられるものではなく、また、実務を拘束するものではないとされている点には留意が必要です。
なお、本稿において意見に係る部分は、所属する法人や研究資料を公表した団体の見解ではなく、筆者の私見である点をあらかじめ申し添えておきます。
Ⅱ クラウドサービスのユーザー側の会計処理
1. クラウドサービスとSaaS一取引
(1) クラウドサービスとは
研究資料では、クラウドサービスを「クラウド・コンピューティングの形態で提供されるサービス」であるとしています。また、クラウド・コンピューティングについては、経済産業省が2013年度に公表した資料より、以下の定義を引用しています(研究資料Ⅰ.3.、【図表1】)。
共有化されたコンピュータリソース(サーバー、ストレージ、アプリケーションなど)について、利用者の要求に応じて適宜・適切に配分し、ネットワークを通じて提供することを可能とする情報処理形態。ネットワークサービスの一つ。
出典:「クラウドサービス利用のための情報セキュリティマネジメントガイドライン」2013年度版(経済産業省)
そして、クラウドサービスは<表2>の3つに分類されるとしています(研究資料Ⅰ.3.、【図表2】)。
研究資料はソフトウェアをその検討対象とすることから、そのユーザーの会計処理について、<表2>のサービスのうちソフトウェアを利用するサービスであるSaaSを中心に考察が行われています(研究資料Ⅱ.3. (1))。研究資料の記載を参考にするに際しては、自社で利用しているサービスの内容を十分に確認して、PaaSやIaaSではなく、SaaSであることを確かめておくことが重要と思われます。
(2) 検討の対象とされたSaaS
研究資料においては、SaaSの会計処理を検討するに際し、実務的に論点になることが多いと思われる一般事業会社(情報システム業に属する会社以外)がSaaSを利用するケースを中心としています。より具体的には、サービス提供を受けることに対して継続的に支払う費用だけでなく、ユーザーが支払う初期設定費用やカスタマイズに要する費用についても考察が行われています。特に、後者の初期設定費用やカスタマイズ費用は、支払った額を即時に費用処理した場合に損益に対する多額のインパクトが生じるケースもあり、SaaSの利用が拡大してきている今日では、その資産計上の可否について、実務上は悩まれることも多いのではないかと思われます。
2. 現行の会計基準の定め
研究資料では、まず、現行の会計基準の定めを確認し、SaaSの会計処理を検討する形をとっています。
(1) 研究開発費等会計基準
ソフトウェアに関する会計処理を定める「研究開発費等に係る会計基準」(企業会計審議会)(以下、研究開発費等会計基準)は、いわゆる会計ビッグバンの最中の1998年に公表されたものです。また、より具体的な会計処理を定める日本公認会計士協会会計制度委員会報告第12号「研究開発費及びソフトウェアの会計処理に関する実務指針」(以下、研究開発費等実務指針)はその直後の1999年に公表されていますが、これらの会計基準等についてその公表後に大きな改正は行われていません。このため、いわゆる伝統的なソフトウェア取引の会計処理の指針としては機能するものの、SaaSなどのクラウドサービスの会計処理を検討するに際しては、必ずしも明確な定めがない、ということになっています(研究資料Ⅱ.3. (2)①柱書き)。
したがって、現行の会計基準における定めのうち、参考にできる部分を参照しつつ、各々のSaaSの実態も考慮して、適切な会計処理を選択していく必要があるものと考えられます。
ここで、研究開発費等会計基準において、ソフトウェアとは「コンピュータを機能させるように指令を組み合わせて表現したプログラム等をいう」とされています(研究開発費等会計基準一2)。SaaSに当てはめてみると、サービスを提供する側であるベンダーが保有する資産はこの定義に該当するものがあると考えられる一方(研究資料Ⅱ.3. (2)①ア.)、ユーザー側の支出はソフトウェアの購入対価ではないことから、ソフトウェアに該当することはないと考えられるとされています(研究資料Ⅱ.3. (2)②柱書き)。このため、後述するように、何らかの資産が計上されるとしても、当該資産はソフトウェアとして会計処理されることにはならないと考えられる点に留意が必要です。
(2) リース会計基準
SaaSのユーザーにおいて、リース取引の定義に該当するかどうか、という考察も研究資料では行われています。仮に、SaaSの利用に際して支払う利用料等がリース取引に該当し、かつ、ファイナンス・リース取引に当たるということになると、リース資産等が貸借対照表の資産として計上されることになります。しかしながら、研究資料では、ベンダーがサービス提供する際に利用する資産は、通常ベンダーが不特定多数のユーザーに対してサービス提供するものであることからユーザーにとっての「特定の物件」とはならず、リース取引に該当するケースは少ないのではないか、という考え方が示されています(研究資料Ⅱ.3. (2)②イ.)。
3. 初期設定費用、カスタマイズ費用の資産計上の可否
前述のとおり、SaaSにおいてユーザーが支払う初期設定費用やカスタマイズ費用(以下、初期設定費用等)を、その支出時に費用処理したとすると、ソフトウェアを購入して資産計上し、その使用期間にわたって償却するケースと比べて、損益に対するインパクトが変わってくるケースがあり、実務的には悩ましいところではないかと思われます。この点、研究資料では、国際的な会計基準における取扱いも参考までに記載しながら、紙幅を割いて検討を進めています。
(1) 日本基準における検討
研究資料では、まず検討の冒頭で、支払いの内容について分析を行うことを求めています。すなわち、初期設定費用等が明確に区分して支払われているケースはよいものの、例えば、月次の支払いに含めて支払われるケースなどでは、適切に区分した上で、各々の会計処理を検討すべき点を示しています。
そして、ユーザーが支払った初期設定費用等において、前述のとおりユーザー側ではソフトウェアは計上されず、自社利用ソフトウェアにおいて取得価額に含めることとされている定め(研究開発費等実務指針第14項)に従ってこれらを資産計上することは難しいと考えられることから、現行の会計基準の明示的な定めによると、支払時(発生時)に一時に費用処理することになるのではないか、としています。
その上で、資産性の有無について、ASBJが過去に公表した討議資料「財務会計の概念フレームワーク」も参照しながら、資産計上の可否が検討されています。具体的には、当該資料における資産とは「過去の取引または事象の結果として、報告主体が支配している経済的資源をいう」とされており、支配が所有権を伴わないこと、経済的資源がキャッシュの獲得に貢献する便益の源泉であることなどに鑑みて、SaaSにおける初期設定費用等に当てはめてみると、これらが資産性の要件を満たすケースがあるのではないか、と分析しています(研究資料Ⅱ.3. (2)②ア.)。
実務上は、研究資料の記載も参考にしながら、単に将来の収益と対応させるために費用を繰り延べるのではなく、会計的に資産計上の要件を満たしているのかどうか、という観点で、資産性の有無を慎重に判断していくことが求められるものと思われます。
なお、研究資料では、資産計上の可否以外の論点についても、<表3>に掲げたような論点について考察が加えられています(研究資料Ⅱ.3. (2)②ウ. ~オ.)。
(2) IFRSにおける検討(参考)
初期設定費用等に関する会計処理に関して、研究資料では国際的な会計基準の動向として、国際財務報告基準(以下、IFRS)及び米国会計基準における取扱いも紹介しています(研究資料Ⅱ.3. (2)③)。特に、前者のIFRSについては、付録という形でこれまでのIFRS解釈指針委員会(以下、IFRS-IC)※での検討状況が記載されており(研究資料Ⅳ.1.)、ここでもその概要を紹介します。
まず、2019年3月のIFRS-ICにおいて、アプリケーション利用料の会計処理が検討され、その結果として、IFRS第16号「リース」やIAS第38号「無形資産」の適用範囲には含まれないサービス契約であると結論付けられました。
また、初期設定費用等(IFRS-ICでは、コンフィギュレーション及びカスタマイゼーションのコスト、とされています)の会計処理については、2020年12月及び2021年3月のIFRS-ICで検討が行われました。検討の結果、現行の会計基準の定めにより初期設定費用等の会計処理の適切な基礎が示されているものとして、会計基準の改正等は行われないこととされました。具体的な会計処理は、<図1>のステップに従って検討するものとされ、また、サービス提供に先立ってベンダーに対して支払いが行われる場合には、その前払額を資産として認識する、という考え方が示されています。
Ⅲ おわりに
研究資料では、「Ⅲ 実務上の課題とそれを踏まえた提言」の項において、ASBJにおける今後の会計基準の開発へ向け、ここまで解説したSaaSユーザーの会計処理を含め、いくつかの実務上の課題とそれらに係る提言が述べられています。我が国のソフトウェアに関する会計処理を定める研究開発費等会計基準は、1998年に公表された後、大幅な改正は行われていません。しかしながら、IT化が進展し、当時は想定していなかったような取引が生じ、また、今後も様々な進化を遂げていくであろうことが想定されます。会計基準はそのすべての取引を網羅するように適時に開発されることは難しいと思われますが、会計基準において明確な定めがない領域であっても、取引の実態を適切に見極めて、適切な会計処理を行っていく必要があると考えられます。本稿が、企業の皆様がSaaSの会計処理を検討する上での一助になれば幸いです。
※ IFRS-ICはIFRS及びIASを適用する際に生じるIFRSの文言を巡る疑問等を検討し、必要と認めた場合には解釈指針の開発を行う委員会である。また、基準を改善する必要があると判断された場合、又はIFRS及びIASに規定がない会計上の問題が生じた場合で必要があると判断された場合には、IASBに基準の改善又は新たな基準の開発を提案することとされている(日本公認会計士協会ウェブサイトより jicpa.or.jp/specialized_field/ifrs/basic/iasb/〈アクセス日:2022年12月9日〉)。
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