ポスト・スマートシティ 第5回 次世代ヘルスケア 持続可能なヘルスケアシステムとは
情報センサー2021年新年号 パブリックセクター
EY新日本有限責任監査法人 ヘルスケアセクター アシュアランスリーダー
公認会計士 藤本庸介
2003年、当法人に入所後、多くの上場企業の会計監査を経て、現在はさまざまな開設主体の医療機関および研究機関の会計監査に従事するほか、自治体、医療機関および創薬ベンチャー等に対するコンサルティング業務に携わる。当法人 パートナー。
EY新日本有限責任監査法人 パブリック・アフェアーズグループ
公認会計士 泉 千夏
大手監査法人、コンサルティングファームを経て、現職。医療機関向け会計監査、事業・財務デューデリジェンス業務、事業計画策定支援、ヘルスケア分野における調査系業務等を中心に多数従事。当法人 シニアマネージャー。
Ⅰ はじめに
本連載では、ポスト・スマートシティとして、IoT/領域横断プラットフォームを新たなインフラとし、既存インフラや公共サービスを含めた全体最適視点で新たな都市/まちの在り方を再定義した「サステナブルシティ」について提言をしてきました。今回は、ヘルスケア分野でのサステナブルシティの在り方について考えます。
Ⅱ 日本のヘルスケアにおける現状と課題
高齢化が世界的潮流となっている中、日本は高齢化率のトップランナーとなっています。世界中が日本の高齢化社会に注目する中で、医療保険制度を含む日本のヘルスケアシステムは人口構成の変化に対応できず、財政的持続可能性の問題から生じる多くの課題を抱えています。具体的には、単身・高齢世帯の増加に伴う社会的孤立、高齢化に伴う医療・介護需要の増加と人材不足、効率性重視のサービス提供モデルによる市民目線の欠如、医療・介護情報の共有化が進まず引き起こされる過剰診療問題といったものが挙げられ、地域医療のガバナーである自治体や財政的ガバナーである保険者は上記の構造的課題に直面しています。また、ヘルスケアのステークホルダーは、市民、患者、医療機関や介護施設といったサービスプロバイダー、国、自治体、保険者等多岐にわたることが、課題解決を阻む要因として考えられます。
さらには2020年のCovid19の感染拡大は、情報を集約して提供する仕組みの欠如が引き起こした情報不足による市民・患者の不安や、ヘルスケア領域におけるヘルステックの遅れといった課題を顕在化させました。
Ⅲ サステナブルな次世代ヘルスケア実現のための方向性
いまだかつて誰も経験したことがない超高齢社会を持続可能なものにするために、また次世代にその負債を残さないために、私たちができることは何でしょう。その答えが次世代ヘルスケアであると考えられ、主なプレーヤーの目線に立って考察していきます。
1. 市民・患者の目線
次世代ヘルスケアでは、市民、患者は、自らの健康、医療、介護データに基づき、各人の価値観に合った主体的なヘルスケアサービスの選択を行い、スマートフォンなどのデバイス一つで必要なヘルスケアサービスが一気通貫で受けられ、病院への移動手段といった他セクターとの融合による、新たなヘルスケアサービスの創出が求められます。
<図1>の事例にあるように、例えば慢性期疾患を抱えた単身の患者が、日常生活において食事管理や運動、血糖値のコントロールといった生活サポートや支援を、オンライン診療時では診察予約から問診、さらには通院の移動手段予約まで全てスマートフォン一つで完結する、そのようなヘルスケアモデルが、市民・患者に求められるでしょう。
2. サービスプロバイダーの目線
開設主体が多岐にわたっていることから、サービスプロバイダーの情報やオペレーションは施設ごとに完結しており個々の施設の連携は十分とは言えません。
また各施設内でも、専門職間の壁が原因となり情報やオペレーションが部門ごとに完結しており効率的経営の阻害要因となっています。長時間労働の是正による人材不足が懸念されている中で、効率的なオペレーションの実現は急務であり、積極的なデジタル技術とヘルスケアサービスとの融合が求められます。
サービスプロバイダーは、地域およびサービスプロバイダーそれぞれの視点で、医療・介護に関するデータのデジタル化を進めていく必要があります。
3. 自治体・保険者の目線
地域医療計画の策定者である自治体や、医療保険財政において重要な役割を果たすべき保険者は、市民一人一人の医療・介護資源のインプットとアウトカム評価の情報や地域のサービスプロバイダー情報を入手し、地域医療計画等の施策の立案においてエビデンスに基づいた意思決定を行う必要があります。また、急速に進む少子高齢化を踏まえ、医療保険を含む社会保障制度の見直しは避けては通れない問題です。そのためには、エビデンスに基づき公共にとって本当に必要なベーシックサービスを再定義することが、急務となります。さらには、多岐にわたるサービスプロバイダーの開設主体が、地域のヘルスケア資源の全体最適化の阻害要因となり得ることから、地域医療連携推進法人※1といった仕組みを自治体が積極的に活用することも併せて求められます。
以上より、われわれが定義するサステナブルな次世代ヘルスケアとは、市民のヘルスケアデータが高度に集積され連携されたシステムを基礎とし、プロバイダー目線ではなく、患者を中心としてヘルスサービスが提供される姿です。またその実現に当たっては、自治体のリーダーシップのもと、市民、サービスプロバイダー、自治体、保険者が一体となることが求められます。
Ⅳ 次世代ヘルスケア実現のための解決策とは
このように、次世代ヘルスケアの実現には、自治体のリーダーシップと全体最適モデルのデザイン力が鍵となるといえます。
具体的にはどのようなしくみが求められるでしょうか。
先述のとおり、大前提として求められるのは効率的、効果的な社会システムを目的として、市民およびサービスプロバイダーの情報が一元管理されたIoTプラットフォーム基盤と社会システム全体を俯瞰(ふかん)できる自治体によるガバナンス、さらにはデジタルアセットの官民連携による新たなサービスを創出するためのしくみです。
例えば、サービスプロバイダーが必要とするデジタル技術やヘルステックの導入を、サービスプロバイダーが個別に行うことは、地域全体で見ると重複する開発コストによる無駄が生じるだけでなく、ベンダーが異なることによる病院間や病院と介護施設間等の連携を阻害するリスクがあります。そこで、施設間連携や、政策決定等に必要なデータの収集に係るデジタル化は、自治体が中心となって取り組む必要があるのです。一方でその自治体には、IoTプラットフォーム基盤を通じたデジタルアセットはあるものの、デジタルビジネスや新たなサービスを創出するノウハウや人材が不足しています。そこで、ヘルスケアデータの集積および分析や新たなヘルステックの開発を行うためには、ヘルステックセンターの設立やリビングラボ※2等を活用した官民連携を進めていくことが望ましいと考えられます。また、超高齢社会に最適な医療・介護モデルの構築には、データアナリストを含むアカデミアによる支援も欠かせない要素となります。
それにより、市民・患者目線での開発が可能になり、さらには、地域全体としての効率的なヘルスサービスにつながります。
Ⅴ おわりに
これまでに述べてきたように、超高齢社会を迎えたことにより、ヘルスケアシステムの革新は待ったなしの状況となりました。これらの実現には、全てのプレーヤーにとって早急な決断と実行力が求められています。すでに医療保険財政は多額の税金によって補填(てん)されており、将来人口推計からも現状が好転することは考えられません。今、私たちに求められることは、医療保険財政の健全化をはかるため、ヘルスケアシステム全体での効率化・スリム化を実現することです。そして、この次世代ヘルスケアの実現は、超高齢社会のトップランナーである日本が、高齢化を迎える世界各国のナビゲーターに転換することともいえるのではないでしょうか。
※1 地域医療連携推進法人とは、医療機関相互間の機能の分担および業務の連携を推進し、地域医療構想を達成するための選択肢として平成29年に施行。
※2 リビングラボとは、開発プロセスの初期から生活者が参加し、企業、大学、行政など多様なステークホルダーが互いの強みを持ち寄り、新しいサービスや社会のしくみを創っていく、オープンイノベーションのプラットフォーム(場)、そして活動を指す。