IBOR改革によるヘッジ会計への影響
情報センサー2020年8月・9月合併号 IFRS実務講座
金融事業部 公認会計士 吉澤一子
当法人入所後、金融事業部において金融機関の会計監査の他、金融商品会計やバーゼルⅢ等のアドバイザリー業務に携わる。2020年よりIFRSデスクを兼務。
Ⅰ はじめに
国際会計基準審議会(以下、IASB)は、銀行間調達金利指標(以下、IBOR)改革が財務諸表に与える影響に対処するために、以下の二つのフェーズに分けて検討してきました。
- フェーズ1
既存の金利指標を代替金利に置き換える前の期間における財務報告に影響を与える論点(2019年9月に基準の改訂を公表済み) - フェーズ2
既存の金利指標を代替金利に置き換える時に財務報告に影響を与える論点(2020年4月に公開草案を公表済み)
上記二つのフェーズを通じて、主要な検討事項として取り上げられているものとして、ヘッジ会計に関する論点があります。
本稿では、IBOR改革において取り扱われている内容のうち、フェーズ1の改訂の適用が終了し、フェーズ2の改訂(本稿執筆時点においては公開草案。以下同様)の適用に切り替わる時点で想定されるヘッジ会計に関する会計処理のうち、一部を取り上げて解説します。フェーズ1の改訂及びフェーズ2の公開草案のうち、本稿未掲載の内容については、当法人ウェブサイトにおいて解説資料を公開していますので、必要に応じてご覧ください。なお、本稿執筆時点(2020年6月12日)において、IASBは2020年第3四半期にフェーズ2に関するIFRS改訂を公表する予定です。また、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをお断りします。
Ⅱ 予定取引の発生可能性
予定取引をヘッジ対象とする場合、ヘッジ対象の適格要件として、その取引の発生可能性が非常に高いことが求められます。フェーズ1の改訂では、現在使用されているIBORが、金利指標改革により実質的に無リスクの代替的金利(以下、RFR)に置き換わる前の期間において、IBORに変更はないと仮定して当該要件を適用する旨の救済措置が置かれました。当該救済措置は、金利指標改革による不確実性が解消される時点まで適用され、不確実性の解消時点において、フェーズ2の改訂が適用されることになります。
フェーズ2の改訂では、不確実性の解消時点において、過去に文書化していたヘッジ関係の正式な指定を修正することが求められます。ただし、金利指標改革に基づく変更のみを反映するヘッジ指定の変更は、ヘッジの中止として取り扱われないとする救済措置が置かれています。例えば、フェーズ1の改訂の適用期間中に、予定取引としてヘッジされていたキャッシュ・フローがIBORをベースとしていた場合、RFRへの置き換えにより将来キャッシュ・フローの発生時期や金額が確定する時点において不確実性が解消すると考えられます。この時に、ヘッジされるリスクをIBORからRFRに変更するとともに、ヘッジ対象及びヘッジ手段のキャッシュ・フローを、IBORからRFRをベースとするキャッシュ・フローへ変更し、これらを反映するようにヘッジ指定書を修正する必要が生じます。
さらに、当該修正時点において、キャッシュ・フロー・ヘッジ剰余金は、次のいずれか低い方に再測定され、再測定の前後の差額は、修正時点における純損益として処理されます。
- RERに基づいて計算した、ヘッジ手段に係る利得又は損失の累計額
- RFRに基づいて計算した、ヘッジ対象の公正価値の変動累計額
なお、これらの例外的取扱いは、金利指標改革に基づいて必要となる変更にのみ適用されます。すなわち、ヘッジ関係にこの他の変更が加えられる場合には、従来のIFRS第9号「金融商品」に従って、当該変更がヘッジ会計の中止となるかどうかを検討する必要があるという点には留意が必要です。
Ⅲ 過去に中止したキャッシュ・フロー・ヘッジに係るキャッシュ・フロー・ヘッジ剰余金の振替時期
IFRS第9号は、ヘッジ関係が中止された場合であっても、ヘッジされた将来キャッシュ・フローが依然として発生すると見込まれるヘッジ関係から生じたキャッシュ・フロー・ヘッジ剰余金は、ヘッジされたキャッシュ・フローが純損益に認識されるのと同じ期間において純損益に振替えられるまで、資本の独立の内訳項目として計上する旨規定しています。そして、ヘッジされた将来キャッシュ・フローの発生が見込まれない場合には、キャッシュ・フロー・ヘッジ剰余金は、組替調整額として純損益に振替えられます。
フェーズ1の改訂では、ヘッジされた将来キャッシュ・フローがIBORをベースとしている場合に、現在使用されているIBORが金利指標改革によりRFRに置き換わる前の期間において、ヘッジされた将来キャッシュ・フローが発生すると見込まれるかどうかの判定をIBORに変更はないと仮定して行う旨の救済措置が置かれました。当該救済措置は、Ⅱで解説した予定取引のケースと同様に、金利指標改革による不確実性が解消される時点まで適用され、不確実性の解消時点において、フェーズ2の改訂が適用されることになります。
フェーズ2の改訂では、前述したキャッシュ・フロー・ヘッジ剰余金は、ヘッジされた将来キャッシュ・フローがIBORからRERをベースとするものとみなす旨の規定が置かれています。そして、当該キャッシュ・フロー・ヘッジ剰余金は、RFRをベースとするヘッジされた将来キャッシュ・フローが純損益に認識されるのと同じ期間において純損益に振替えられることになります。
例えば、フェーズ1の改訂が適用される前の期間において、IBORをベースとするキャッシュ・フローをヘッジ対象として指定していたヘッジ関係を中止した場合、それまで計上されていたキャッシュ・フロー・ヘッジ剰余金は、ヘッジされていたキャッシュ・フロー(IBORベース)の将来の発生が見込まれる限り、資本の部に計上されます。フェーズ1の改訂が適用される期間において、当該ヘッジされていたキャッシュ・フロー(IBORベース)は、引き続きIBORをベースとするという仮定を置いてその発生の可能性の判定を行います。その後、ヘッジされていたキャッシュ・フローは、RFRへの置き換えによる将来キャッシュ・フローの発生時期や金額が確定する時点において不確実性が解消すると考えられます。この時点で、フェーズ1の改訂の適用は終了し、フェーズ2の改訂が適用されることになります。すなわち、資本の部に計上されているキャッシュ・フロー・ヘッジ剰余金は、ヘッジ会計を中止するまでの期間においては、IBORをベースとするキャッシュ・フローをヘッジ対象としていたものですが、フェーズ2の改訂の適用により、RFRをベースとするものとみなされることになります。
Ⅳ おわりに
フェーズ2の改訂により、金利指標改革から生じる金融商品の会計処理に対する不確実性は解消されるものと考えられます。なお、紙面の都合上本稿では記載していませんが、フェーズ2の改訂では、金利指標改革の影響をどのように管理し、どの程度の影響があるのかについて等、一定の開示も求められます。報告企業には、フェーズ1からフェーズ2の改訂の適用にかけて、適切な会計処理を行うとともに、どのような契約が開示の対象となるかを把握できるよう準備を進めることが期待されます。