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上場維持型M&Aの意義

2019年9月30日 PDF
カテゴリー Trend watcher

情報センサー2019年10月号 Trend watcher

EYトランザクション・アドバイザリー・サービス(株)
M&Aアドバイザリー 中園 章寛

EYトランザクション・アドバイザリー・サービス(株) ディレクター。2018年にEYに参画する以前から通算して15年間、M&Aアドバイザリー業務を担当。案件の組成、方針立案から執行まで一貫して関与し、TOB案件、経営統合案件、オークション案件等、数多くの複雑な案件を成功に導く。EY参画前は証券会社のM&Aアドバイザリー部門に在籍していた。

Ⅰ はじめに

上場会社を対象とし、支配権の異動を伴うM&Aには、当該対象会社の非上場化を企図するケース(TOBとスクイーズアウトを組み合わせる手法や株式交換)と、対象会社の上場維持を前提として進められるケース(上限付きTOB等の手法)が存在します。
利益相反の観点から上場子会社の企業統治に係る実務指針が策定され今後運用されていく中、対象会社の上場維持を前提としたM&Aは、今後どのように位置付けられるでしょうか。

Ⅱ 上場子会社に係るコーポレートガバナンス改革

経済産業省は、上場子会社を抱える企業グループ内での利益相反を避けるため、グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針の中で、上場子会社の取締役会における独立社外取締役の比率(3分の1以上又は過半数等に高める)、上場子会社の独立社外取締役要件(10年以内に支配株主に所属していた者は含めない)、支配株主である親会社による開示項目(上場子会社を維持する合理的理由やガバナンスの実効性)等を含む内容をすでに示しています。上場子会社の経営陣が親会社の利益を優先して、当該子会社の企業価値向上に資することがないような経営判断を行うなど、利益相反の防止が指針整備の背景にあります。

Ⅲ 完全子会社化の意義

M&Aを行う立場で考えた場合、上場している対象会社を完全子会社化することには以下のようなメリットがあります。

① 親会社と少数株主の利益相反が生じないため、抜本的な経営施策を実施可能
② 配当の社外流出解消
③ 上場維持コスト解消
④ 買収ビークルと対象会社を合併させ、対象会社が保有する現金等を実質的に買収資金に充当する等、ストラクチャーやファイナンス面での柔軟性確保

買収後も対象会社の上場維持を図る場合、引き続き少数株主の利益に配慮した経営が求められ、配当の社外流出や上場維持コストも継続的に発生し、買収ストラクチャーやファイナンス検討に際してもさまざまな制約が生じます。それでも、直近3年間において、上場している対象会社の上場維持を前提とし、友好的TOBを通じ40%以上の議決権を取得した事例は30件超に上ります。

Ⅳ 上場維持型M&Aスキームの意義

対象会社の上場廃止を企図してTOBを行う場合、買収主体である買付者は、TOB開始決定時の適時開示において、「対象会社の上場を廃止する見込みである」旨の記載が、また対象会社は、TOBに関する意見表明の決定時の適時開示において、上場廃止を前提する意見表明について決議した旨の記載が義務付けられています。
一方、上場維持前提のTOBの場合には「上場廃止を企図するものではなく上場を維持する方針である」旨の記載がなされます。これは、上場維持の有無は一般株主の判断上重要なものであるため、TOB開始決定時における見通しを適切に開示すべきという趣旨です。
敵対的TOBなどの例外的な状況を除けば、上場維持の有無に関わる判断は買付者と対象会社の協議、合意を経て行われるべきものであり、その際には主に以下のような要素について考慮がなされます。

① 買付者におけるリスク判断
② 買付者におけるM&A予算の制約
③ 買付者におけるM&A戦略上の対象会社の位置付け(M&A実施後、対象会社を中間持株会社としてさらなるM&A戦略の起点とするなど)
④ M&A実施後の対象会社における経営の独立性維持意向
⑤ M&A実施後の対象会社による資本市場からのエクイティ調達の可能性

上場子会社自身のガバナンス強化という実務指針整備の趣旨からすれば、買付者が議決権の過半数を取得して実質的に対象会社を支配することにより得られるメリットのみを訴求することは次第に困難になっていくことが予想され、上記①~③の判断要素について、より慎重な検証が必要とされるようになることは確実です。
一方、実務指針により上場子会社としての独立性が強化され、これを維持するためのポイントが明確化されることで、対象会社としてもM&Aが実施された後のガバナンスの在り方に係る自社の希望・条件をより明確にしやすくなります。買付者との交渉においても、独立性を維持するために必要な各種の合意条件より、むしろM&A実施後の業務提携内容やシナジー実現に向けての体制構築といった点に注力できるようになるのではないでしょうか。
対象会社自身が、さまざまな中長期の経営課題の存在と対処の必要性、または外部リソースを導入することによるシナジー実現と成長の可能性などを検討していたとしても、M&Aが経営の独立性喪失につながるのであれば、極端な経営不振の状態にあるといったケースを除きTOBに対して賛同することは難しいかもしれません。しかし、現実的には、買付者においても人材を含む経営資源を十分に対象会社に投入可能というケースは少なく、対象会社の経営体制を尊重し、親会社としてはシナジー実現に注力するというケースが多いようです。今後、実務指針の中で対象会社の独立性が担保されるようになれば、対象会社が一定のイニシアチブを持って、自社の成長にとり望ましい親会社を選択するといったM&Aはさらに増えていくと考えられます。
また、買付者(親会社)は、投下資本に見合うリターンを期待することに加え、今後、上場維持スキームにおいては、連結経営という枠組みの中、一定の独立性のもとで貢献が見込まれ、シナジーを十分に実現できるか、また独立性を尊重することでリスクを抱え込む可能性が無いかといったことがM&A実施に際しての重要な判断基準になってくることでしょう。

Ⅴ おわりに

実務指針に基づく今後の運用を通じ、取得する議決権割合を低く抑えつつ実質的な経営支配を企図することは困難になり、また、上場子会社の非公開・完全子会社化といった動きも出てくることでしょう。ただ、実務指針整備は、単純にM&Aにおける対象会社の上場維持を想定したスキームのハードルが引き上げられることを意味するわけではないと思います。上場子会社として一定の独立性や競争力を維持することは、むしろ、既往の経営資源を活用して新たなシナジーを追求したり、外部リソースを取り入れて成長を図るには有利とも考えられます。「多様化」が経営のキーワードとなりつつある中、実務指針の整備により上場維持型M&Aは、対象会社として、合理的で活用しやすいスキームになっていくと考えられます。

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