2018年3月期以降のローカルファイル作成における取り組み
情報センサー2018年新年号 特別寄稿
EY税理士法人 移転価格部 西 康之
1999年大阪国税局に入局後、2002年に他の大手税理士法人の移転価格グループに入所し、米国駐在を経て、12年にEY税理士法人の移転価格部に入所。移転価格アドバイザリー業務、移転価格調査立会い及び事前確認をはじめとする税務当局対応業務を中心に携わる。経済産業省の移転価格関連の調査プロジェクトにも関与。米国公認会計士。
Ⅰ 新しい移転価格文書化規定の導入
1. 事業規模等によって異なる文書化対応
経済協力開発機構(OECD)公表の税源浸食と利益移転(Base Erosion and Profit Shifting:BEPS)行動13「移転価格文書化及び国別報告書に係るガイダンス」(2015年10月)に基づく16年度税制改正により、3層構造移転価格文書が導入され、多国籍企業は、事業規模やグループ内の取引金額等に応じた対応が必要となります(<図1>参照)※1。
- 国別報告書(Country-by-Country Reporting:CbCR(国別報告事項))
- マスターファイル(Master File:MF(事業概況報告事項))
- ローカルファイル(Local File:LF(独立企業間価格を算定するために必要と認められる書類))
日本においてCbCR及びMFは、直前の最終親会社の会計年度の連結総収入金額が1,000億円以上の多国籍企業グループが適用対象となります。一方、LFは、連結総収入金額に関係なく、直前の事業年度の内国法人が行う一の国外関連者との取引金額が50億円以上又は無形資産取引金額が3億円以上の国外関連取引(同時文書化対象取引)を対象に同時文書化義務(税務申告期限までの作成・保存)が適用され、これに該当しない国外関連取引(同時文書化免除取引)もLFに相当する書類等の作成・保存が必要となります。
2. ローカルファイルに関する同時文書化義務の導入
10年度税制改正で、日本版移転価格文書化規定が導入され、16年度税制改正では当該規定を厳格化する同時文書化義務が導入されました。企業は、同時文書化対象取引について、国外関連者との取引を行う際、又は確定申告書を提出する際に、利用可能である最新の情報に基づいて租税特別措置法第66条の4第6項に規定するLFを作成し、原則、確定申告書の提出期限の翌日から7年間保存する必要があります。また、同時文書化免除取引については、確定申告期限までの文書作成等の義務が免除されるものの、税務調査時の税務当局からの期日を定めた文書提示等の依頼に備えて※2、LFに相当する書類を作成する必要があります※3。
同時文書化免除取引について、税務当局による書類提出・提示依頼後にLFの作成等に取り組む考え方もありますが(<図2>ケース(2))、税務当局の指定期日内に十分な分析と文書作成を行うことは実務上簡単ではなく、事前の対応が望まれます(<図2>ケース(1))。なお、税務当局による書類提出・提示依頼に対して、指定期日内に書類提出等ができない場合、税務当局による推定課税/同業者調査規定の適用可能性が生じる点に留意が必要です。
3. ローカルファイルの文書構成
企業は、「国外関連取引の内容を記載した書類」及び「国外関連取引に係る独立企業間価格を算定するための書類」として租税特別措置法施行規則第22条10第1項で求められている事項を踏まえてLFを作成し、その根拠となる証憑(しょうひょう)類を整備する必要があります(<表1>参照)。
このようなLFの作成は、企業にとって新たな事務負担となるものの、これを税務対応のみならず内部統制の強化、社内価格設定業務の標準化等に活用することも可能と考えられます(<表2>参照)。
Ⅱ ローカルファイルへの取り組み
1. 各国のローカルファイル作成状況の把握及び文書収集
日本親会社が日本用LFを作成するに当たり、グループ各社が作成している海外用LFの作成状況の確認と、作成している場合にはその文書の収集が必要となります。これは、海外用LFを日本用LFとしてそのまま活用できる又はその一部(経済分析等)を活用できる場合があるほか、LFと他の移転価格文書(CbCRやMF)との整合性を確保する必要があることなどが理由として挙げられます。
2. 日本用ローカルファイルの作成アプローチの検討
日本用LFの作成に当たり、実務上、<表3>のアプローチが採られることが多くあります。いずれに基づきLFの作成を進めるかは、グループ各社におけるLFの作成状況、グループ内取引の状況、社内の税務リソース等の各企業の事情を踏まえて検討する必要があります。
「1. 親会社文書化先行アプローチ」をさらに区分すると、①グローバル一括方式と②共通文書展開方式があります。①は、親会社が各国のLFを作成し、これをグループ各社に展開する方法です。親会社で文書作成等を一元化するため、文書作成の効率化や整合性確保に優れている一方、親会社における文書管理、各国での税務調査時の文書内容の説明等が必要となる点に留意が必要です。②は、親会社でグループ各社に展開する事実分析、機能・リスク・資産分析等の共通事項をまとめた文書(テンプレート)を作成し、また、経済分析は親会社の指示・管理の下でグループ各社が実施し、これを親会社と子会社で共有する方法です。これによってグループ内の文書作成の効率化と整合性確保を図りつつ、①に比べ親会社の負担軽減を図ることができます。
「2. 子会社文書化先行アプローチ」をさらに区分すると、①バインダー方式と②分析共有方式があります。①は、グループ各社が作成する海外用LFをそのまま親会社のLFとして使用する方法です。この方式を採る場合、他の方式に比べ文書作成工数が軽減できるメリットがあります。ただし、この方式の活用に当たっては、海外用LFが日本用LFの要件を満たしていることの確認が必要である点、日本用LFの言語は日本語に限定されていないものの、海外用LFが日本語以外の言語で作成されている場合、税務調査時に日本語への翻訳を税務当局に求められる可能性がある点、海外用LFの経済分析等の内容が海外観点のみから作成されており、日本観点から移転価格の妥当性が説明されていない場合がある点に留意する必要があります。②は、グループ各社が作成したLFの機能・リスク・資産分析、経済分析等を参照しつつ、日本目的で不足する分析等を親会社が別途実施し、LFを作成する方法です。この方式によっても、グループ内の文書作成の効率化等が一定程度期待できます。ただし、グループ各社が作成したLFの記載内容に不整合等がある場合に、その解消作業が別途必要となる可能性があります。
3. ローカルファイルの作成
日本用LFを作成するに当たって、取引相手先の海外子会社ごとに機能・リスク・資産分析、経済分析等を実施すると膨大な量の文書になる等の状況が想定されます。このような状況に対処するため、例えば、グループ内取引内容の類似性、グループ各社が果たす機能等の類似性等を踏まえて、海外子会社等のグルーピングを行い、これらグループ単位で一連の移転価格分析を実施するなどの方法により、文書作成の効率化を図ることが望ましいと考えられます(<表4>参照)。
Ⅲ おわりに
近年、移転価格調査対象法人の裾野拡大と小規模化の傾向が見られ、移転価格調査に備えるLFの作成は、今や一部の大企業のみならず、中堅企業も含む多国籍企業全てにとって必要不可欠なコンプライアンスであると考えられます。このようなLFの作成(事後対応)に加えて、移転価格税制上の観点からグループ内取引価格設定ルールを定めた移転価格ポリシーを策定・導入(事前対応)し、移転価格課税リスクとその対応の重要性を社内共有するなど、移転価格に関する適切な管理を行うことが望まれます(<図3>参照)。
※1 日本では、CbCR及びMFは16年4月1日以降に開始する最終親会社の会計年度、LFは17年4月1日以降に開始する事業年度からそれぞれ適用される。
※2 同時文書化対象取引は、LFを45日以内の指定期日、独立企業間価格算定に重要と認められる書類を60日以内の指定期日までにそれぞれ提出し、同時文書化免除取引は独立企業間価格算定に重要と認められる書類を60日以内の指定期日までに提出する必要がある。
※3 国税庁公表の「移転価格税制に係る文書化制度(FAQ)」の問71に対する回答によれば、「同時文書化義務のある取引も同時文書化義務のない取引も、提示又は提出が求められる書類の範囲は同じです。ただし、これらは確定申告書の提出期限までに作成又は取得し、保存する義務があるかどうかが異なります」とされている。