新たな収益認識基準が業種別会計に与える影響 第7回 ソフトウェア業
情報センサー2017年12月号 業種別シリーズ
ソフトウェアセクター 公認会計士 池田洋平
主に上場会社の監査業務、IPO準備会社への監査・業務改善アドバイス、品質管理業務に従事。ソフトウェア関連の担当が多く、現在は業界向けセミナー講師を務めるなど、ソフトウェアセクターのメンバーとして活動中。その他、建設業、創薬ベンチャー、サービス業、食品製造業や機器製造業などの各種担当を歴任。
Ⅰ はじめに
2014年5月、国際会計基準審議会(IASB)はIFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」を公表しました。これを踏まえ、企業会計基準委員会(ASBJ)は日本基準の体系の整備を図り、日本基準を高品質で国際的に整合性があるものとするなどの観点から、17年7月に公開草案「収益認識に関する会計基準(案)」および「収益認識に関する適用指針(案)」を公表しました。
本連載では、こうした状況を踏まえながら、ソフトウェア業に特に関連する収益認識の論点などについて解説します。
なお、本稿の意見にわたる部分は、筆者の私見であることをお断りします。
Ⅱ ソフトウェア業における収益認識の論点
1. ソフトウェア・ライセンスの供与の会計処理
(1) 取引の概要
ソフトウェア・ライセンスの提供には、インストールサービスやテクニカル・サポートのほか、ソフトウェア・アップデートが含まれていることがあります。ここでは、これらがそれぞれ別個の履行義務であると仮定します。
(2) IFRS第15号における考え方
IFRS第15号では、ライセンスは次の二つに区分され、それぞれで収益認識のタイミングが異なります。
- 知的財産へのアクセス権
ライセンス期間にわたり存在するベンダーの知的財産にアクセスする権利である場合、一定の期間にわたり充足される履行義務として処理する。 - 知的財産の使用権
ライセンスが供与される時点で存在するベンダーの知的財産を使用する権利である場合、一時点で充足される履行義務として処理し、ユーザーがライセンスを使用してライセンスからの便益を享受できる時に収益を認識する。
ベンダーが知的財産への関与を継続し、例えば知的財産の機能性がライセンス期間全体を通じて変化する場合には、ライセンス供与時点において、ユーザーには知的財産へのアクセス権があるだけといえます。
一方で、ソフトウェアの機能性をライセンス期間中に変化させる活動を行うことは契約上も定められておらず、ユーザーも合理的に期待していないようなケースでは、知的財産の使用権があるものとされ、一時に収益認識されます。
(3) 公開草案「収益認識に関する会計基準(案)」等
基本的な考え方はIFRS第15号と同様です。
なお、ライセンスに関する現行の日本の会計実務では、返金不要であることを重視して入金時に一括して収益を認識する方法や、役務提供との整合性の観点から契約期間にわたり按分(あんぶん)して収益を認識する方法など、さまざまな実務が存在していると考えられます。
本公開草案で提示されている知的財産へのアクセス権や知的財産の使用権という考え方に従い、収益認識のタイミングを再度整理する必要があります。
2. 進行基準の会計処理
(1) 取引の概要
顧客仕様のソフトウェア請負開発は、要件定義、基本設計、詳細設計、結合テストなど、複数の工程に基づき行われます。しかし、IFRS第15号に当てはめると、これらの複数の工程が一つの履行義務と判断される場合があります。当該履行義務が一定期間にわたり充足される履行義務に該当した場合には、複数の工程をまとめて全体の進捗(しんちょく)に応じた収益認識(いわゆる進行基準での売上計上)を行うこととなります。
(2) IFRS第15号における考え方
顧客仕様のソフトウェア請負開発は、他に転用できる資産が創出されていないと考えられ、これまでに完了した開発作業に対して支払いを受ける権利がある場合には、次の要件を充足するため、一定期間にわたり充足される履行義務に該当し、進行基準が適用されます。
- 企業の履行が、企業が他に転用できる資産を創出せず、かつ、企業が現在までに完了した履行に対する支払を受ける強制可能な権利を有している。
一方で、例えば契約の初期段階であって、採算割れにはならないものの、制作の進捗度を合理的に測定できないケースでは、原価回収基準(発生原価の回収可能性が高い範囲で収益認識する方法)を適用することになります。
(3) 公開草案「収益認識に関する会計基準(案)」等
IFRS第15号の定めを取り入れていますが、幾つかの代替的な取扱いが認められていますので留意が必要です。
- 期間がごく短い受注制作のソフトウェア
取引開始日から完全に履行義務を充足すると見込まれる時点までの期間がごく短い場合には、重要性の観点から、進行基準を適用せず、完成基準により収益を認識することができる。 - 契約の初期段階における原価回収基準
進行基準適用対象の契約の初期段階において、履行義務の充足に係る進捗度を合理的に見積もることができない場合には、重要性の観点から、当該契約の初期段階に原価回収基準に基づく収益を認識せず、当該進捗度を合理的に見積もることができる時から進行基準に基づき収益を認識することができる。 - 受注制作のソフトウェアの収益認識の単位
複数の契約の締結時点が異なるなど、本来は契約の結合の要件を満たさないケースにおいて、仮に契約を結合する場合としない場合とで、収益認識の時期および金額の差異に重要性が乏しいのであれば、当該複数の契約を結合し、単一の履行義務として識別することができる。
Ⅲ おわりに
ソフトウェア業においては、ソフトウェア取引実務対応報告や工事契約会計基準に沿って会計処理が行われてきましたが、公開草案「収益認識に関する会計基準(案)」等の公表に伴い、いずれも廃止することが提案されています。
本公開草案においては、日本の実務に考慮した幾つかの代替的な取扱いが認められていることから、現行実務を大きく変えずに済む契約内容も多いかもしれません。ただし、本公開草案で提示された新たな考え方に基づき、現行の実務を変える必要があるのか、あるいは、現行の実務を継続することができるのかを検討することが求められます。
顧客との契約の内容をいま一度整理してみる良い機会と考えられます。
参考文献:新日本有限責任監査法人 ソフトウェアセクター編著『ベンダーとユーザーのためのソフトウェア会計実務Q&A』(清文社)、本誌2016年11月号(Vol.115)「ソフトウェア請負開発取引におけるIFRS第15号の影響」