外国子会社合算税制(タックスヘイブン対策税制)の改正 後編
情報センサー2017年7月号 Tax update
EY税理士法人 公認会計士 南波 洋
1993年から、太田昭和アーンスト アンド ヤング(現EY税理士法人)にて、日本企業・外資系多国籍企業に対する国内および国際税務アドバイザリー業務に従事。国際税務、税制改正、組織再編税制などに係る講演、寄稿、執筆多数。2004年から、日本公認会計士協会 租税調査会国際租税専門部会 専門委員。
Ⅰ はじめに
平成29年度税制改正において、外国子会社合算税制(タックスヘイブン対策税制)の大幅な見直しが行われました。この税制は、国内企業が低税率の海外子会社に所得を移転することにより日本における法人税負担を不当に軽減することを防ぐため、一定の要件に該当する海外子会社の所得について、国内企業(海外子会社の株主)の所得と合算して日本で課税するものです。前号(本誌2017年6月号)においては、旧制度の概要と新制度の概要について説明しました。今号では、重要な改正ポイントと海外に進出している日本企業に求められる対応について解説します。
参考として、合算課税の対象となる外国関係会社※1の租税負担割合※2に着目した今回の改正のイメージ図を掲載します(<図1>参照)。
Ⅱ 重要な改正ポイント
1. ペーパーカンパニー等にかかる会社単位の合算課税の強化
旧制度においては、外国関係会社の租税負担割合が「20%以上」であれば、この税制の適用に伴う合算課税は一切ありませんでした。これを奇貨として、租税負担割合が20%以上の国の外国関係会社を使って租税負担を減らす税務プランニングが行われることもありました※3。このようなケースでは、経済実体のない会社が用いられるケースが多いのですが、外国関係会社の中で、新制度下の「ペーパーカンパニー※4」に該当するものについては、今後は税負担率にかかわらず所得の全額を合算課税することになります。
また、総資産に占める「一定の受動的所得」の割合が高い「事実上のキャッシュボックス※5」や「ブラックリスト国所在の外国関係会社※6」についても、同様に所得の全額が合算課税されることとなります。
ただし、企業の事務負担軽減の措置として、租税負担割合が30%以上の前記ペーパーカンパニー等については、<図1>のとおり、制度の適用が免除されます(制度適用免除基準)。
2. 受動的所得の範囲拡大に伴う部分合算課税の強化
前号でも説明したとおり、ペーパーカンパニー等に該当しない外国関係会社については、「経済活動基準」を満たすか否かを検討しなければなりません(<図1>参照)。一つでも満たさない場合には、外国関係会社の全ての所得が合算課税対象とされます(会社単位の合算課税)。これは、旧制度とほとんど変わらない取扱いです※7。
問題になるのは、四つの経済活動基準を全て満たす場合です(旧制度においては、適用除外基準を全て満たすケースに該当します)。この場合は、「一定の受動的所得」についてのみ合算課税対象となります(部分合算課税制度)※8。この制度は、旧制度における「資産性所得」の合算課税と同様のコンセプトによる課税ですが、旧制度と比較して大きなインパクトを企業にもたらすものです。
<表1>は、旧制度における合算課税対象である「資産性所得(受動的所得)」と、改正後の合算課税対象となる「一定の受動的所得」の範囲を対比したものです。明らかに、その合算対象とされる所得の種類は増えており、かつその範囲も広がっています。例えば、旧制度において対象とされる「利子」は、債券の利子だけでしたが、改正後は利子全般に広げられています※9。また、「配当」についても、旧制度では持株割合10%未満の株式にかかる配当が対象でしたが、改正後は25%未満の株式にかかる配当まで対象が広げられています※10。
<ケーススタディ>をご参照ください。適用除外基準(経済活動基準)を満たす外国関係会社(租税負担割合が20%未満)が保有割合10%以上25%未満のB社株式を保有しています。取引A(B社から配当を受け取る)、取引B(B社から貸付金の利子を受け取る)、取引C(B社株式を譲渡して譲渡益を得る)を行った場合に、「旧制度」においては合算課税が生じませんが、改正後の「新制度」では、合算課税が生じてしまうので、注意が必要です。
Ⅲ その他の改正点
1. 外国関係会社の判定
外国関係会社の判定における間接保有割合の計算が、50%超の株式等の保有を通じた連鎖関係を勘案するものに見直されます。株式の実際の保有がなくても、実質的に外国法人を支配している場合(一定の要件あり)には、当該外国法人が外国関係会社の範囲に加えられます。
2. 経済活動基準(旧適用除外基準)の見直し
実体のある事業を行っている航空機リース会社や製造子会社の所得が合算されないように、事業基準、所在地国基準が見直されます。第三者を介在させることで、「非関連者基準」を形式的に満たすケースへの対応がなされます。
3. 推定課税の導入
当局の職員が税務調査等に際して、1)外国関係会社がペーパーカンパニーに該当しない要件を満たすことを明らかにする書類等、2)外国関係会社が経済活動基準を充足することを明らかにする書類等、の提出を求めることが認められます。期限までにそれらの書類の提出がない時は、その外国関係会社は前記の要件を満たさないものと推定されます。
Ⅳ 日本企業の対応
1. 課税リスクへの対応
現時点で「ペーパーカンパニー」の一般的な定義は明らかにされたものの※4、限界事例は明らかではありません。外国関係会社がペーパーカンパニーや事実上のキャッシュボックスに認定され、いったん合算課税の対象になると合算額が巨額になる可能性があります。
また、今回の改正で部分合算課税の対象となる受動的所得の種類と範囲が大幅に拡大されています。これまで対象とされなかった貸付金に係る受取利子や一定の配当金・キャピタルゲインも合算課税の対象に含まれることになり、チェックを怠っていると思わぬ課税が生じることが考えられます。
新制度は、外国関係会社の平成30年4月1日以後に開始する事業年度から適用されます。まだ時間的猶予があるように思われますが、海外進出企業は対応を急ぐべきです。求められる対応は、①課税リスクの予想・特定・抽出②課税リスクへの対処法・予防策の策定・実行です。①に関しては、海外子会社にかかる広範な情報収集が必要です。ここでは、将来の課税リスクの抽出・予想が求められます。特に、これまでの旧制度下では何ら問題がなかったが、改正後は問題になるようなケースに注意が必要です(<ケーススタディ>参照)。②に関しては、海外子会社の企業実体・機能の追加・変更、合併等の組織再編を通じた企業実態・機能の変更、グループ内会社間の資本関係(持分割合)の変更といった、より大がかりな対応が必要になるかもしれません。
2. コンプライアンス(申告義務等の遵守)
今回の改正に当たっては、租税回避に関与していない企業に過剰な事務負担がかからないように配慮することが謳(うた)われていました。しかし、やはり日本親会社の事務負担が相当程度増えることが予想されています。
特に、今まではほとんど考慮する必要のなかった租税負担割合が20%を超えている外国関係会社についても、ペーパーカンパニー等の該当可能性を検討するために、当該会社の実態や所得に関する情報収集と分析が必要となります。また、経済活動基準を満たす外国関係会社についても、部分合算課税を受ける受動的所得の種類・範囲が大幅に拡大されたことにより、その事業形態や発生した所得類型に関する情報収集と分析に多大な労力がかかることが考えられます。情報収集に関しては、海外子会社から適時・適切に情報を吸い上げるための仕組みの構築や海外子会社に対するインストラクションの作成など、早急な体制整備が必要です。
推定課税の導入(Ⅲ3.)に伴って、事前に準備する必要のある文書の確認・作成や申告書作成業務の効率化も検討する必要があります。新制度下のコンプライアンス(申告義務等の遵守)に関しては、合理的で適切な対応が求められます。
※1日本居住者・内国法人等が合計で50%超の持分を直接・間接に保有している外国法人
※2通常は、「支払った租税の金額/現地法令に基づく所得の金額」で計算される。分母の所得の金額には、現地法令上は課税所得に含まれない、いわゆる「非課税所得」が加算される。
※3例えば、現行制度上、日本法人が25%未満の持分の外国法人株式を直接保有する場合には、外国子会社配当益金不算入制度の適用はなく、受取配当は全て日本において課税される。これらの株式を、配当益金不算入制度を有し租税負担割合が20%を超える国(例えばオランダ)の子会社を介して日本法人が保有すれば、当該配当に関して実質的に外国子会社配当益金不算入制度の適用を受けることが可能となる。
※4主たる事業を行うに必要と認められる事務所等の固定施設を持たず、かつ、その本店所在地国において事業の管理、支配、運営を自ら行っていない外国関係会社
※5総資産の額に対する一定の受動的所得の割合が30%を超え、かつ、総資産の額に対する金融資産等の割合が50%を超える外国関係会社、とされている。
※6情報交換に関する国際的な取り組みへの協力が著しく不十分な国・地域に本店等を有する外国関係会社。国・地域は財務大臣によって指定(告示)される。
※7外国関係会社の租税負担割合が20%以上の場合は制度の適用が免除される。
※8外国関係会社の租税負担割合が20%以上の場合は制度の適用が免除される。
※9一定のグループファイナンスに係る貸付金利子は除かれる。
※10一定の化石燃料採取法人から受ける配当に関しては、持株割合10%未満の株式にかかる配当が対象とされる。