判例や下級審裁判例を整理すると、固定残業代制度が適法であるためのポイントは、①労使間での固定残業代の合意が成立していること、②①の合意が有効であること、③明確区分性であると考えられます※4。
① 労使間での合意が成立していること
通常は、雇用契約書や就業規則上の規定(賃金規程)の有無によって、容易に判断できることが多いと考えられます。ただし、固定残業代制度についての定めがあっても、「手当型」の場合には、検討を要する場合があります。例えば、就業規則にて「基本給30万円」のほか、「固定時間外手当10万円」を支払う旨の規定がある場合は、固定残業代制度についての合意があると考えられます。
では、当該手当の名前が、「固定時間外手当」ではなく「業務手当」であった場合はどうでしょうか。会社としては、残業の生じやすい業務担当者に対して、固定残業代とする趣旨で、「業務手当」を支払っているかもしれません。このような場合、直ちに固定残業代制度としての効力が否定されるわけではありませんが、一義的に読み取れない以上、固定残業代制度の合意として認められないリスクがあるといわざるをえません※5。
なお、固定残業代制度は、前記のとおり、支払った固定残業代が、労基法に従って計算した割増賃金の金額に満たない場合には、差額の精算が必要になります。裁判例では、固定残業代制度の合意の有無があるか否かを判断するにあたって、この精算についての雇用契約ないし就業規則上の定めが置かれているかどうかを重視するものもあり※6、特に留意が必要です。
② 上記①の合意が有効であること
民法上、当事者間で合意した契約であっても、その内容が公序良俗に反するものであれば、契約自体、無効となります(民法90条)※7。
固定残業代制度は、あらかじめ、一定の残業を予定するものといえますが、例えば「月100時間分の固定残業代」とあまりに長時間の残業代を織り込むものであれば、長時間労働を恒常的に助長しかねない制度として公序良俗に反し、無効とされる可能性が高いとされています※8。
また、基本給から固定残業代を控除した額を、所定労働時間で割って1時間当たりの単価を計算した場合に、時間単価が最低賃金を下回る場合は、最賃法違反により当然に無効となりますが(最低賃金法4条2項参照)、最賃法をギリギリ上回る水準にとどまる場合も、公序良俗の観点から無効とされる可能性があるとされています※9。
③ 明確区分性
労働者に支給している賃金について、①通常の労働時間の賃金に当たる部分と②割増賃金に当たる部分とを判別する(①・②それぞれいくらかを計算する)ことが可能でなければ(明確区分性)、固定残業代制度は無効となります。
これは、固定残業代制度によらず割増賃金を計算した場合との差額の精算を可能にすべく、労働者によって、労基法に基づく割増賃金の計算を可能にさせるための要件だと考えられます。
具体的には、雇用契約や就業規則上、何時間分の残業代が、いくら含まれているかが明示されている必要があります。
主に「基本給組み入れ型」の場合に問題になるところ、例えば、以下のとおり整理できると考えられます。