2024年6月26日
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企業活動における物差しの変化。インパクトを意思決定の基軸に

執筆者 EY Japan

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2024年6月26日

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環境・社会の持続可能性の重要度が高まるにつれ、企業経営の意思決定において財務的価値のみならず、環境・社会的価値を含む非財務的価値も、新たな判断基軸とすることが求められ始めています。

この環境・社会的価値の物差しとして「インパクト」の測定・評価を行う取り組みが進んでいます。

要点
  • 企業活動の評価基準が変化し、財務的価値に加え、環境・社会的価値を含む非財務的価値の向上も重視されるようになっています。
  • インパクト測定は企業の環境的・社会的影響を定量化し、インパクト加重会計は、そのデータを基に企業の総合的な価値を評価する手法です。
  • 日本では、金融庁、経産省、環境省がインパクト評価の基準化を進め、企業の持続可能な成長を支援しています。
  • 今後、企業はインパクト測定・評価を経営に組み込み、環境・社会的価値の創出と経済成長の両立を目指すことが求められます。

企業活動とインパクト評価の重要性

企業活動の評価基準は、近年、大きな変化を遂げています。従来は財務的な価値の向上が主要な目標とされてきましたが、現在では環境や社会的な価値を含む非財務的な価値の向上も求められるようになっています。この変化は、地球温暖化や資源枯渇、社会的不平などグローバルな社会課題が深刻化していることに起因しています。企業には、これらの社会課題に対する取り組みを通じた長期的価値の創造が期待されています。

企業が環境や社会的価値を重視することは、単なる企業の社会的責任としてだけでなく、自らの競争優位性を高める戦略としても重要です。消費者や投資家の意識の高まり、政府の規制強化、国際的な取り組みがこの動きを後押ししています。
こうした背景から、企業経営においては環境・社会的インパクトの測定と評価が徐々に求められるようになりつつあり、それを経営戦略に組み込むことで持続可能な成長を達成し、社会からの信頼を獲得することが肝要になってきています。

インパクトとは何か

インパクトとは、「短期、長期の変化を含め、当該事業や活動の結果として生じた社会的、環境的なアウトカム 」1を指します。インパクトには、ポジティブな影響(例えば、CO2排出削減、地域社会の発展)だけでなく、ネガティブな影響(環境汚染、社会的不平等の拡大など)も含まれます。企業活動がどのようなインパクトを持つかを理解することは、持続可能な経営にとって不可欠です。

環境的インパクトは企業活動が自然環境に与える影響を指し、温室効果ガスの排出量、エネルギーや水資源の消費量、廃棄物の生成量などが含まれます。これに対し、社会的インパクトは企業活動が人々の生活や社会に与える影響を指し、雇用、労働条件、教育機会、地域社会の発展などが含まれます。

インパクト測定は、企業の社会的・環境的インパクトを体系的に測定し評価するプロセスであり、データの収集、定量化、分析、報告を通じて企業やプロジェクトの影響を理解し、持続可能な経営戦略を策定するための基本的な枠組みを提供します。

インパクト測定の手法

インパクト測定は、端的に言えば、企業の社会的・環境的影響を定性・定量的に示すためのプロセスです。具体的な測定・評価の手法には、ロジックモデル、Theory of Change、5 Dimensions of Impact、RDD(回帰不連続デザイン)やRCT(ランダム化比較試験)、IRIS+、SROI(社会的リターン・オン・インベストメント)などがあります。これらの手法を基に、定量的データ(CO2排出量、エネルギー消費量など)と定性的データ(労働条件の改善、コミュニティへの影響など)を用いてインパクトを測定・評価します。

これらを適切に管理し、目標を実現していくためには、ガバナンス体制を構築した上で、目標設定・進捗管理を行い、継続的に目標と実績の差異分析を実施し、改善策を講じていくことが重要です。留意すべき点として、①恣意的ではなく客観的に実施すること、②正のインパクトと負のインパクトの両方を含めること、③ステークホルダーの声を取り入れること、など情報の信頼性を確保する点があげられます。投資家の意思決定を左右する情報でもあるため、インパクトウォッシュのリスクを回避し、堅確なプロセス・内部統制の構築が望まれます。

インパクト会計は、社会的・環境的インパクトを定性的・定量的に測定し、企業の総合的な価値を評価する手法です。特に、インパクト加重会計は、「組織とそのステークホルダーが、十分な情報に基づいた統合的な意思決定を行うために利用できる、組織(または複数の組織)に関する影響情報を含む包括的な定量的・評価的説明のセット」2とされ、インパクトを貨幣価値に変換し、財務報告に反映させることを目的としています。これにより、企業はインパクトをより合理的に意思決定に反映させ、社会の持続可能な成長を支援することができると考えられます。

国内の取り組み

日本では、金融庁が事務局をした「インパクトコンソーシアム」が発足し、インパクト実現を図る経済・金融の多様な取り組みを支援するとともに、インパクトの創出を図る投融資を有力な手法・市場として確立し、事業を推進していくための議論や発信を推進しています。このコンソーシアムの分科会では、インパクト指標の設定のあり方や、インパクト投資市場の裾野拡大に向けた議論が行われる予定です。

また、経済産業省は、社会的課題に取り組むスタートアップ企業を支援し、インパクト投資のエコシステムを構築しており、これにより、持続可能なビジネスモデルが育成され、社会的・環境的課題に対するイノベーティブな解決策が生まれています。内閣府が2024年6月に公表した「新しい資本主義」のグランドデザインおよび実行計画においても、インパクトスタートアップに対する総合的な支援がうたわれています。

環境省においても、企業の環境パフォーマンスを評価するためのガイドラインを提供し、インパクト投資を促進しています。このガイドラインは、環境データの収集・分析を支援し、企業の持続可能性への取り組みを強化することが意図されています。

インパクト測定・評価の未来

インパクト測定における新しい技術とツールは、企業のインパクト評価をさらに進化させています。AI、ビッグデータ分析などの技術を活用することで、より正確で包括的なインパクト測定が可能です。これにより、企業はインパクト測定の精度を高め、持続可能な経営戦略を策定するためのデータをより効果的に活用できるようになります。

グローバルなインパクト評価基準の動向も注目されており、国際的な枠組みが整備されることで、企業は国境を越えて一貫性のあるインパクト評価を行い、持続可能な成長を支援することができます。
インパクト測定を通じて、企業は自らの活動が社会や環境に与える影響を把握し、持続可能な戦略を策定することが可能となります。これにより、持続可能な経済成長が促進されるとともに、ステークホルダーとの信頼関係を築くための基盤が形成されます。

企業におけるインパクト測定の具体的な導入方法

企業がインパクト測定を導入するためには、以下のステップで進めることが想定されます。

(1)パーパスやマテリアリティに即した企業活動がどのようにインパクトを及ぼすか整理する
(2)インパクト測定を実施する具体的な企業活動を決定する
(3)ロジックモデルやシステムマップを構築する
(4)KPI の設定と進捗管理方法を決定する
(5)測定・評価を実施する

まず、既存のマテリアリティ(重点課題)も踏まえ、企業活動がどのように社会・環境にインパクトを及ぼすか、ステークホルダーの視点を取り入れながら明確化することから始めます。必要に応じて、経営陣、従業員、顧客、地域社会、投資家、環境団体など、企業活動に関わるステークホルダーを洗い出し、インタビューを実施します。

次に、具体的な企業活動の中から、インパクト測定を実施する活動を選定します。この際には、測定方法が確立されておりデータ収集が可能な活動やマテリアリティへの影響度が高い活動、必要となるデータ収集が容易でコストがかかり過ぎない活動、経営戦略と整合性があり企業活動の全体像を把握できる活動などを選定します。

その後、インパクト測定対象となる企業活動と、その活動がもたらすインパクトの関係性を明確にします。インプット、企業活動を経て最終的なインパクトまでの因果関係を示したロジックモデルを作成し、必要に応じて、ロジックモデルに加え、活動間の相互作用や外部要因の影響などを考慮したシステムマップを作成します。

ロジックモデル、システムマップ作成後に、インパクト測定結果を分析・評価するための指標(KPI)を設定し、進捗管理方法を決めます。KPIについては、具体的かつ測定も達成が可能であり、現実的、期限を持つSMART目標であることはもちろんのこと、各KPIの測定に必要なデータ収集方法を確立し、KPIの進捗状況を定期的にレビューし、必要に応じて目標設定や活動内容を修正するための体制を構築することが必要です。

最後に、ロジックモデルやシステムマップに基づき、設定したKPIを用いてインパクト測定を実施し、評価します。必要なデータを収集し、設定した指標に基づき、インパクトを算出・分析、目標達成度や課題などを評価し、インパクト測定結果の対外的・対内的な開示へ利用を図ります。

この他、全社的な理解と協力を得るための教育・啓発活動を行うことや、インパクトウォッシュを避けるため、リスク管理や内部統制といったガバナンス体制の整備を行うことも重要です。企業が持続可能な未来を実現するためには、単にありたい姿を描くのみならずインパクト測定の導入も必要です。これにより、企業は環境的・社会的影響を測定し、財務的価値とともに、環境・社会的価値を含む非財務的価値を統合した経営の意思決定を行い、パーパスやビジョンに即した持続可能な成長とステークホルダーとの信頼構築を通じた企業価値向上を実現することができると考えられます。

  1. 内閣府, 平成28年3月, “社会的インパクト評価の推進に向けて(概要)”
    https://www5.cao.go.jp/kyumin_yokin/shiryou/sonota/shakaitekijigyou/shakaitekijigyou_04.pdf
  2. IEA, 2024年6月, “Conceptual Framework for Impact-Weighted Accounts”
    https://impacteconomyfoundation.org/wp-content/uploads/2024/06/Conceptual-Framework-for-Impact-Weighted-Accounts-.pdf

【共同執筆者】

松本 真:EY新日本有限責任監査法人 金融事業部 気候変動・サステナビリティ・サービス シニアマネージャー
堀川 真人:EY新日本有限責任監査法人 金融事業部 気候変動・サステナビリティ・サービス シニアマネージャー
野島 有沙:EY新日本有限責任監査法人 CCaSS事業部 マネージャー

※所属・役職は記事公開当時のものです。


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サマリー

企業活動の評価基準が、財務的価値から環境・社会的価値も含む非財務的価値へと変化しています。この新しい物差しを使うためにも、企業は社会的・環境的影響を測定し、インパクト評価を行うことが必要です。金融庁、経産省、環境省もインパクト評価を支援する取り組みを実施するなど、新しい潮流となっています。

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