2024年6月14日
系統運用の高度化に向けた配電事業制度の論点とは

配電事業制度で系統運用高度化実現の論点とは

執筆者 EY ストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社

複合的サービスを提供するプロフェッショナル・サービス・ファーム

EY Strategy and Consulting Co., Ltd.

2024年6月14日

特定地域において⾃⾝で配電系統を運⽤する配電事業の促進は、次世代に向けて分散型リソースを活⽤し安定した電⼒システムを構築するために、有効な可能性があります。

現状の配電事業制度の論点はどのような点にあるのでしょうか。

要点

  • 配電事業は、地域の分散型電源の活用や、自然災害に対するレジリエンスを高める観点から、2022年4月に開始された。
  • 現行の配電事業制度では算入が認められる費用項目が明確ではない部分があり、費用の回収という観点から見て予見性を持った健全な事業運営を実現できるとは言い切れない側面がある。
  • ⼀般送配電事業者(一送)側の配電事業者を積極的に参⼊させるインセンティブや社会的意義や、系統運⽤の⾼度化を⽬指す中で配電事業者に期待する役割を明確化する必要がある
  • 一送および系統全体への影響を考慮しつつ、参入意向のある事業者を交えて改めて議論をすることや、規制当局が現行のルールの枠内で新規参入可能なガイドラインを定めることを通じて、新規参入者にとって事業の予見性を高めることが必要なのではないか。

1. はじめに

2050年のカーボンニュートラルの達成に向けて、分散型リソースを最大限に活用し、安定した電力システムを構築することが重要な課題となっています。

この課題に取り組むため、経済産業省の「次世代の分散型電力システムに関する検討会」では、どのように分散型システムを構築するかについて議論が行われています。分散型リソース活用の高度化には、各事業者によるさまざまなアプローチがあり、どの手法を選ぶべきか、また高度な系統運用を担保するためにどのような制度設計を行うべきかについて今後の検討が必要とされています。さらに、分散型リソースの接続増加は、配電系統だけでなく基幹系統にも混雑を引き起こす可能性を秘めており、配電系統運用の高度化が進むと、系統全体の最適運用と配電系統内の部分最適運用が異なる可能性があります。このため、送電と配電を一体として捉え、全体の系統運用の在るべき姿について考えることが重要です。

一方で、系統全体の最適運用と配電系統内の部分最適運用の違いを踏まえた系統運用にとって、配電系統内の部分最適運用を行う配電事業者の役割は大きくなっています。これは、配電系統内の部分最適運用には、地域特性に応じた系統運用が求められることから、コストの効率化や災害時のレジリエンス向上等、配電事業という形が適していると考えられるためです。新たな制度設計の検討には、配電事業者による新たなアプローチが期待されています。

今回のコラムでは、系統運用の高度化に向けた配電事業の促進を目的として、現在の配電事業制度について解説を行います。

2. 配電事業制度の概要

配電事業者とは、特定の区域において一般送配電事業者の送配電網を活用し、自身で配電系統を運用し、託送供給および電力量調整供給を行う事業者のことを指します。地域の分散型電源の活用や、自然災害に対するレジリエンスを高める観点から、2022年4月に開始された配電事業制度の導入により、電気事業上の電気事業者に位置付けられました。

配電事業者は、災害時等にオフグリッド化を行い、配電エリア内の電力供給サービスを行うことが期待されているほか、一送との連携によるデジタル技術を活用した出力制御や、ローカルフレキシビリティ市場による抑制枠の取引等の高度な運用の実現により、将来的に再生可能エネルギーの大量接続と効率的運用を実現させる役割が期待されています。また、新技術を活用した運用・管理により、設備のダウンサイジングやメンテナンスコストの削減も期待されます。

配電事業者の参入例としては、地域新電力が地産地消の取り組みを深化させるパターンや、熱、水道、ガス、通信技術等のインフラ技術を持つ技術者、AIやIoT等の技術を有するベンチャー企業等が想定されています。例えば、自治体や地元企業が高度な技術を持つIT企業と組んだ上で配電事業を行い、AI・IoT等の技術を活用した系統運用・管理を進展させるといった事例が期待されています。

3. 配電事業参入に向けた流れ

配電事業を始める際にはライセンスの取得が必須で、事業を開始するまでの全体的なフローがあります。このフローは主に以下の6つのステップで構成されます。

資源エネルギー庁「配電事業ライセンスについて」

資源エネルギー庁「配電事業ライセンスについて」www.enecho.meti.go.jp/category/electricity_and_gas/electric/haiden/data/license.pdf (2024年3月28日アクセス)を基にEY作成

(1)「事業イメージの検討」では、当該事業の必要性・目的、候補地、事業の骨子、事業全体のスケジュールといった概要を検討します。

(2)「事業の詳細検討」では、必要な費用やリソース、リスク等を詳細に検証し、自治体・需要家への説明も実施します。

(3)「参入許可申請」では、配電事業ライセンスの申請に必要な手続きとして、経理的基礎や技術的能力、事業計画の確実性等、当該エリアの安定供給や需要家利益を確保する主体としての適格性を審査されます。

(4)「事業開始前準備」では、安定供給確保、および適正価格による設備の譲受・借受を確保する観点から一般送配電事業者と共同で引き継ぎ計画を作成し、託送料金など系統利用に関する諸条件を定めた託送供給約款や電気工作物の設置および運用に関する計画を定めた供給計画の作成を行います。

(5)「事業開始」では、電力広域的推進機関の定める送配電等業務指針等に従い、業務ルールを定め、実際の事業活動を開始します。また、法に基づき会計報告・収支公表も求められます。

(6)「事業の休廃止」では、配電事業者が事業を休廃止する場合は、経済産業大臣の許可が無ければ休廃止できない仕組みとなっています。配電事業者の設備等が確実に当該一般送配電事業者に移り、当該地域における継続的な託送供給等に支障が生じないことが重要です。

4.配電事業制度の論点

(1)配電事業者の参入に伴う費用負担について

現状の配電事業制度に関する論点の一つは、系統運用の高度化に向けた配電事業者の参入に伴う費用負担についてです。レベニューキャップ制度において、一送は収入上限への算入が認められる費用項目が規定されており、設備投資費用や事業経費等に対して査定を経て託送料金による回収が可能となっています。それに対して、現行制度では配電事業者に対しては“ 配電設備の維持運用費用 ”として算入が認められる費用項目が明確ではない状態です。系統運用の高度化に向け、他業種知見やAI、IoT等の新技術を活用した設備やシステムへの投資が必要となりますが、これらの費用の回収という観点から見て、現行の制度が予見性持った健全な事業運営を実現できるものであるとは言い切れない側面があります。一送から借り受けた設備の借受価格等の調整(注)を通じた回収を認めるべき費用項目および水準を明確にするために何が必要なのか、という問いについて考えるべき時期に来ていると言えるでしょう。

経済産業庁 電力・ガス取引監視等委員会第  6回料金 制度専門会合 資料3「配電事業制度の詳細設計について」

経済産業庁 電力・ガス取引監視等委員会第 6回料金 制度専門会合 資料3「配電事業制度の詳細設計について」www.emsc.meti.go.jp/activity/emsc_electricity/pdf/0006_03_01.pdf (2024年3月28日アクセス)を基にEY作成

(注)借受価格等の調整‥‥配電事業の収益性は、一送の保有する設備の借受価格あるいは譲渡価格によって大きく変わるため、参入インセンティブの設計という観点からも価格の設定を適切に行う必要があります。現在、適切な借受価格は、①配電設備の維持運用費用、②配電設備の償却費用、③上位系統費用、④地域調整費のうち、①を除き、②③④を含む価格となり、一送との協議で決定する方針ですが、特に①に何を含めるのかについて制度上明確に規定されることが予見性を高める上で重要となります。

送電事業と配電事業が分離している英国では、配電事業者に対してもレベニューキャップ制度 (RIIO)が適用されています。日本の配電事業制度において、新規参入者は当初小規模な供給区域に限定すると想定されており、現時点では、英国のように配電事業者に対してレベニューキャップ制度を複雑かつ大きな負担を伴う形で適用するのは合理的とは言えません。一方で、中長期的には、日本の配電事業者が供給区域を拡大し、送配電事業全体のプレゼンスを増やす可能性を視野に入れた制度設計も求められるでしょう。レベニューキャップ制度を簡易化し、回収を認めるべき費用項目および水準を明確化するといった制度設計の必要性も想定されます。一般送配電事業者が送電事業と配電事業を分けて収入上限を算定する制度とすることで、配電事業者としての安定供給に必要なコストの適正回収を認めることも将来的には検討に値すると考えられます。

(2)配電事業者と一送の連携について

もう一つの論点は、配電事業者と一送の連携についてです。配電事業および系統運用の高度化に向けて、一送と配電事業者の連携は不可欠となります。しかし、一送側に配電事業者を積極的に参入させるインセンティブや社会的意義が十分に明確でない場合、協議が長期化する可能性があり、参入が困難となる可能性があります。配電事業者と一送が協業し、系統全体および配電系統内の安定供給および系統運用の高度化を実現できるようにすることが求められています。

配電事業者と一送の協業を促すためには、系統運用の高度化を目指す中で配電事業者に期待する役割を明確化する必要があります。例えば欧州では、ローカルフレキシビリティ市場の活用が進んでいます。英国では2019年から商業取引が開始されており、2023年には合計4.6GWに対して入札が行われました(The Energy Networks Association, “ENA flexibility figures - August 2023”)。プラットフォームプロバイダーによるシステム開発が進んでおり、2024年3月には翌日のフレキシビリティを取引する前日市場が導入され、今後さらなる配電レベルでの高度な系統運用が開始されます(UK Power Networks’ Distribution System Operator, “UK’s first distribution ‘day-ahead flexibility’ product launched by UK Power Networks’ DSO”)。このように、配電事業者の役割が設備投資よりも系統運用を重視した混雑管理方策へ移行する可能性があります。日本においても、ローカルフレキシビリティ市場の活用を目指し、規制当局がそれに対する働きかけを行うことで、一送と配電事業者の連携が実現できる可能性があると考えられます。

5.系統運用の高度化に向けて、配電事業制度のあるべき姿を実現するためには

系統運用の高度化に向けて、配電事業制度のあるべき姿を実現するためには、地域や社会全体としては、安定供給を保ちつつ電力コストを低減し、さらにはイノベーションによる便益を享受できることが求められます。

また配電事業者は、予見性を持った健全な事業運営を行い、一送と協働して、配電系統内の安定供給と系統運用の高度化に向けた取り組みを実施することを求められます。通信技術とエネルギーマネジメントの融合や、地域密着型ビジネスの展開等、送配電事業者も連携することに価値を見いだす配電事業者の参入が望まれます。

一送も同様に、予見性を持った健全な事業運営を行い、配電事業者との協働により系統全体の安定供給と系統運用の高度化につながる取り組みを進めることが必要となります。

そして最後に、規制当局に求められることは、一送および系統全体への影響を考慮しつつ、地域や社会全体に適正な便益を提供できる配電事業者の参入や事業運営を後押しすることです。参入意向のある事業者を交えて改めて議論をすることや、規制当局が現行のルールの枠内で新規参入可能なガイドラインを実情に応じて更新することを通じて、新規参入者にとって事業の予見性を高めることが必要です。

これら全てがうまく機能し合うことにより、配電事業制度のあるべき姿が実現されると言えるでしょう。

(出所)

The Energy Networks Association (ENA)  “ENA flexibility figures - August 2023”
UK Power Networks’ Distribution System Operator(DSO) “UK’s first distribution ‘day-ahead flexibility’ product launched by UK Power Networks’ DSO”

サマリー

次世代に向けて分散型リソースを活用し安定した電力システムを構築するには、配電事業の促進も有効な可能性があります。現行制度では予見性を持つことが難しい状況です。参入意向のある事業者を交えて改めて議論をすることや、規制当局が現行のルールの枠内で新規参入可能なガイドラインを更新することが求められています。

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執筆者 EY ストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社

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