公認会計士 太田 達也
所在不明株主に対する通知等の省略
株式会社が株主に対してする通知または催告が5年以上継続して到達しない場合には、株式会社は、その株主に対する通知または催告をすることを要しないと規定されています(会社法196条1項)。その場合には、株主に対する株式会社の義務の履行を行う場所は、株式会社の住所地(本店)とされます(同条2項)。
これは、いわゆる所在不明株主に対する通知または催告の免除の規定であり、5年以上継続して不到達という要件を満たせば、以後通知または催告をする必要がないという意味です。ただし、株主に対する株式会社の義務そのものが免除されるわけではもちろんありません。株主としての管理を省略することはできません。例えば、株主総会の招集通知であるとか、配当金の送付義務は免れますが、配当金の支払義務自体は残っていることになります。
通知や催告を要しないことで、郵送費用などの削減効果は期待できますが、株主の管理費用は発生しますし、また、株主の権利が所有権的な権利であるために消滅時効にかからず、そのような所在不明株主の株式が累積的に増えていくという問題も考えられます。
そこで、そのような所在不明株主の株式を競売、売却または株式会社による買取りのいずれかの方法により処分することができるとする規定が会社法に別に定められています。
株式の競売、売却または株式会社による買取り
株式会社は、次のいずれにも該当する株式を競売し、かつ、その代金をその株式の株主に交付することができます(会社法197条1項)。競売に先立って、公告・催告を行うことが必要です(異議申述期間は3カ月以上)。
競売することができる事由
① その株式の株主に対して会社法196条1項等の規定により通知および催告をすることを要しないもの
② その株式の株主が継続して5年間剰余金の配当を受領しなかったもの(受領しなかったという要件には、無配である場合も含まれます)
また、株式会社は、競売に代えて、市場価格のある株式については市場価格として法務省令で定める方法により算定される額をもって、市場価格のない株式については裁判所の許可を得て競売以外の方法により、これを売却することができます(同条2項、会社法施行規則38条)。
さらに、株式会社は、売却する株式の全部または一部を自己株式として買い取ることができます。この場合、次に掲げる事項を定めなければなりません(会社法197条3項)。ただし、株式会社の意思による自己株式の買取りであるため、剰余金の分配可能額に基づく財源規制の対象となる点に留意する必要があります(会社法461条1項6号)。
所在不明株主の株式を買い取る場合の決定事項
① 買い取る株式の数(種類株式発行会社の場合、株式の種類および種類ごとの数)
② 株式の買取りをするのと引換えに交付する金銭の総額
上記の買取りに係る決定は、取締役会設置会社においては、取締役会の決議によらなければなりません(会社法197条4項)。
競売・売却等によって、所在不明株主は株主の地位を失い、競売・売却等の代金の請求権のみを有することになります(注)。通知・催告を省略できるだけでは、株主管理コストが依然としてかかることになるため、このような競売等が別途認められているわけです。
(注)株主は所在不明であるため、通常は、供託により債務を免れる措置を講じます(民法494条1項2号)。
税務・会計上の対応
所在不明株主の株式が会社法197条の規定に基づき売却等されたときの税務上の取扱いが、東京国税局の文書回答事例「所在不明株主の株式が会社法第197条に基づき売却等された場合における当該株主及び株式会社の課税上の取扱いについて」(平成21年6月16日)(注)により明らかにされています。
(注)所在不明株主の株式が会社法第197条に基づき売却等された場合における当該株主及び株式会社の課税上の取扱いについて(国税庁ウェブサイト)参照。
所在不明株主側の取扱いについては本文書回答事例をご参照いただくとして、競売または売却等を行った株式会社側の取扱いを以下に説明します。
1. 競売または市場売却の場合
株式会社が会社法197条1項または2項の規定に基づき競売または市場売却を行い、その競売等の代金の受け入れるときに、その代金を預り金(負債)に計上します。所在不明株主に当該代金を交付したときは預り金の減少として処理しますので、所得の金額や損益には影響させません。一方、債権の消滅時効により当該代金が株式会社に帰属した場合には、帰属した日の属する事業年度の雑収入に振り替えることになります。
また、所在不明株主について、その各人別の株式等の譲渡の対価の額が100万円を超える場合に当該対価の支払を受けた日の属する年の翌年1月31日までに「名義人受領の株式等の譲渡の対価の調書」およびその合計表を所轄税務署に提出する必要があります。
2. 自己株式として買い取る場合
通常の株主からの自己株式の取得と同様に、資本金等の額の減少と、それを超えて払い戻したときはその超過額を利益積立金額の減少として処理します。会計上は、取得の対価をもって自己株式を借方に計上します。
(税務上の仕訳)
(会計上の仕訳)
買取代金は未払金に計上しますが、所在不明株主に当該代金を交付したときは未払金の減少として処理します。一方、債権の消滅時効により当該代金が株式会社に帰属した場合には、帰属した日の属する事業年度の雑収入に振り替えることになります。
また、通常の株主からの自己株式の取得と同様に、みなし配当については、買取りの日から1カ月以内に「配当等とみなす金額に関する支払調書」およびその合計表を所轄税務署に提出する必要があります。
当コラムの意見にわたる部分は個人的な見解であり、EY新日本有限責任監査法人の公式見解ではないことをお断り申し上げます。