公認会計士 太田 達也
適用初年度における遡及(そきゅう)適用に係る原則と例外
「収益認識に関する会計基準」(以下、収益認識会計基準)の適用初年度においては、会計基準等の改正に伴う会計方針の変更として取り扱い、原則として、新たな会計方針を過去の期間のすべてに遡及適用します(収益認識会計基準84項本文)。ただし、適用初年度の期首よりも前に新たな会計方針を遡及適用した場合の適用初年度の累積的影響額を、適用初年度の期首の利益剰余金に加減し、当該期首残高から新たな会計方針を適用することができます(同項ただし書)。
原則 | 遡及適用 |
例外 | 適用初年度の期首以前の累積的影響額を期首の利益剰余金に加減算 |
原則どおり遡及適用するか、適用初年度の累積的影響額を適用初年度の期首の利益剰余金に加減するか、いずれの方法を適用するかを判断する必要がありますが、早期適用事例をみる限り、例外を適用する企業が多くなることが予想されます。
例外を適用する場合のイメージ
なお、原則的な取扱いに従って遡及適用する場合の経過的な取扱いが収益認識会計基準85項に、例外的な取扱いに従って処理する場合の経過的な取扱いが収益認識会計基準86項にそれぞれ定められています。「できる」規定であり、強制ではありません。
法人税との関係
法人税法上、遡及適用という考え方はありません。前事業年度末の利益積立金額が当事業年度の期首の利益積立金額と常に一致します。会計上は適用初年度の期首の利益剰余金が増減しますが、税務上は期首の利益積立金額は変動しません。また、会計上、適用初年度の期首における一定の資産または負債科目の帳簿価額が増減しますが、税務上はその一定の資産または負債科目の帳簿価額は変動しません。
法人税申告書の別表5(1)の「利益積立金額の計算に関する明細書」の繰越損益金の数値は会計上の繰越利益剰余金の数値に一致させますので、適用初年度の法人税申告書の別表5(1)の期首現在利益積立金額の箇所で、一定の資産または負債科目と繰越損益金の項目の箇所に調整を入れることが考えられます。
具体例による説明
出荷日基準から検収日基準に会計方針の変更をした場合を例として、申告調整の方法を説明します。
設 例 出荷日基準から検収日基準に変更した場合の申告調整
前提条件
前期までは出荷日基準により売上を計上していましたが、収益認識会計基準の適用初年度である当期より売上の計上基準を検収日基準に変更しました。
前期中に出荷したものの前期末において未検収であった(当期に検収された)商品に係る売上10,000,000円とこれに対応する原価が8,000,000円あります。
当社は収益認識会計基準84項ただし書を適用し、適用初年度の期首よりも前に新たな会計方針を遡及適用した場合の適用初年度の累積的影響額を、適用初年度の期首の利益剰余金に加減し、当該期首残高から新たな会計方針を適用する処理を行います。なお、経過的な取扱い(収益認識会計基準86項)は適用しないものとします。
法定実効税率を30%とし、繰延税金資産の回収可能性はあるものとします。
解答
1. 会計処理
前期中に出荷したものの前期末において未検収であった商品に係る売上とこれに対応する原価が、前期の売上および売上原価に計上されていますが、変更後の検収日基準を遡及適用した場合、これらは前期に計上すべきでないことになります。前期の会計上の利益は過大に計上されていることになります。適用初年度である当期首の利益剰余金を減額する仕訳が必要になります。
適用初年度の期首の日付で、次の仕訳が起きます。
後で説明しますように、税務上は仕訳なしですので、売掛金および棚卸資産に係る会計上の帳簿価額と税務上の帳簿価額との間に差異が生じますが、これが税効果会計における一時差異に該当します。売掛金に係る会計上の帳簿価額と税務上の帳簿価額との差異が将来減算一時差異に当たり、棚卸資産に係る会計上の帳簿価額と税務上の帳簿価額との差異が将来加算一時差異に当たります。繰延税金資産を3,000,000円(10,000,000円×30%)、繰延税金負債を2,400,000円(8,000,000円×30%)計上します。
2. 税務処理
変更後の会計方針を前期以前の事業年度に遡及適用し、遡及適用による累積的影響額を適用初年度の期首残高に反映する処理は会計処理のみであり、税務上はそのような処理がなかったものとして取り扱われます。要すれば、税務上は仕訳なしです。
3. 申告調整
適用初年度である当期の法人税申告書の別表4および別表5(1)において、次のような調整を行うことが考えられます。なお、本会計処理のみに焦点を当て、他の取引に係る数字は捨象しています。
別表四 所得の金額の計算に関する明細書
別表五(一) 利益積立金額および資本金等の額の計算に関する明細書
なぜ別表4の調整が生じるのかが重要なポイントですが、加算および減算それぞれについて、次の理由によります。前期末に出荷済であり、かつ、未検収の商品については、前期に売上原価を計上していますが、遡及適用した結果、検収日基準により当期に売上原価が再度計上されます。売上原価が二重に所得に反映されるのを避けるために、別表4で加算する必要があります。この加算により、期首の棚卸資産に係る会計上の帳簿価額と税務上の帳簿価額との差異が解消しますので、繰延税金負債の取崩を行うことになります。
また、前期末に出荷済みで、かつ、未検収の商品については、前期に売上を計上していますが、遡及適用した結果、検収日基準により当期に売上が再度計上されます。売上が二重に所得に反映されるのを避けるために、別表4で減算する必要があります。この減算により、期首の売掛金に係る会計上の帳簿価額と税務上の帳簿価額との差異が解消しますので、繰延税金資産の取崩を行います。
上記のとおり、法人税等調整額が(貸方)2,400,000、(借方)3,000,000計上され、純額で(借方)600,000計上されます。これについては、所得に影響させないように、別表4で加算(留保)を行うことになります。
別表4の加算(留保)または減算(留保)が、別表5(1)の増加欄の数値に対応していることが確認できます。
以上の内容をわかりやすく表現すれば、前期中に出荷したものの前期末において未検収であった(当期に検収された)商品に係る売上とこれに対応する原価を、前期に計上されなかったものと仮定して、適用初年度の期首の利益剰余金の変動により修正したわけですが、その額が期首における売掛金および棚卸資産の帳簿価額の変動を通じて、当期の損益に影響することになります。その影響を税務上は申告調整により、当期の所得金額に影響させないようにするという意味になります。
出荷日基準から検収日基準への変更を例としましたが、自社ポイントに係る引当金処理から契約負債に計上する処理への変更の例については、拙著『「収益認識会計基準と税務」完全解説(改訂版)』(税務研究会出版局)をご参照いただければと思います。
当コラムの意見にわたる部分は個人的な見解であり、EY新日本有限責任監査法人の公式見解ではないことをお断り申し上げます。