公認会計士 太田 達也
はじめに
「時価の算定に関する会計基準」(以下、「時価算定会計基準」)が、令和3年4月1日以後に開始する事業年度の期首から適用されており、令和4年3月期は、年度決算としては強制適用初年度にあたります。本稿では、注記(金融商品の時価のレベルごとの内訳等に関する事項)を除いた部分について、実務上の留意点を解説します。
なお、令和3年6月17日付改正「時価の算定に関する会計基準の適用指針」については、令和4年4月1日以後に開始する事業年度の期首から強制適用とされており、早期適用を認める条項も定められていますが、本稿では取り上げていません。
「時価の算定に関する会計基準」設定の経緯
時価の算定に統一的な算定方法を用いることにより、国内外の企業間における財務諸表の比較可能性を向上させる観点から、国際財務報告基準(IFRS)第13号「公正価値測定」の定めを基本的にすべて取り入れることとされています。ただし、これまでわが国で行われてきた実務等に配慮し、財務諸表間の比較可能性を大きく損なわせない範囲で、個別項目に対するその他の取扱いを定めることとされています。
時価算定会計基準の対象は、金融商品およびトレーディング目的で保有する棚卸資産です。
時価の定義(出口価格)
「時価」とは、算定日において市場参加者間で秩序ある取引が行われると想定した場合の、当該取引における資産の売却によって受け取る価格または負債の移転のために支払う価格をいうものとされました。時価は、直接観察可能であるかどうかにかかわらず、算定日における市場参加者間の秩序ある取引が行われると想定した場合の出口価格(資産の売却によって受け取る価格または負債の移転のために支払う価格)であり、入口価格(交換取引において資産を取得するために支払った価格または負債を引き受けるために受け取った価格)ではないことが明確化されています。
時価の算定にあたっては、状況に応じて、十分なデータが利用できる評価技法(そのアプローチとして、例えば、マーケット・アプローチやインカム・アプローチがあります)を用い、評価技法を用いるにあたっては、関連性のある観察可能なインプットを最大限利用し、観察できないインプットの利用を最小限にしなければなりません。
また、時価の算定にあたって複数の評価技法を用いる場合には、複数の評価技法に基づく結果を踏まえた合理的な範囲を考慮して、時価を最もよく表す結果を決定する必要があります。
なお、コスト・アプローチについては、評価技法のアプローチとしては一般に周知されていますが、時価算定会計基準8項における評価技法の例に示されておらず、通常、金融商品およびトレーディング目的で保有する棚卸資産に用いられるものではないと考えられます。
第三者から入手した相場価格の利用
「時価の算定に関する会計基準の適用指針」(以下、「時価算定適用指針」)では、これまでわが国で行われてきた実務等に配慮し、次の取扱いが定められています。すなわち、取引相手の金融機関、ブローカー、情報ベンダー等、第三者から入手した相場価格が会計基準に従って算定されたものであると判断する場合には、当該価格を時価の算定に用いることができます。
なお、上記の判断にあたっては、一定の手続の実施が時価算定適用指針43項に示されており、状況に応じて選択して実施するものとされています。
期末前1カ月の平均価額の削除
時価の定義の変更に伴い、金融商品会計基準におけるその他有価証券の期末の貸借対照表価額に期末前1カ月の市場価格の平均に基づいて算定された価額を用いることができる定めについては、その平均価額が改正された時価の定義を満たさないことから削除されました。
ただし、その他有価証券の減損を行うか否かの判断については、期末前1カ月の市場価格の平均に基づいて算定された価額を用いることができる取扱いが踏襲されています。なお、この場合であっても、減損損失の算定には期末日の時価を用いることとなる点に留意する必要があります。
時価を把握することが極めて困難な有価証券等の削除
時価算定会計基準においては、時価のレベルに関する概念を取り入れ、たとえ観察可能なインプットを入手できない場合であっても、入手できる最良の情報に基づく観察できないインプットに基づき時価を算定することとされています。このような時価の考え方のもとでは、原則として時価を把握することが極めて困難な有価証券は想定されません。
時価を把握することが極めて困難な有価証券の定めを残した場合、「金融商品に関する会計基準」の下でも時価を把握することが極めて困難な有価証券が存在すると誤解を生じさせかねないため、時価を把握することが極めて困難な有価証券の記載が削除されています。
時価をもって貸借対照表価額とする金融商品のうち、社債その他の債券、社債その他の債券以外の有価証券・デリバティブ取引について、改正前は時価を把握することが極めて困難と認められる金融商品とされていたものについて、改正後は貸借対照表価額を時価とし、時価を注記する必要がある点に留意する必要があります。
また、時価をもって貸借対照表価額としない金融商品(債権、満期保有目的の債券、金銭債務等)についても、従前は時価を把握することが極めて困難として時価の注記を行っていなかった場合、時価の注記が必要となる点に留意する必要があります。したがって、敷金・保証金、債務保証契約も時価注記の対象になります。ただし、貸借対照表に持分相当額を純額で計上する組合等への出資については経過措置により時価の注記は不要とされますが、その旨および貸借対照表計上額を注記することになります。
市場価格のない株式等の取扱い
市場価格のない株式等に関しては、たとえ何らかの方式により価額の算定が可能としても、それを時価とはしないとする従来の考え方を踏襲し、引き続き取得原価をもって貸借対照表価額とする取扱い(原価法適用)とすることとされています。当該金融商品の概要および貸借対照表計上額を注記します。
なお、重要な会計方針の「資産の評価基準および評価方法」に記載する「有価証券の評価基準および評価方法」におけるその他有価証券の記載ですが、従来「時価のあるもの」と「時価のないもの」とに区分して記載していましたが、「市場価格のない株式等以外のもの」と「市場価格のない株式等」に区分して記載すべきこととなる点に留意する必要があります。
時価の算定に用いるインプット(レベル1からレベル3)
時価の算定に用いるインプットは、レベル1→レベル2→レベル3の順に優先的に使用します。すなわち、レベル1のインプットが最も優先順位が高く、レベル3のインプットが最も優先順位が低いことになります(時価算定会計基準11項)。
レベル1からレベル3のインプットの内容
レベル1のインプット |
時価の算定日において、企業が入手できる活発な市場における同一の資産または負債に関する相場価格であり調整されていないものをいう。 当該価格は、時価の最適な根拠を提供するものであり、当該価格が利用できる場合には、原則として、当該価格を調整せずに時価の算定に使用する。 |
レベル2のインプット |
資産または負債について直接または間接的に観察可能なインプットのうち、レベル1のインプット以外のインプットをいう。 |
レベル3のインプット |
資産または負債について観察できないインプットをいう。 当該インプットは、関連性のある観察可能なインプットが入手できない場合に用いる。 |
時価は、その算定において重要な影響を与えるインプットが属するレベルに応じて、レベル1の時価、レベル2の時価またはレベル3の時価に分類します。
レベル1のインプットの例としては、上場株式に係る株価が挙げられます。公社債については、活発な市場における相場価格で直接評価されるものであればレベル1の時価に該当し、活発でない市場の相場価格を用いるまたは相場価格を調整して算定されたものはレベル2に該当すると考えられます。そのほかレベル2のインプットの例としては、全期間にわたり観察可能なスワップ・レート、観察可能な市場データに裏付けられるインプライド・ボラティリティ等が挙げられます。また、長期借入金の時価を開示する場合、元利金の合計額を、債務の残存期間および信用リスクを加味した割引率に基づいて割り引いた現在価値を算定することが考えられますが、インプットとしてはレベル2に該当することが考えられます。
レベル3のインプットの例としては、観察可能な市場データによる裏付けのないスワップ・レート、ヒストリカル・ボラティリティ、信用スプレッド等が挙げられます。
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